2006年5月18日木曜日

煙の瞳

学校の通学路に古道具屋がある。
店の出窓に外を眺めるように置いてある人形を僕は必ず一瞥する。
立ち止まることは出来ない。
同級生か誰かに、人形を見つめていることが見つかるのは、困る。
彼女の瞳はスモーキークォーツで出来ていた。
小学生の時、買い物帰りにその店の前を通った時、母が言ったのだ。
それからだ、その人形が気になるようになったのは。
物憂げでどこを見ているのかわからない、そんな瞳に僕は一瞬激しく吸い込まれる。目が合ってもいないのに。

夜十時、塾の帰り。いつもきっちりカーテンが閉まっている古道具屋の窓が、開いている。
今なら人通りも少ない、友達に会う心配もない。
僕は初めて人形の前で立ち止まる。
〔この娘が好きなんだろ?〕
野良猫が言う。
「まだ目が合ったこともないんだ」
〔なら、起こしてやるよ〕
猫はひょいと窓に飛び乗ると、彼女の陶の頬を舐めた。
彼女の煙った瞳が輝きだした。
「コンバンハ」