2010年4月7日水曜日

読書の残骸

祖父が死んで、初めて書斎に足を踏み入れた。
生きているうちは決して入ることを許されなかった祖父の書斎。
一度入ってみたいと熱望していたその部屋は、想像以上に広かった。家の他の部屋とは明らかに異空間だ。祖父の匂いが充ち、重厚な本棚が僕を見下ろす。
床には本が散乱していた。開きかかったままの本も多かった。調べ物の途中だっただろうか? でも、ずいぶん乱雑だ。いつもきちんとしていた祖父の仕業とは思えない。
僕は、転がったままの本を一冊取り上げて、パラパラと捲る。所々にしか文字が残っていない。そういえば、祖父は本を読むことを「本を食べる」と言っていた。
他の本も多くは文字が残っていなかった。この部屋の本を、どれだけ祖父は食べたのだろう。
僕は手当たり次第、本を捲った。何百冊も手に取った。
どの本もスカスカだった。それは、養分を吸い取られた土を思わせた。
もうここに本はないのだ。あるのは、読書の残骸だけだ。僕はそう確信した後も、本を捲ることを止めなかった。

いさやん

あきよさん