2009年3月7日土曜日

リクエスト

コルネット吹きがケースの留め金をパチン! と開ける音が、少女は好きだ。けれども、尻尾を切られた黒猫はこの音が好きではない。
〔なぜこの音が好きなんだ〕
「どうしてこの音が苦手なの?」
〔痛いから〕
「痛くなんかないよ、わくわくするよ」
〔痛いものは痛い〕
そんな会話を横目に、コルネット吹きは、ピストンに油を注し、鹿の鞣し革で全体を磨いてお月さん色にする。それからマウスピースを差し入れ、はぁと息を吹き入れる。
ようやく楽器が温まると、コルネット吹きがおどけながら問う。
「さて、お嬢さんならびにに黒猫さん、一曲目は何をご所望かな?」
〔Z機関車で行け〕
「Z機関車で行け」
今度は、意見が一致した。
コルネット吹きはニコッと一人と一匹に笑いかけ、とびきりご機嫌な演奏を始める。