2011年12月27日火曜日

鳥の母性愛

鳥の母子は、意思を疎通し合うのだろうか。意思の疎通があれば、きっと雛は母に抗議しているであろう、とっくの昔に。
この鳥籠の中で繰り広げられる、母から子への、間断なき餌やり。
太った雛は時折、こちらに濁った目を向けて懇願する様子を見せるが、私の哀れみがそう思わせるだけで、実際のところ雛は何も思っていないのかもしれない。
鳥籠の扉を開け放ってやりたい衝動に駆られるが、扉を開けたところでこの肥満した小鳥は飛び立つことができないだろう。
そもそも、私自身が囚われの身なのだ。小さな窓の外では何が起きているのか、わからない。
母鳥は、せっせと雛に餌を与え続けている。私はそれを飽きずに見ている。他に見るものがない。

2011年12月25日日曜日

薄明のメロディー

 お酒を飲むと、ふわふわとよい心持ちになる人は多いと思うが、本当にふわふわと宙を歩く人は、なかなかいないものだ。
 私の友人のバカリーは、コルネット吹きのやさしい男だ。いつもにこにことしているから、年寄りや子供や猫によく声を掛けられる。
 彼も私も酒が好きで、機会をみては二人で飲みに出掛ける。しゃべるのは私ばかりで、バカリーはもっぱら聞き役だ。
 もちろんたまにはバカリーも話をする。いつも決まって、尻尾を切られた黒猫と女の子の思い出話だ。女の子は、もうすっかりきれいな娘になっているらしい。
 すっかり語り合って薄明、彼は顔を赤く染め(それは酔った男というよりも、恥らう少年のようなのだ)、「今夜は素敵だった。ありがとな」と言って、そのまま空中散歩に出かけてしまう。
「おーい、バカリー、落っこちるなよ!」
 私は空に叫んで、千鳥足で家に向かう。
 だんだんと明るくなる町を、バカリーの奏でるコルネットが祝うのだ。


コルネット吹きのチョット・バカリーは、四千四秒物語に出てきます。

2011年12月20日火曜日

悪戯者の鴉

駄菓子屋の主人に問い詰められた鴉は、「その男と友達になりたかったのだ」と供述した。
愛すべき愚鈍な男は、毎日家の前に落ちている好物のキャラメルを拾って食べてはニッコリした。鴉は傍らの電線で、男の笑顔を見ては、またキャラメルを盗みに駄菓子屋へ飛んでいった。
男は、これまでのキャラメルを並べると、「LOVE」の文字になるという、鴉の高度な悪戯には、遂に気づくことはなかった。


2011年12月15日木曜日

狼に育てられた子供

アムラとカムラの母は狼である。二人は、狼の乳で育てられたのだ。
狼語と人語を操るアムラとカムラは、母の言葉を人語に訳した。
「私は最後の狼である」
人々は驚いた。
「もう仲間はひとりもいないのですか」
町長さんの言葉をカムラが訳して母に訊ねた。
「はい。私はほうぼう探しました。でも、狼と出会うことはできませんでした」
アムラは、泣きながら通訳した。
「けれど、さびしくはありません」
カムラは、きっぱりと通訳した。
そして二人と母は、月に向かって、吠えた。
その咆哮は、世界中で聞くことができたという。


2011年12月12日月曜日

十年ひと昔

「しっぽを切られたのもずいぶん前の話だ」
黒猫はひとりごち、傍らのキナリを見上げた。キナリはもう少女ではない。
「もうオジサンね、ヌバタマも」
そう、十年前のこの季節、この公園で月と少女に見つかったのだ。
しっぽを切られ、人語を操った。
しばしの時を経て、しっぽは戻り、黒猫は人語を話さなくなったが、それでもやはり月とキナリの傍にいる。
「黒猫もヒゲが白髪になったりするの?」
と、いたずらっぽく笑うキナリは、相変わらずだ。
月はブランコで寝ている。この間の月蝕で、疲れたらしい。
あの夜は、黒猫のエメラルド色の瞳が、一瞬だけルビー色になった。


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瓢箪漂流」は2001年12月12日に開設し、本日十周年を迎えました。

月食の夜は、流れ星をひとつ見ました。


2011年12月9日金曜日

森の中の騒ぎ

「どんぐりよ、落下するときには、下方をよく注意するように、毎年言っているのがわからんのかね」
小人がタンコブをさすりながら、どんぐりに説教をしている。そうこう言っている間にも、ほら、また一つどんぐりが落ちてくる。
よくよく見渡せば、あちらこちらで同じ光景。秋の森は大騒ぎだ。


2011年12月5日月曜日

無題

アパート二階のベランダに石灯籠。



2011年12月2日金曜日

魚捕りの名人川獺とずるい狐

どうしても、川獺は褒められると弱いのだ。
何が情けないって、狐のお世辞や煽てに騙されること。
浮かれた隙に捕まえたばかりの魚を盗まれるのだ。
川獺は友達にも聞いてみた。やっぱり、褒められると盗まれるという。
「今度は狐をわざと褒めてみようかしら」と川獺は思っている。
「嘘でも褒められたら、あの狐もきっと照れるだろう。照れたら盗むのを忘れるかもしれないよ」
とてもよい思いつきだ、と川獺は思った。
川獺は嘘が苦手だということをまだ自覚していない。






2011年12月1日木曜日

益鳥

スズメは田んぼの小虫を食う。もちろん大勢のスズメは米も大好物だ。
ところがあるところに、「益鳥」という言葉の意味を知ってしまったスズメがいた。
「害鳥」という言葉もその時にしってしまった。
そして、スズメはここの農家の跡継ぎ息子を慕っていた。
「わたくしは益鳥の中の益鳥になりましょう」
とスズメは決めた。一切の米を断ったのである。
スズメはカカシに囁いた。
「わたくしが米を我慢しても、タカシさんは褒めてもくれません」
カカシは思う。タカシはよくできる百姓だが、スズメを見る目はないらしいな、と。


2011年11月27日日曜日

死の沼

その沼は、肉食である。
ただし沼が喰う動物のほとんどは、飢えと渇きで死にかけているので、決して旨くはない。


ラ・ブレア・タールピット。
原本の 『鳥獸蟲魚の生態』加宮貴一著(昭和五年) には、カリフォルニアにある「松脂(アスファルト)の沼」の話として載っています。
松脂と書いて、アスファルトと読むのか……昭和初期の表記のふしぎ。

2011年11月24日木曜日

兎狩り

「兎を狩るだって? とんでもない」
と、ウサギは言う。
お気に入りの兎のぬいぐるみを口に咥えたままモゴモゴ言っているようでは、説得力がない。
ボロボロになった縫い目からこぼれた大鋸屑が大好きなことは知っている。
共食いではないのかね? それは。


2011年11月21日月曜日

無題

荒涼とした唇を蜂蜜漬けにする。



2011年11月20日日曜日

蛇を恐れる動物

あるところに気の弱い蛇がいた。我々蛙が怖いのだそうだ。
蛙は食いたい。だが怖い。
あのギョロっとした目とか、ヌメっとした肌とか、オタマジャクシだったくせにとか、蛇に話を聞くとそんな言葉が返ってきた。
そっちこそ、蛇のくせに。

我々だって、好きで喰われるわけじゃないから、ヌメっとした肌をよりヌメっとさせて、ギョロっとした目を一層ギョロっとして、蛇の襲来に備えた。
けれど、残念ながら、大勢の蛇はそんなことでは怯えない。
次々と仲間が蛇に喰われる。

とうとう気の弱い蛇も我々を襲う決心をしたらしい。おずおずとこちらに向かってくる。
ギョロっと睨んだら、後ずさった(正確な表現ではない)。しかし、そのせいで、人間の子供に見つかった。
蛙も一緒だ。人間の子供の帽子に入れられた蛇と蛙は、互いの運命を慰め合う。


2011年11月16日水曜日

無題

背広のポケットからキリン。



2011年11月15日火曜日

自然の晴雨計

その巨大なキノコは、湿度が高いと開き、湿度が低いと萎む。
森の動物たちの傘として、もうずいぶん長いこと働いている。


2011年11月10日木曜日

母鳥の苦心

母親が大変なのは、どの生き物も同じで、鳥とて例外ではない。
母鳥が己の身を削って卵をあたため、雛鳥に餌をやる姿を、諸君もご存知であろう。
さて、ここに、献身的な母鳥がいる。だがしかし、幾らか度が過ぎる母鳥であった。
野生の生き物が「餌を食べ過ぎる」ということは、まず起こらないはずだが、この母鳥の子供は皆、肥満している。
かろうじて重みに耐える巣はミシミシと音を立て、非常に不安定であるから、鼬などが目をギラギラさせて狙っている。
まさに今、鼬が巣を見上げている。気づいた母鳥は、懸命に鼬を威嚇する。太った雛鳥が興奮し、一羽が墜落する。
鼬は雛鳥を咥えて去った。
母鳥は深く悲しんだ。が、残った雛への餌やりは忘れない。
そうして飛べない鳥が増えてゆく。


2011年11月7日月曜日

川獺の水泳練習

川獺にもたまには怠け者がいる。この川獺親子の母がそうだ。
母は、泳げるのだが、泳ぐ気がない。
「どうせ先祖は陸上に暮らしていたのよ」と言って、なかなか獲物を獲りに行こうとはしないのだ。
そして、そんな親に育てられた子らは、当然泳げない。
しかし、この子は泳ぎを覚えたかった。そこで子らは、決意した。
泳ぎの上手い家庭に、練習に通うことにしたのだ。もちろん母川獺には内緒である。
子川獺は、つらい練習にも耐え、ようやく泳げるようになった。練習を始めたのが幾分遅かったから、苦労をした。そして、ついには獲物を捕えることもうまくできるようになった。
もっと大変だったのは、教師役の川獺である。
川獺は子を一匹づつ背中に乗せて水に馴らしてやる。毎日八匹もの子川獺に水泳練習をさせていたのだ。
ずいぶん肩が凝るな、と思っていたが、生憎、川獺は数を数えるのが苦手だから、肩こりの理由がいまいちわからない。


2011年10月30日日曜日

出がらしの出汁

ブイヨンスープにどぶんと落っこちた北の老人。
すかさず料理女がどっこらしょと鉤で釣り上げる。
この疲れきった北の老人。
There was an Old Man of the North,
Who fell into a basin of broth;
But a laudable cook,
Fished him out with a hook,
Which saved that Old Man of the North.

エドワード・リア「ナンセンスの絵本」

2011年10月25日火曜日

山中の活劇

猟師が狙うのは、猪か、鹿か……。
鷲は、高みからそれを見物していた。腕のいい猟師だが、まだ獲物の存在に気づいていないようだ。
右に行けば、まもなく鹿に気づくだろう。まっすぐ行けば猪。きっと猪を狙う。
鷲は、そう読んだ。銃声に驚き油断した鹿を、鷲は頂くつもりだ。
猟師は、まっすぐに進み、まもなく猪に気づいた。銃を構える。
鷲は、すっと鹿を狙って下降を始めた。
だが。もう一人の猟師が、鹿を見つけていたのだ。
よりによって日頃、鷲が馬鹿にしていた、下手な鉄砲でいくら撃っても当たらない猟師だった。
猪を仕留めた猟師が合図する。「鷲が来るぞ!」
鹿を狙った弾は逸れ、まっすぐに鷲に向かった。

繊細な鹿は、猪を撃つ音で気絶して、鷲を貫いた銃声で目覚め、ぶるりと身を震わせると走り去った。
知らぬは鹿ばかり。


2011年10月21日金曜日

大猩々に包囲されて

森の中を彷徨い、観念したとき、銀色の背中を持った大猩々に出会った。立派な男である。
大猩々は、私を背中に載せると歩きだした。握った拳を大地に突きながら、ゆっくりと歩く。
そのうち、疲れていた私は眠ってしまった。乗り心地が良かったのだ。

目が覚めると、私は大勢の大猩々に囲まれていた。とてつもない恐怖が沸き上がってきたが、銀色の背中を持つ男に運ばれたこと思い出し、彼らの見守るような視線を感じると、次第に気持ちが和らいできた。
彼らは、歓待してくれた。しかし、警戒もしていたのか、包囲は解かれないままだった。
もっとも私は衰弱していて、自力で逃げることはできなかったのだが。
彼らの与える食事と寝床で、私は次第に回復していった。
幾日が経ったのだろう、このまま森の住人になれそうな気がし始めていた頃に、「ヒトよ、そろそろ帰りなさい」という男の一声で、再び銀色の背中に跨った。
「ここでお別れだ、ヒトよ」
「お礼が何もできない……」
私が涙ぐむと、「森を守れ」とつぶやいて、彼は去っていった。
森の夜は暗い。見送ろうにも、木々に紛れてあっという間に姿は見えなくなった。
去りがたくて、しばらく森を眺めていると、一瞬だけ月の光に照らされた銀色の毛並みが見えた気がした。


2011年10月16日日曜日

鼬鼠の踊り

腹が減った鼬鼠は、いつもの俊敏さをすっかり失ってしまう。
失うのが俊敏さだけならよいのだが、恥も外聞もなくなり、あろうことか獲物の前で、「腹減った音頭」を踊り始めてしまうのだ。
鼬鼠に食われる動物たちも、これについてはよくよくわかっていて、
鼬鼠の踊りに合いの手を入れ、手拍子を打ち、大いに盛り上げる。
空腹と疲労で目を回すのを見計らって、鷹に合図をする。
鷹は軽々と鼬鼠を咥えて飛び上がると、鼬鼠の「腹減った音頭」をそっくり真似しながら旋回するのだ。


2011年10月10日月曜日

渡り鳥

渡り鳥は渡る。
寒さを避け、食料を求め、渡り鳥は渡る。
海を渡る。山を渡る。
時々、喇叭鳥の行列が通るから、そんなときには横断歩道を使わなくてはならない。
時々、飛行機に道を尋ねられるから、実は地図も持っている。
渡り鳥は渡る。

ラッパチョウの登場は初めてではない。

2011年10月7日金曜日

時計塔の下で

若い掃除夫が、時計塔の下を掃いている。
しかし、その塵取りには落葉の一枚すら入っていない。
「一体、何を掃き集めているのだね?」
掃除夫は、時計塔を見上げて言った。
「時計塔から、時間が降ってくるのを集めているのです」
「集めた時間はどうする?」
「時計塔に持ってあがります。時計塔が出来たときから、そうしています。私の仕事です」
この時計塔が建ったのは、百八十年前のことだ。



若い掃除夫が、時計塔の下を掃いている。
しかし、その塵取りには落葉の一枚すら入っていない。
「一体、何を掃き集めているのだね?」
掃除夫は、時計塔を見上げて言った。
「時計塔から、時間が降ってくるのを集めているのです」
「集めた時間はどうする?」
「時計塔に持って上がり、時計に戻します。時計塔が出来たときから、そうしています。私の仕事です」
この時計塔が建ったのは、三八十年前のことだ。


 


2013年9月川越バージョン


2011年10月3日月曜日

鱶の腹から飛行家の片腕

プロペラ飛行機乗りのマルは、どこでも自在に飛んだ。
ある日、大海原を低空飛行中、海の中を飛んでみたくなった。
ぐぐぐと高度を更に下げ、ついに海中に入った。
海中の飛行は、思ったよりも快適だった。小さな魚たちは驚いてマルを囲んだ。
そこへ巨大な鱶がやってきた。マルは必死で速度を上げた。鱶が追いかける。
ひょいと、鱶がマルの前に回りこんで、大きな口を開けた。

マルとマルのプロペラ飛行機は、鱶の中を飛んだ。
鱶の中で、マルは迷った。どこに向かえばいいのだろう。
そのうち、飛んでいるのか、飛んでいないのかもわからなくなった。
寝ているのか、起きているのかも、わからなくなった。
ふらふらと飛行機を降りる。もう、おしまいにしようと思ったのだ。
相棒に挨拶をしようと近づく。機体を撫でる。
マルの右腕は、勢い良く回り続けるプロペラに切断された。

浜に打ち上げられた巨大な鱶の死体を漁師たちが解体している。
腹から人の腕が一本出てきて、漁師たちがどよめいた。
若々しく、なめらかな肌が残っている。どこも腐っていなかった。
少し離れたところから、片腕のない老人がその様子を眺めている。

2011年9月30日金曜日

夜の鳥・梟

ひどい不眠症の少年は、夜の森へ出掛ける。
「やあ」
「ホホウ」
梟の返事は、そっけない。だが、少年はそれを聞いて不思議と安心する。
「そっちへ行ってもいいかな」
「ホホウ」
少年はするすると木に登り、梟の隣に腰掛ける。
梟は大きい。森の住人の話をまとめると、この森の長老なのだそうだ。
少年は梟に凭れかかり、スヤスヤと寝息を立て始める。

梟は、しばらくそれを聞いたあと、おもむろに首をぐるりと回す。
静かだ。それから少年を咥えて、羽を目一杯広げると、雲に向かって飛び立つ。
少年はもう、ベッドで眠れぬ夜を過ごさなくてもよい。

2011年9月25日日曜日

川獺行進曲

川獺が大行進するにあたって、先頭の川獺はいつも大いに悩むことになる。
足並みが揃わないのだ。揃わないどころの話ではない、押し合いへし合い、踏み合い踏まれ合い、たちまち川獺の団子が出来上がってしまう。
家族で行進する分には、どの家庭もきちんと美しい行進ができるというのに、大行進はやはり難しいということか。
そこで川獺は、行進曲を作ってくれないかと、川蝉に頼むことにした。
ところが、頼んだ川蝉というのが、あのワライカワセミだったものだから、川獺たちは行進曲を聞くやいなやお腹を抱えて笑い転げて、行進どころじゃなくなったのだった。

2011年9月19日月曜日

鳥の釣れる島

島は、山を外し餌にして、釣りをしていた。
ある時、山を食い逃げされて泣いていたら、神様が脚と翼をくれた。
チョンチョンチョンチョン。
鳥になった島は、大急ぎで飛んで行って、無事に山を取り返したけれど(おかげで嶋になった)
以来、なぜだか鳥ばかり釣れる。

2011年9月14日水曜日

魚の昇降器(エレヴェーター)

どこの世界でもエレヴェーターボーイやエレヴェーターガールが、子供たちの憧れなのには代わりない。
魚の世界も然り。
稚魚たちの遠足のために設けられた昇降器は、深海から海面を探索し、見聞を広めるためのものである。
「水深200メートル、ここから先は深海になります」
エレヴェーターガールのにこやかな声に、稚魚たちの緊張が高まる。
「あ、デメニギスさんがやってきました。皆さん、幸運ですね。デメニギスさんは、私も初めてお目にかかります」
「デメニギスさん!」
稚魚たちの歓声に、デメニギスは透明な頭をこちらに向けたが、そのまま静かに去っていった。
「さて、今度は海面に向かいます。人間の針や網に気をつけて上がりましょう」
あくまでも明るエレヴェーターガールの声に、稚魚たちもはしゃぐ。
だが、そう言う傍から、昇降器ごと網に掬われるから、ほとんどの稚魚が海面の探索を全うしたことがない。

人工的に整備された川でも産卵期の鮭などが遡上できるように装置をつけた話。

2011年9月7日水曜日

鳥の胃袋

さて、鳥は自分の胃袋が砂利砂利していることに、気がついてしまったのだ。
気がついてしまったら、気になってしまうのが鳥の性。
その砂利を吐き出したり、排泄したりすることができれば、どんなにサッパリするだろう。
鳥は夢想する。けれども、それは出来ない話だ。
コンニャクなんてのを食べてみたらどうだろうか。人間の食べ物だ。
あんまりおいしくないかもしれない。
けれど、飼い主のナナコちゃんに頼んで食べてみたら、ちょっと美味しかったので、鳥はコンニャクが好きになった。
おかげで胃袋の砂利のこともすっかり忘れてしまった。
実際、コンニャクを食べたところで、砂利が排出するわけではない。
忘れるくらいでよかったのだ。
「田楽なんていいよね」
と、鳥は今夜もナナコちゃんに囀る。

2011年9月2日金曜日

赤っ恥

火かき棒を携えた老人は、顔を弁柄色に染めている。
「よ、伊達男!」はやし立てた人々を
だんまりのまま、火かき棒で引っ掻き回して、
引き廻しの刑に処した。

There was an Old Man with a poker,
Who painted his face with red ochre.
When they said, 'You're a Guy!'
He made no reply,
But knocked them all down with his poker.

オーカーのスペルは ocher が本来なのだけども
ちくま文庫の『ナンセンスの絵本』に拠った。
リアは造語をする人なので、誤植というわけではないと思う。
スペルをひっくり返した意図まで推理できたらよいのだけれども、
生憎、英語力も頭脳も足りない。

「Guy!」は 火薬陰謀事件のGuido Fawkesを指すと思われる。
ガイ・フォークス・ナイトという行事では、ガイの人形を曳き回すそうなので、
語呂も掛けて、「引き回しの刑」を出してみた。

2011年8月29日月曜日

素手で鰐群と戰った話

「喧嘩しようぜ!」と、鰐の群れが現れた時に、私は戰う気など毛頭なかった。
「私は君たちに襲われる理由も襲う理由もないのだが」
そう言うと、鰐たちは相談を始めた。
「おまえの息子を人質に取るってことにしよう」
息子は喜んで、一番大きな鰐の背中に乗ってしまった。
「父ちゃん、がんばれ!」
全く困ったものだ。
斯くして私は鰐たちと戰うことになった。
彼らの噛み付きに気をつけながら、一匹、また一匹とひっくり返していく。
ついに息子が乗った鰐との対決だ。皮が厚く、尖っている。身体中が傷だらけになりながら、ようやく息子を取り返し、空を見上げると、たくさんの星が流れた。真夜中になっていた。
私はひっくり返した鰐を全て起こし、眠る息子を背負って家路についた。

2011年8月24日水曜日

針鼠の苦心

針鼠の針にはさまざまなものがよく刺さる。
花とか虫とか、ビスケットとか、チョコレートとか。
友達には、そんなものは刺さらない。
どういうわけだか、針鼠にはちっともわからない。
チョコレートは日向ぼっこをしている時に刺さった。
そもそも、普通は日向ぼっこなどしない。
溶けて垂れ落ちてきたチョコレートを舐めるのに精一杯なので、そっとしておいて欲しい。

2011年8月23日火曜日

不合理な配食

アプリアに住む父親は不可解な振る舞いをする。
二十人の坊ちゃんに、干しぶどうパンだけを与え続ける、
実に風変わりなアプリアの父親。 


There was an Old Man of Apulia,
Whose conduct was very peculiar
He fed twenty sons,
Upon nothing but buns,
That whimsical Man of Apulia.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2011年8月22日月曜日

空模様

トルコのとろい女は、どんより雲が私を苛むといって取り縋り、
天気が良くなりゃ、途端に取り繕う。
お天気よりも移り気なトルコのとろい女。 


There was a Young Lady of Turkey,
Who wept when the weather was murky;
When the day turned out fine,
She ceased to repine,
That capricious Young Lady of Turkey.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2011年8月17日水曜日

人に救ひを求める小鳥

「ちょいとそこの人」
と、小鳥に声を掛けられた。婀娜な姐さんのような喋り方をする。
「どうしたんだい、小鳥さん」
「ちょっとそこまで運んで欲しいのサ」
小鳥のいう「そこまで」がどこまでかはわからなかったけれど、いいよと返事をした。
小鳥は、「猫が来なくて、きれいなお水が飲めて、ふかふかで桃色のクッションがあるところ」に行きたいのだという。
「つまり、小鳥さん、きみは、猫が来て、汚いお水しかない、ゆっくり眠れないところで暮らしていたんだね」
小鳥の希望を叶えるべく、僕は街中を歩きまわった。
簡単なようでいて、なかなか難しい。この町の人は、小鳥を飼ったことなどないのだ。
諦めて、小鳥を肩に載せたまま部屋に帰った。
「あら、ステキじゃないの」
そういえば、僕の部屋には小さな桃色のクッションがあったのだ。
どうして早く気がつかなかったんだろう?

2011年8月10日水曜日

とんだ不調法

ブートのお嬢さんは、銀のフルートで舞曲を奏でる。
観客は、無作法な白豚の叔父さんたちよ。
と、とことん楽しそうなブートのお嬢さん。

The was a Young Lady of Bute,
Who played on a silver-gilt flute;
She played several jigs,
To her uncle's white pigs,
That amusing Young Lady of Bute.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2011年8月7日日曜日

空の漁師

空の漁師は、鰯雲を収穫するのが仕事である。
こちらで大漁ならば、海でも大漁になるから、空の漁師たちも一生懸命だ。

さて、ここに孤独な釣り人がいる。
他の漁師たちのように網を使わず、一人で鰯雲を釣っている。
あまり腕はよくない。酒を飲みながら、魚(海の魚だ)をつまむのが好きな男だ。
この漁師は、一羽の鶚を相棒としている。
鶚は鶚で、空から海へ突入し、魚を捕ってくる。
こちらは実に、優秀だ。足の鋭い棘で、魚を突き刺し、素早く捕まえる。
「やあ、今日の魚も美味しいね。」
空の漁師は、天空に釣り糸を垂らしながら、鶚と一緒に酒を飲む。
鰯雲の大群がのんびり流れていく。

2011年8月2日火曜日

鶫の防禦

鶫が口を噤むのは、元来のお喋りからうっかり秘密を漏らしてしまわないように……ではないらしい。
好物のケラに呼ばれたり、ミミズに呼ばれたりすると、ついつい出かけてしまう鶫なのだ。
これはもしかしたら罠かもしれない。でも、ご馳走にありつけるのだったらこの機会を逃すわけにはいかない。
そう考えていると、さすがの鶫も無口になってしまうそうだ。
無口になった鶫は気配も消えて、天敵のテンにも気づかれない。
それで彼らの命はずいぶん助かっているのだが、鶫もテンも知らないことだから、私は口を噤んでおこう。

2011年7月27日水曜日

鳥の巣のさまざま

鳥の巣といえば、小枝や獣の抜け毛を集めて作ることが多いわけだ。
まれに都会のカラスが人間の道具を材料にすることもある。
このカラスは、それどころではない。人間に指示を出して作らせるのだ。
飼われたこともないのに、人語を覚えたこのカラスは、よりによって建築家の家のバルコニーに居座って、とうとう建築家に巣を作らせた。
建築家は、よりよい材料を調達し、カラスの求める巣を作り上げた。
カラスはそこで子を作り育てたが、毎日テレビカメラが来るのは、予想していなかったことだった。
建築家はカラスの巣の掃除に余念がなかったが、それを上回るペースでカラスと子供たちはフンをして、思う存分に巣を汚してから、巣立っていった。

2011年7月23日土曜日

ゴー・ストップが分る犬

そこいらをほっつき歩いている野良犬に「ストップ!」と声を掛けてみる。
そこでピタリと止まった犬は、合格だ。家に連れて帰る。
幾日かしたら、寝ている犬に「ゴー!」と行ってみる。
立ち上がって歩き出せば合格。寝たままだったら、元居たところに返す。
合格した犬は、私が乗って、三輪車代わりにするのである。
三輪車なんかより、ずっと格好がいいと思う。
背が伸びたら、犬になんか乗れなくなるわよ、と母さんが言う。
そんな未来のことは、まだわからない。

2011年7月14日木曜日

昼寝で見る夢

 昼寝をすると、大概、おかしな夢を見る。一番よく見るのが、歯がぼろぼろと抜ける夢で、口から次々と歯が溢れてくる。吐き出しても吐き出しても歯が溢れてくる。もっともこれは、私が酷い歯軋りをするせいだろう。
 次に多いのが、蔦のようなものが腕に絡まり、身動きが取れなくなる夢。次第に頭にも絡まり、段々と痺れて息苦しくなり、焦る。これは腕や手を頭の上で組んで寝る癖があるからだ。きっときつく組み過ぎて、それで痺れてしまうのだと思う。
 どちらにしろ、睡眠中の身体感覚が夢に現れているだけの話だ。
 今日も私は午睡を貪り、夢を見た。
 夢の中の私もやっぱり寝ている。昼間だというのに、なかなか温まらず、布団を顔まで被っている。
 目を閉じて、布団を被っているのに、部屋の様子が見える。透視だ。だが、夢の中の私はその能力について疑問を持っていない。
 布団の傍に男がいる。男は、床から突き出る手を引っ張り上げている。その動作を繰り返し、何人もの女が現れる。大勢の女と、一人の男が私の布団を取り囲んで布団の上から私をくすぐり、ひっかく。布団の中で痛痒さに耐えながら、そっと眼球を動かし、私は男たちを観察する。
 突如、男が欠伸をした。それを合図に女たちが一斉に私の布団を捲る……!
 そこで目が覚めた。たった今の話だ。やっぱり、昼寝で見る夢はロクでもない。夢の中の痛痒感は嘘ではなかったのだ。酷い蕁麻疹が出ている。
 そして、布団の周りには夥しい数の、女の手が落ちている。

怪談大賞に出さなかったもの。

2011年7月13日水曜日

海鳥の子のお稽古

巣立ちの稽古をする子等のために、海鳥の親はタンバリンを用意した。
羽ばたき、足踏みする度に、タタタンッタタッタタン、とタンバリンが鳴る。
親が手本を示してやれば、タタンッタタン、と小気味よい。
そのうち子等もリズム良くなってきた。巣立ちも間近だ。

2011年7月12日火曜日

釘づけの家守

あるところに、大量の錆び釘が入った壷に落ちてしまった家守がいた。
家守は、壷の壁をよじ登って脱出を試みたが、釘が痛くて思うようにならない。
諦めて死を覚悟していると、漬物が大好きな坊さまがやってきて、
「おや、こりゃ珍しい。家守の釘漬けじゃ」
と言って、ペロリと食べてしまった。

2011年7月6日水曜日

鳥の生活

鳥は、少年にずいぶんかわいがられていた。少年は貧しかったが、自分の食事を抜いても鳥の餌代は惜しまなかった。
鳥は丸々と太り、飛べなくなった。一晩中、窓から通りを眺め、よく聞こえる耳で人々のお喋りを聞いた。
朝、少年が帰ってくると、鳥は今日聞いた話を少年にそっくり聞かせた。
鳥の話には、たくさんの登場人物がいた。酔っ払い、チンピラ、老人、ぺてん師、そして娼婦。
少年は、娼婦に恋をしていた。姿を見たことはない。鳥が真似する声で、少年は覚えたての自慰をする。
それが済むと「もうそんな仕事はやめにしなよ」と、太った鳥に語り掛ける。

太った鳥は、毎晩、窓から「もうそんな仕事はやめにしなよ」と少年の声で、娼婦に繰り返し語り掛ける。
幼い娼婦は、声が聞こえたような気がして窓を見上げるが、いつだってまんまるの羽根の塊がぼんやり見えるだけ――

2011年7月2日土曜日

象の群が山火事を消した話

真っ先に山火事に気がついたのは例によって鳥たちだ。
鳥たちの大騒ぎで混乱に陥る獣たちの中で、象だけは冷静だった。
象たちは火を消してみようと相談した。
そりゃあ、自慢の鼻を使えば水を撒くなんてことは簡単だ。だが山火事には太刀打ちできない。
そこで象たちは考えた。
重たい象の上に牝が、その上に若い牡が、その上に仔象が乗ったら、ずいぶん空に近づいた。
象ビルディングがたくさん建つと、下の象から上の象へ、水を汲み上げた。
仔象たちは喜んで水を空に撒き散らす。
虹が出来た。象は一斉に吠えた。
雲がやってきた。また一斉に吠えた。
雷鳴が轟く。負けじと吠えた。
雨が降った。

山火事が収まると、もう一度、虹が出来た。

2011年6月30日木曜日

無題

高い空に昇り、白い雲に乗ったら、暗い夜へ吸い込まれた。

2011年6月29日水曜日

無題

愚かな娘が「聖人君子」と崇められた故人を掘り出そうと試みると、大量の白骨が溢れてきた。

2011年6月27日月曜日

傅書鳩を使ふ強盗

強盗は、相棒の鳩に餌をやりながら考えた。
「コイツがもし捕まって、焼き鳥にでもなっちまったら、
おれは一体どうやって暮らしていけばいいんだ……。」
鳩は、あちこちの金持ちの家に飛んでいき、こっそりとお金を頂戴してくるのが仕事だった。
強盗は、いまだ自分では脅しも盗みもしたことがない。
それでも「強盗」を名乗りたいが為に、「強盗だ!金を出せ」と彫ったナイフ形をした小さなプレートを鳩の首にぶら下げていた。
ある日、強盗が働く小さなパン屋(鳩の餌になるものが手に入りやすいのだ)に、本物の強盗が入った。
ナイフを付きつけられた強盗は動けない。
そこに仕事帰りの鳩がやってきた。
くちばしで突っつき、バサバサと暴れると本物の強盗は何も盗らずに逃げてしまった。
本物の強盗というのは、だいたい鳥が苦手なものだ。
パン屋ではその後、大掃除をしなければならなかったが、鳩はパン屋の親父に大層褒められ、強盗は前にもまして鳩を可愛がるようになった。
親父さんの助言で、鳩は伝書と見回りの仕事をするようになったので、泥棒はやめた。

2011年6月20日月曜日

勲章(メダル)を貰った犬

お手伝いが得意な犬は、飼い主に「ご褒美は何がいい?」と聞かれると決まって「メダルを下さい」と言うのだった。
飼い主は、それは真面目で、おまけに裕福な人だから、「よい働きをした証に」という意味の言葉を入れた小さなメダルをたくさん鋳造してもらい、犬がよく手伝いをすると恭しくメダルを首に掛けてやった。
犬は自分の小屋に宝箱を持っていて、飼い主から貰ったメダルをきちんを仕舞っていた。
そして、近所の犬や猫や子供が良いことをすると(それは落し物を拾ったとか、老人に親切にしたとか、ささいなことだった)、宝箱からメダルを持ってきて、飼い主の真似をして恭しく渡すのだった。
そのうちに犬が年老いて死んでしまうと、街中の犬や猫や子供やかつて子供だった若者がメダルを持って飼い主のところにやってきた。
飼い主は犬にやったメダルをこんなにも多くの人が持っていたことに多い驚き、これからもメダルを作り続けると約束すると、街の人は大層喜んだ。

2011年6月17日金曜日

模造眞珠

アコヤガイを助けたら「模造で心苦しいのですが」と、ペロっと眞珠を吐き出した。
これが本物でないとしたら、世の眞珠は何だというのだろう。
いろいろと理解に困るが、ともかくこの模造眞珠は今までにみたどんなパールよりも美しい。

2011年6月14日火曜日

無題

我が家の自転車の籠に、枝付きの枇杷の実がどっさりと入っている。誰の仕業ですか。

2011年6月11日土曜日

無題

部分的に黒く染まった脱獄兵からの手紙が届く。

2011年6月10日金曜日

蛙は音樂が好き

蛙は合唱が得意なのはご存知の通りだが、上手い蛙も下手な蛙もいるし、実はコンサートマスターだっている。
一番声のよい蛙が月に向かって一声出せば、それに合わせて一斉に合唱が始まる。
レパートリーは幅広いから、蛙たちにもそれが幾つあるのかわかっていない。
もっともほとんどの場合、一曲は一回しか歌われることがない。

ところがコンサートマスターの蛙は、とある月夜に歌った歌がえらく気に入ってしまった。
名曲の力か、たまたま記憶力がよい晩だったのかはわからないが、三日も繰り返して歌った。
それに気がついたのが近所に住むピアノの得意な少年。
聞き取り、音を拾って、楽譜にした。

少年は、蛙世界の名曲を後世に残さんがため、オタマジャクシを集め、その歌を指導している。

2011年6月8日水曜日

海戦に参加した海豹

あるとき海豹は、機雷に遭遇した。
まったく迷惑な話だ、と海豹は思いながら、機雷を片付けることにした。
ふと見渡すと、そこかしこに機雷があるので、海豹は仲間に呼びかけて、全部撤去したのだった。人間のやることは、実に意味がわからない。
撤去した機雷は、近くにあった船に放り投げておいた。
船はまもなく炎上した。時限式の機雷が爆発したのだ。

そのころ陸上では、どこかの国の海軍の偉い人が作戦失敗の罪で罰せられていたが、投下したはず機雷がどうして船に戻ったのかわからずに、頭をひねっていた。

2011年6月6日月曜日

悧巧な蟹の一日

蟹はいつだって規則正しい生活をしている。
時計を持っていることは、人間には内緒だ。
落っことす人間がいけないのだ。
最近のは防水機能がしっかりしているから、蟹にも不自由なく使える。
時計を確認した蟹は、食事の時間であることを知る。
甲羅に砂を掛け、丁寧に身を隠すと、獲物を待つ。
じっと待っていると、秒針の音が気になる。
なんだか楽しくなってきて、時計を嵌めた鋏をカチコチと振って、陽気に踊る。
振り上げた鋏に、うっかり捕まってしまった魚を見て、蟹は多いに驚き、慌てて食べる。
満腹になって時計を見ると、ちょうど食事の終了予定時刻だった。
蟹は時計を持ってから、何故だか狩りに失敗することがなくなった。

元本『鳥獸蟲魚の生態』では、「マイア」という蟹が獲物を捕まえる話なんだけれど、マイアという蟹のことは、ちょっと検索したくらいでは出てこない。

著者の加宮貴一については、こんなページを見つけました。

2011年6月1日水曜日

鳥の裁判

子供が喧嘩をしていれば、インコがどこからともなく飛んできて、
「有罪!」「無罪!」と言う。
「有罪!」と言われた子供は、「ごめんなさい」を言う約束だ。
「無罪!」と言われた子供も、「ごめんなさい」と言う約束だ。

「有罪!」と言われた子供は、インコを頭に乗せて家に帰ることができる。
インコは母にも父にも見えないが、落ちた羽は見える。
羽を拾ったその手で、子供の頭を撫でる。
インコは「よいこよいこ!」と言う。

2011年5月27日金曜日

魚を捕る貝

魚を喰らうのが大好きな貝がいた。
貝を喰らうのが大好きな魚がいた。
その二人が広い広い海の中で、不幸にも出会ってしまったのだ。
ああ、なんということだろう。
貝は魚を見て、舌なめずりをし、魚は貝を見つけて涎を垂らして突進した。
だが、魚は貝を食べることが出来なかった。
貝があまりにも大きかった。
口に入らなかったどころか、魚よりも何倍も大きな貝だったのだ。

諦めて引き返そうとしたところ、ふよふよと夥しい数の白いワームが漂ってきた。
無意識にそれに喰らいつくが、ワームは巧みに身をかわして魚に纏わり付き、
気がついたときには貝の体内であった。
悔しいので、魚は真珠を見つけて飲み込んだ。
そのあとのことは、わからない。

タイトルを借りている『鳥獸蟲魚の生態』の中では「扇子貝」という貝が
白っぽい紐状のもので魚を捉えて食べる、という話でした。
オウギガイで検索してみますと、ヒオウギガイで出てきます。
他の貝についても、ちょっと検索したくらいでは、
本の中のような魚の捉え方については出てきませんでした。

この本、「さまざまな動物たちの悧巧なエピソードや感心する生態」を子供に紹介するような体の本なのです。
80年も前の本なので、中にはきっと今では誤りとされていることもあることでしょう。

2011年5月23日月曜日

黒焦げになった鶏

腹の減った男と、寒さに耐えかねた女が、鶏の小屋に火を点けることを思いついたのだ。
その鶏小屋には、雌鳥と雄鶏が慎ましく、喧しく(特に朝は)暮らしていた。
ごく当たり前の鶏小屋だった。

腹の減った男は、マッチを持っていた。寒さに耐えかねた女は、塩胡椒を持っていた。
だから、鶏小屋に火の点いたマッチを投げ入れることは、とてもよい案だと二人は思った。
だが、結局、小屋には暖まるほどの炎は上がらず、プスプスと煤が出るばかりだった。
煤で黒くなった鶏が怒って小屋から出てくると、「黒焦げになった鶏のゾンビが出てきた」と男は腰を抜かし、女はますます震えあがった。
二人は、鶏小屋を解体して焚き火をし、雌鳥が仕方なく産んだ卵で目玉焼きを作って、塩胡椒を振って食べた。卵も煤けていた。
「卵を分けてくれ」と頼みに来れば、それでよかったのに、と雄鶏は一晩中説教をした。

2011年5月19日木曜日

自動車の番をする犬

この国では、駐車場にはもれなく番犬が居る。
一軒家の駐車場にも、スーパーの駐車場にも、もちろんコインパーキングにも。
番犬が何をするかといえば、自動車を見張っているのである。
最近の自動車はお転婆で、時々運転手が居なくてもドライブに出かけてしまう。
一人でドライブしたくてウズウズしている自動車を見つけると、番犬は吠え立てる。
自動車はたいがい、犬が苦手なのだ。

2011年5月16日月曜日

猿の蟹釣り

蟹釣りの得意な猿に、蟹を釣ってくれと頼んだら、「尻尾を貸してやるから、自分で釣りな」という。
まずは猿の手本から。ちょいちょいと尻尾を動かし、ひょいひょいと蟹を釣り上げた。
「じゃあ、おまえの番だ」と、猿は尻尾を外して、オレのパンツを下ろすと、ペタリと尻尾を貼りつけた。
尻尾を海に垂らすと、面白いように蟹が尻尾を挟む。
エイエイと次々と蟹を釣り、もう十分だから尻尾を返すよ、と猿に言うと「尻尾はくれてやる」と言われた。
見ると、オレの釣竿を尻に付けて、大喜びなのだ。
その釣竿では蟹は釣れん、そう言おうとしたが、オレが尻尾を借りて釣っている間に、その何倍も蟹を釣り上げていたのだった。
猿の尻尾は、いくら引っ張っても、剥がすことができない。

2011年5月12日木曜日

ウラヌスが転がれば

天王星の軸が大きく傾いていると知ってからというもの、かの惑星と同じ名の少年ウラヌスは、ごろごろと転がって移動するようになってしまった。
学校へ行くときも、サッカーをするときも、横になってごろごろと転がる。
父が叱り飛ばしても、母が説得しても、友人が心配したり馬鹿にしても、ウラヌスはごろごろと転がる。
いつのまにか、横になったままで勉強し、横になったままハーモニカを吹くようにもなった。
猫も鼠もウラヌスと仲良くなった。話がしやすいのだ。とはいえ、猫も鼠もウラスヌが変わり者だということは、よくわかっているようだった。ほかにそんな人間はいないもの。
そんなウラヌスの噂が当の天王星にまで及び、天王星は、その地球人の子供のことが、気になって仕方がない。
ちょうど地球がよく見えそうな位置に来たとき、天王星はえいやと起き上がって、覗いてみようと思う。
ちょっと天文の事情が変わるかもしれない。

今日は鳥獸蟲魚の生態をおやすみして、唐突に書き下ろしました。
「天王星の音」を聴きながら。

2011年5月7日土曜日

夜鶯(ナイチンゲール)の戦死

夜鶯が一斉に歌い出した。
夜明け前の森は飛び起きて、周囲を警戒する。
夜に聴くには、美しすぎる歌。
夜鶯の歌は、クレッシェンドを続け、日の出とともに唐突に終わった。
まもなく森は、傷ついて死んだ夜鶯を一羽発見する。
夜より暗く、静かな一日の始まりだった。


Stravinsky - The Song of the Nightingale を聴きながら。

2011年5月4日水曜日

「鳥獸蟲魚の生態」タイトル一覧

『鳥獸蟲魚の生態』 加宮貴一 厚生閣書店 昭和五年 より

夜鶯(ナイチンゲール)の戦死
猿の蟹釣り
自動車の番をする犬
黒焦げになった鶏
魚を捕る貝
鳥の裁判
悧巧な蟹の一日
海戦に参加した海豹
蛙は音樂が好き
模造眞珠
勲章(メダル)を貰った犬
傅書鳩を使ふ強盗
象の群が山火事を消した話
鳥の生活
釘づけになった家守
海鳥の子のお稽古
ゴー・ストップが分る犬
鳥の巣のさまざま
鶫の防禦
空の漁師
人に救ひを求める小鳥
針鼠の苦心
素手で鰐群と戰った話
鳥の胃袋
魚の昇降器(エレヴェーター)
鳥の釣れる島
川獺行進曲
夜の鳥・梟
鱶の腹から飛行家の片腕
渡り鳥
鼬鼠の踊り
大猩々に包囲されて
山中の活劇
川獺の水泳練習
母鳥の苦心
自然の晴雨計
蛇を恐れる動物
兎狩り
死の沼
益鳥
魚捕りの名人川獺とずるい狐
森の中の騒ぎ
狼に育てられた子供
悪戯者の鴉
鳥の母性愛
動物の帰郷本能
猿の言葉
山の悲劇
海綿(スポンジ)の話
鳥の本能
家を建てる獸
奇怪な牡蠣
みんな溺れ死ぬ狐猿
雁の大將
狐狩り
針鼠と蛇の喧嘩
動物の保護色
飛行機と鷲
子守をする小馬
海の怪物
海鳥の巣
仲のいい犬と猫
犬と猫との親友
油断大敵
肉彈
死よりも強し
鳥の卵
蜜蜂の研究
野の歩哨

2011年5月2日月曜日

A MOONSHINE

月の人に任命され、様々に月の用事を頼まれてきたけれども、しばらくは実感がわかなかった。
月は何事もなく満ち欠けをし、それに合わせて生活している。以前と変わりない。
しかし、星を拾い、旧月の人と懇意になり、そして月の人を受け継いだのは、すべて月が望んだ結果なのだと、近頃ようやくわかってきた。月は、思った以上に饒舌だ。

兎も角、今日もポケットには大きな金平糖にしか見えない星が入っている。
齧れば、いつでも月に帰れる。
けれども齧り過ぎて、うっかり火星まで飛んでいったこともあるから、慎重に。
月光に上手く乗れば、大丈夫。


++++++++
やっとやっと「五千五秒物語」おしまいです。
拍手もたくさん(全編にいただきました)、本当にありがとうございました。
いやー、長くかかりました。
それは私の更新速度が遅かったからに他ならないけれども。

『一千一秒物語』を借りる際は、月の擬人化の塩梅が難しく面白いのです。
今回は、天体としての月と、月の人、それぞれを描いたので、少しこれまでと違う雰囲気になっていればよいのだけれども、果たして。
天体の月と月の人の構図は『つきのぼうや』イブ・スパング・オルセン の影響が強くあることを告白しておきます。


次のテーマは動物です。
各タイトルは、古い子供向けの本から拝借します。

2011年4月25日月曜日

どうして彼は喫煙家になったか?

「タバコは、吸わないのか? 月の人」
そう声を掛けられて、ひどく動揺した。
ここは花屋で、ラベンダーを買おうとしているところだった。
「月の人」という言葉に、花を包んでいた店の人がハッとしたのがわかった。
彼女のエプロンの青が深まる。

声を掛けてきたのは、身体の大きな男だった。
「タバコは、吸いません」
「じゃあ、これをあげるよ、じゃあな」
立ち去り際に、細かな細工が施されたシガレットケースを渡された。

シガレットケースの中身を覗き込んでいると、花屋が「あら」と言って、ニッコリと笑った。
「これ、タバコのようで、タバコではありませんよ、新しい月の人さん。」

旧月の人に見せると、是非吸うといいと言う。
斯くして喫煙するようになったわけだが、これはやはりタバコのふりをしてタバコではないようだ。
花屋で買ったラベンダーと同じ香りがする。

2011年4月18日月曜日

はたしてビールびんの中に箒星がはいっていたか?

旧お月さまが、ビール片手に遊びに来た。
「途中で箒星にぶつかった。その後消えてしまったから、きっと箒星はビールの中だ」
「箒星入りのビール、旨いのかしら」
王冠を飛ばすと、あまりにも泡が出て、二人とも溺れてしまった。
ようやく泡が収まった時にはビールは空で、二人とも大変に酔っ払っていたので、箒星を見たかどうか、覚えていないのだった。

2011年4月17日日曜日

星と無頼漢

星を苛める輩がいると聞いて、様子を見に行くことになった。
その無頼漢は、公園で星たちを両手に抱え、空中に放り投げ、拾い、また放り投げ……を繰り返していた。
「楽しそうですね。一緒にやってもいいですか」
そう話しかけたら、無頼漢は目を細めて喜んだ。
「こいつらを夜空に返してやりたいんだが、うまくいかねえんだ。オマエ、やり方しっているか?」
落っこちてきた星は、時期が来るまで空には帰らないし、帰る気もない。机に並んだ星たちは、いつだかそんなことを説明してくれた。
それでも無頼漢があんまり真面目なので、一緒になって星たちを放り投げた。
星たちが「高い高い」をしてもらっている子供のように、喜んでいるから。

2011年4月8日金曜日

お月様が三角になった話

三つ目の仕事は、月にそっくりのクッキーを焼いて(そう、月はクッキーが好きなのだ)、関係各位に配るというものだった。
もちろん、クッキーにはすべてクレーターを再現しなければならない。
しかし、そもそも球体にクッキー生地を丸めることが困難だった。
やっと丸めたクッキーを焼いてみると、どういうわけか三角になってしまい、「おにぎりみたいだ」と呟いたら、月は目を三角にして怒るのだった。
月の目がどこにあるかは、言えないことだ。

2011年4月4日月曜日

無題

そのベランダは、朽ち果てたい。

お月様をたべた話

旧お月さまの家に呼ばれて行くと、玄関に入る前からなにやら香ばしい。
それもそのはず、テーブルにはクッキーが大皿山盛りになっていた。
「これ、お月さまが焼いたんですか?」
「もちろん。全部手作りだよ。今日はこれを全部食べてもらう」
ええ、それは無茶な、と思うが、これも「月の人」の引き継ぎ儀式のひとつらしい。
幸い、クッキーは美味しく、食べても食べても苦しくはならなかった。
「これ、何が入っているんですか?」
「月」
それはつまり、クレーターの理由。

2011年3月29日火曜日

土星が三つ出来た話

二つ目の仕事は、土星にプレゼントするための輪を作ることだった。
これも、「月の人」が交代するたびに行われる儀式のひとつらしい。
何度か作り直しをし、ようやく満足のいく出来栄えの輪を作り上げ、土星もずいぶん喜んでくれた。
「上手く出来たじゃないか」と、旧お月さまも褒めてくれた。
輪の変化に気がついたのだろうか、天文学者が寄稿した「かつてなく美しい土星」と題した記事が新聞に載った。
なんとも照れくさい気持ちになりながら、新聞をスクラップして、壁にピンで留める。
気がつくと、机の上に置いてあったはずの失敗した土星の輪がなくなっていた。星たちに訊いても、わからないという。
翌日、新聞一面に「フェイクサターン現る」との記事と、二つの偽土星の望遠鏡写真が掲載された。

2011年3月21日月曜日

赤鉛筆の由来

月の人としての最初の仕事は、赤鉛筆を削ることだった。
小刀で尖った芯を削り出すことは、大変に集中力の要る仕事だ。
あまり器用ではないから、何本も失敗した。

この赤鉛筆は、普通と違うところが幾つかあった。
ひとつめは、書くと確かに赤い線が書けるのだが、見た目は黒鉛の鉛筆であること。
もうひとつは、とてもよい薔薇のような香りがすること。
どうしてだろうかと、旧お月さまに訊いてみる。
「赤鉛筆が薔薇の香り? レモンの香りしかしなかったぞ」
兎に角、その赤鉛筆で毎晩月の機嫌を記号で記録することが、これからの日課となるらしい。

2011年3月19日土曜日

月夜のプロージット

か細い月が出た夜、黒い箱は音もなく開いた。

お月さまの家は、意外にも近かった。
そこはずっとずっと長い間、空き家だったところで、子供の頃「お化け屋敷」と呼ばれていた家だった。
招かれて行ってみると、空き家だった時間がなかったかのように、家は何食わぬ顔で温かそうにしている。
「いらっしゃい。新しいお月さま」
そう言われて、今夜が「その時」なのだと気がつく。

小さな黒い箱には、小さな盃が入っていた。
「さて、乾杯しよう」
旧お月さまは、手にグラスを持つ。
「Prosit」
盃とグラスを合わせたら、「カリン」と高く軽やかな音がした。
「これでキミは月に帰れるのだ」

2011年3月17日木曜日

黒い箱

「キミにプレゼントがある」
と、小さな黒い箱をお月さまに手渡された。
「開けてもいいんですか?」
「箱と呼ぶものがすべて『開く』とは限らない」
確かに、この箱は、継ぎ目のまるでない、真っ黒な立方体だった。
だけれども、中でカランと音がする。
「何が入っているんですか?」
「さてね。今度の新月が過ぎればわかるよ」

その「今度の新月」は、お月さまの家に招待されるそうだ。
家? そういえば、お月さまに家があるとは知らなかった。
いつも月に帰っていたから。

「一千一秒物語」のタイトルも残り10個を切りました。
なんだか終わりに向けて、勝手に動き出していますが、自分でもどうなるのかわかりません。プロットのようなものは、何もありません。

今までも、連作の体になっているものはありましたが、どうも今回の書き味は違っているのです。
たとえば、前回の「四千四秒物語」のときは、キャラクターが生き生きと動いてくれました。
今でも彼らは私の中でちゃんと生きていて、いつでも書けます。

今回は、ピンホールで向こう側を覗くように、書いている間だけ、ほんのちょっと覗き見る感じです。
一編を書き始める前も、書き終わった後も、すっと暗くなってしまいます。
でも、覗けばすっとピントが合うのです。

あと、今回は一人称で書きつつ「僕」や「私」を使わずに書いてきました。これは自分への課題で。それが達成したから何になるとかはないけれど。

2011年3月15日火曜日

A ROC ON A PAVEMENT

道の上の石のフリをした星を辿って歩いたら、図書館に着く。
この図書館の蔵書は、銀河一の量だけれども、本を開くと文字が流星となって散ってしまうので、読むことはできない。
そうして飛んで行った流星たちはどこかの道に落っこちて、また誰かを図書館に導く。

2011年3月11日金曜日

どうして酔よりさめたか?

しこたま寄って千鳥足で歩いていたら、お月さまに囲まれた。
お月さまが四人もいる。こりゃ大変だ。見上げれば月も四つ。
「あーあ、こんなに酔って」
嘆くお月さまたちに担がれて、エッサホイサと家まで運ばれた。
「シャワーでも浴びろ」
お月さまたちに服を脱がされて浴室に入る。
蛇口をひねるとシャワーから一斉に星屑が飛び出してきた。
星屑を頭から浴びると、すぅと酔いが醒めた。

2011年3月7日月曜日

月の客人

「ごめんください」
深夜に紳士がやってきた。近頃は不意の訪問者が多い。
「新しいお月さまはこちらですか」
「え、いや、あの……そのように言う人もいるようですが」
「お月さまに貴方が次期『月の人』だと伺いまして」
紳士は「月の客人」だと名乗った。
「月の客人」は、しばしば「月の人」を訪問することになっているそうだ。
星入りココアを二人で飲み、月について語り合った。

「『月の客人』は、新しい人と交代しないのですか?」
ふとそんなことを尋ねると、客人は答えた。
「『月の人』のような交代はありません。貴方は私にとって三十二人目の『月の人』ですよ」
次回の来訪の時には、一人目の「月の人」の思い出話を聞かせてもらうことを約束した。 
 
+++++++++++
3月5日『超短編の世界3』出版記念パーティに行ってまいりました。
会場は、噂だけは聞きまくっていた高円寺の「みじんこ洞」です。
お食事は家庭料理。美味しくいただきました。たくさん食べました。また行きたいな。
小さい店内という言い訳で、毎度のことですが隅っこに居座ってしまいました。
ごめんなさいごめんなさい。

もっと居たかったところを後ろ髪引かれつつ、みじんこ洞を後にする。
……しっかり終電でありました。

++++
タカスギさん、がくしさん、たなかさんのお話を聞いて、『超短編の世界』シリーズがようやっとこのような形になってよかったなあ、ここに参加できて嬉しいなあと、少ししんみりしました。
がくしさんの発掘力、たなかさんのバッチリな校正、タカスギ氏の想い、美柑さんのブックデザイン、どれがなくても『超短編の世界3』はなかったのだな、と。
   「愛を」

2011年3月2日水曜日

お転婆雛様

この雛人形は、買い求めたものではない。お雛様が欲しい欲しいと騒いでいた私に両親は「お雛様は買うものじゃない」ときっぱりと言った。

両親の言う通り、四歳の桃の節句の数日前に、お雛様御一行は、しずしずと歩いてやってきた。
私は口をあんぐり開けてただただ見下ろしていたが、母は驚きもせずに、「ほら、よかったこと。やっとあなたのお雛様がいらしゃったのよ」と手際よく雛壇をしつらえたのだった。

そんな雛人形なのに、大人になってからは忙しさや家の狭さを言い訳に、長いこと出していなかった。
うしろめたい気持ちで人形や道具を取り出す。
牛車に泥が付いているところを見ると、退屈していたわけではなさそうで、少し安心した。

2011年2月22日火曜日

ニュウヨークから帰ってきた人の話

ニュウヨークに行ってきたという人が訪ねてきた。見知らぬ人である。
「それで、ご用件はなんでしょう?」
「ニュウヨークから帰ってきたのです」
「それは何度も聞きました」
「ニュウヨークに行ってきました」
「ですから、何度も聞きました。ご用は何ですか」
「用があるのはあなたのはずです。何か聞くことはありませんか?」
「は?」
「ニュウヨークのこと、知りたいでしょう?」
「いいえ、ニュウヨークのことはよく知りませんが、知りたいことがあるわけではありません」
「……つまらない男だな」
男が立ち去った後には、作り物の星が一つ落ちていた。

2011年2月14日月曜日

真夜中の訪問者

眠れずに寝返りばかり繰り返していると、机の上に並んだ星たちも同じように、コトリコトリと動いていることに気がついた。
なんだかザワザワとした夜なのだ。こんな夜は、何か起きるのかもしれない。
玄関のチャイムが鳴る。
心臓を掴まれたような驚きの片隅に「ほら、来た」としたり顔が現れる。
冷たい床をつま先立ちで歩き、ドアを開けると、羊が居た。
「あの、ご入用ではありませんか?」
「あ、そうですね。はい。是非必要です」
羊は、背負った大きな袋を置いた。
「昼過ぎに取りに来ますから、玄関先に出しておいて下さい」
「料金は?」
「星をひとつ、いただけますか?」
星は喜んで羊について行った。

袋の中には、大量の小さな羊のぬいぐるみ。もちろんウール100パーセントだ。
眠くなるどころか楽しくなってしまうかと思ったが、実によく出来ている。
八十七匹数えたところまでしか覚えていない。

「星の終わりに」へ拍手をくださった方、どうもありがとうございました。
「星の終わりに」なんてタイトルあったっけ? と検索してしまいました。
古い作品まで遡って読んでくださっているとわかると、とても嬉しいです。

2011年2月9日水曜日

自分によく似た人

喫茶店で珈琲を運んでくれたウェイターの手。
「あーした天気にしておくれ」と、下駄を飛ばす子供の足。
「え? よく聞こえないよ」と、口元に寄せられた老人の耳。
「出発進行」の運転手の声。

今日出会った人々は、すべてどこかが自分によく似ていた。
ベッドに入ると、体がバラバラと分解されていくような感覚に襲われた。
睡眠の海に溺れて、集めることができない。

2011年2月4日金曜日

THE WEDDING CEREMONY

「さて、結婚式が迫ってきた」
お月さまはウキウキと楽しそうだ。
「結婚式に呼ばれているのですか。どなたの?」
「決まっているじゃないか、キミのだ」
よくよく訊いてみれば、そして、それはいくら訊いてもよくわからないのだが、ともかく、お月さまというのは、月の夫、ということらしい。
つまり、「月の人」を継ぐにあたり、結婚の儀式が必要なのだ、と。
銀河からの手紙に返事を出した覚えはない、と反論するが、お月さまの手には「YES」と書かれた葉書があった。
見飽きるくらいに見慣れた、そして好きではない筆跡で。

2011年1月31日月曜日

結晶しそこない

紫は困っていた。
「わたしの耳はどうしちゃったのかしら。トランペットたちの声が聞こえない。」
大勢の楽団の、楽器ひとつひとつの声をちゃんと聞き分けられる耳を持っている。
だが、トランペットの声だけが透明になってしまった。
そう、透明なのだ。水晶のトランペットが三人、華やかで軽やかな主旋律を歌っているはずなのだ。
紫は、その小さな身体の、小さな鼓動の中に、紫水晶を育てなければならないことを、すっかり忘れている。
透明なトランペットの声が聞こえないのも、たぶん、それが原因だ。

2011年1月21日金曜日

銀河からの手紙

「貴殿を次期【月の人】に任命する」
黒い切手が貼られた葉書には、確かにそう書いてあった。
裏返してみても、ひっくり返してみても、やはりそう書いてある。
お月さまは、笑っているから、これは冗談だと思う。
「引退したら、『月のご隠居さん』なんて呼ばれるのもいいね」
などと言っている。
これは何かの冗談だと思う。
「返事を書きたまえ」
月を見上げて、狼狽える。満月が丸すぎる。

2011年1月17日月曜日

A HOLD UP

「手をあげろ!」
お月さま道行く人にそう声を掛ける。
人々は手をあげる。何も起こらない。誰も怒らない。
「おや、お月さまに脅されちまったねえ」
なんだか嬉しそうだ。
とうとう胸に指を突き立てられた。「手をあげろ!」
言われたとおりに両腕をあげたら、バラバラバラバラと星が落ちてきた。
「やっぱりお前だな!」
なんだか嬉しそうだ。

2011年1月14日金曜日

AN INCIDENT AT A STREET CORNER

少年が、「これと同じもの、持っているでしょう?」とやってきた。
両手いっぱいに、大きな金平糖を抱えている。
「それ、どうしたんだい?」
「そこの角を通るたびに、頭に落ちてくるんだ。たんこぶだらけだ」
少年は、憎々しげに、部屋の奥を覗き込んだ。
どうやら、それがこの家の机にならんだ星のせいだ、と言いたいらしい。
星たちにはよくよく言って聞かせるから、と言いながら、星入りのココアをごちそうした。少年はココアに星を入れる様子を目をぱちくりさせながら見ていた。
ココアがとても美味しかったようで、少年の機嫌は直り、星は全部持って帰ると言う。「ぼくもココアを作る!」と。星は紙袋に入れて持たせることにした。
少年を送りがてら、角を曲がると本当に星がひとつ落ちてきた。
少年は素早くキャッチした。もう頭にたんこぶを作らない。

お知らせです。

第4回アソシエイト展inハウステンボス
テーマ:“~LOVERS~大切な人への贈り物”
会期:2011年2月9日(水)~23日(水)9:00~21:30
会場:パレスハウステンボス内 ハウステンボス美術館 展示室フロア

に、豆本を出品します。
ふくまめプロジェクトによる豆本コーナーに参加します。

2011年1月12日水曜日

見てきたようなことを云う人

「実際、おれは見てきたんだ。水星だよ。え? どうやって行ったかって? そりゃあ、孫が作った宇宙船に乗って行ったんだ。孫は、小学二年生だ。かわいいぞ。これが写真だ。名刺替わりだ。水星のおみやげもある。氷だ。溶けちまう前に、舐めるといい。飴玉のように」

見ず知らずの青年に、小さな氷が二つ入った瓶をもらった。
舐めると、甘い鉄の味がした。
もう一つはお月さまが舐めた。
「おい、水星に逢ったのか?」
事の顛末を話すと
「久しぶりに水星と逢いたいねえ。この子供を訪ねてみるとしよう。一緒に行くだろ、水星に」

2011年1月11日火曜日

友だちがお月様に変った話

お月さまと一緒に歩いていると、向こうからお月様がやってきた。
「あれ?」
互いのドッペルゲンガーを見ているというのに、お月さまとお月様は平然としている。
「なぜ?」
二人を見て驚いているのに、二人は何も驚いていない。
困ったな、と思いながらお月さまとお月様に挟まれて歩いている。
しばらく話しているうちに、お月様はどうやら幼なじみのZ君であることが判明した。
「なんだか、ずいぶん雰囲気が変わったね」
「そうかい? 君こそ、お月さまにソックリでびっくりしたよ」
月が眩しくて見上げることができない。

2011年1月6日木曜日

THE BLACK COMET CLUB

「これが会員証。」
お月さまに手渡されたのは、吸い込まれそうな黒色をしたバッジだった。
「会員証? 何の?」
「もちろん、THE BLACK COMET CLUBのだ」
お月さまがエヘンと胸を張ると、バッジの中にホウキ星がひとつ、流れた。
「会員規約、第一条。本会員は、夜空を自由に駆け巡ること。第二条、本会員は、月及び、月と懇意であること。第三条、月と諍いを起こしたものは……」
お月さまが条例を読み上げるたびに、バッジに星が流れる。

2011年1月5日水曜日

散歩前

珍しく昼間の散歩に出掛けることにした。
すると、なんだか机に並んだ星たちが騒がしい。
散歩に連れて行けというのだ。
「まだ明るいから」といえば、サングラスをすればいいと主張する。

夜の散歩もよいけれど、昼の散歩は足音が好きだ。
よく晴れた昼の空が青い。ポケットには、黒い紙に包まれた星が二つ。

2011年1月3日月曜日

コーモリの家

コーモリの家を訪ねなければならない。
理由はよくわからないが、お月さまにそう言われたのだ。
「コーモリの家を見つけるのは大変だぞ」と地図を手渡された。
とても親切な地図で、見つけるに難儀するとは思えない。

指定された日時に地図を持って出かける。まだ明るいうちに。
その場所は、空き地になっており、草がボウボウに生えていた。
家と呼べそうなものは何もない。

空き地の中をうろうろと歩きまわるが、コーモリは出てこない。
「御免下さい、コーモリさんはご在宅ですか」
そう小さな声で言ったら、どこからともなく大勢のコーモリが現れて、あっという間に取り囲まれた。
美しい夕焼けが、一瞬にして闇となった。
「いらっしゃい。貴君がお月さまのお気に入りだねえ」
気がつくと、立派な応接間で、カイゼル髭の紳士と向き合っている。

あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いいたします。

一日は、近所の富士塚に登りました。
スカイツリーが見えた。