月の人としての最初の仕事は、赤鉛筆を削ることだった。
小刀で尖った芯を削り出すことは、大変に集中力の要る仕事だ。
あまり器用ではないから、何本も失敗した。
この赤鉛筆は、普通と違うところが幾つかあった。
ひとつめは、書くと確かに赤い線が書けるのだが、見た目は黒鉛の鉛筆であること。
もうひとつは、とてもよい薔薇のような香りがすること。
どうしてだろうかと、旧お月さまに訊いてみる。
「赤鉛筆が薔薇の香り? レモンの香りしかしなかったぞ」
兎に角、その赤鉛筆で毎晩月の機嫌を記号で記録することが、これからの日課となるらしい。