2011年4月25日月曜日

どうして彼は喫煙家になったか?

「タバコは、吸わないのか? 月の人」
そう声を掛けられて、ひどく動揺した。
ここは花屋で、ラベンダーを買おうとしているところだった。
「月の人」という言葉に、花を包んでいた店の人がハッとしたのがわかった。
彼女のエプロンの青が深まる。

声を掛けてきたのは、身体の大きな男だった。
「タバコは、吸いません」
「じゃあ、これをあげるよ、じゃあな」
立ち去り際に、細かな細工が施されたシガレットケースを渡された。

シガレットケースの中身を覗き込んでいると、花屋が「あら」と言って、ニッコリと笑った。
「これ、タバコのようで、タバコではありませんよ、新しい月の人さん。」

旧月の人に見せると、是非吸うといいと言う。
斯くして喫煙するようになったわけだが、これはやはりタバコのふりをしてタバコではないようだ。
花屋で買ったラベンダーと同じ香りがする。