2014年12月22日月曜日

十二月二十二日 犬

犬が自主的に眼科へ入っていった。まったく迷いなく、自動ドアが開き、犬は中へ入っていった。
検眼でもするのだろうか。犬の視力検査というのは、どうやるのだろう。
「いや、アレはサングラスを作りに行ったのだ」とウサギは豪語した。
「クリスマスのイルミネーションから目を守るためだ」というのがウサギの解説。
もっともなような、そうではないような。
犬が眼科から出てくるまで待っていようかと思ったけれど、それはやめた。


2014年12月19日金曜日

十二月十九日 古墳

通りがかった家の二階のバルコニーに、武人と馬の大きな埴輪が置いてあった。
「家の人が飾ったのかな」と言うと、「そうではない、ここはかつて古墳だったのだ」とウサギが低い声でつぶやいた。


2014年12月18日木曜日

十二月十八日 ケツノホ

座布団をお日様に当てると、ケツノホがふわふわと飛び出していく。
今日は風が強かったから、ケツノホがよく出た。
ウサギはケツノホが好きで、一緒に飛んでいきそうになるので、ベランダに縛り付けておかなくてはならなかった。
「ウサギ風邪引くぞ」と声を掛けても、上の空だ。仕方がない。


2014年12月10日水曜日

十二月十日 職人

右手に刷毛を、左手に竹棒を操る。
「職人になった気分でしょう?」とおだてられ、良い気分になった。
すると、調子に乗るなと言わんばかりに、刷毛の毛がズズズと伸びた。
腰を抜かした。




2014年12月9日火曜日

十二月九日 音拾い

砂粒のような小さな音を拾って、耳の中に落とす。


夢中になって繰り返したら、耳の中に砂時計が出来た。


 


奏でる。


 


刻む。



2014年12月5日金曜日

十二月五日 アルバム

写真というのは、実は饒舌でうるさいほどなのだ。


四年ぶりに引っ張りだしたアルバムは、ほこりを積もらせ始めていたけれど、


一度開いたら、写真たちが一斉におしゃべりを始めた。


「修学旅行の新幹線、車中でカップル誕生多数」


そんなゴシップ記事みたいなことを喋る写真は、アルバムからベリっと剥がしてやった。


ひと通りおしゃべりが収まると、ただの紙切れみたいなフリをする写真たち。もう騙されない。



2014年12月1日月曜日

十二月一日 郵便

郵便配達の人がやってきて、「お届け物です」と手渡してくれた。


きっと楽しみにしていた本だ。


ところが郵便配達の人は「きっとお師匠さんですね」と言った。


「おししょうさん」ではなく「おっしょさん」と発音した。


私は「え?」と言って、その場で開封した。


すると「急げ!」と言って、小さなおばあさんが走っていってしまった。


郵便配達の人は「私はお師匠さんを追いかけます。次のお宅に師走を届けなければいけませんので」と言って、やっぱり走って行ってしまった。


本は、ちゃんと入っていた。



2014年11月25日火曜日

十一月二十四日 針金ハンガーの世界

その世界ではすべてのものを針金ハンガーから創りだすらしい。


少年が針金ハンガーをグイッと引っ張って出来上がったのは、ボウガンだった。


「戦いがあるのか?」と尋ねると、「イヤ、ここは平和だ」と言って、もう一度グイッと針金ハンガーを変形させた。


ギターだった。少年の歌声が、モノクロの世界に響く。すべてが鉄線、それもまたよい。



2014年11月19日水曜日

バタークリームの姫君

「あなたが私を食べるのね」
 バタークリームのバラからひょっこり現れたお姫様が言った。
 ぼくが困っていると、事も無げに言う。
「私はケーキなのだから、あなたが私を食べるのは当然のことでしょう?」
 ぼくはそれでもなかなか一口目を食べることができなかった。
「じゃあ、追いかけっこしましょう。私は逃げる。あなたも上手に私を避けながら食べて」
 お姫様は楽しそうだった。バラのかげから顔を出したと思ったら、アラザンをこちらに向かって投げてくる。
「攻撃してくるとは聞いてないよ」
 からかうとお姫様はキャッキャとまた隠れた。
 とうとう、バタークリームのバラをひとつ残すだけとなった。
「おーい。食べちゃうよ」
 声をかけてみたけれど返事はない。そのままバラをまるごと頬張ると、「美味しかったでしょう?」と声がした。
 実のところ、味はよくわからなかった。お姫様の姿に夢中だったのだ。



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ケーキの超短編投稿作

7.フルールグラン 優秀賞受賞


2014年11月15日土曜日

十一月十五日 シンデレラ

職人は私の足に恭しく靴を履かせた。


それはぴったりに見えたのに、職人はなにかが気に入らないらしく、ブツブツ言いながら足を触る。


「作り直します」と職人はキッパリと言い、出したばかりの靴を慌ただしく箱に収めた。


ガラスの靴が、ショーケースに並んでいる。私の靴は、ガラスの靴でなくていいのだ。


でも、どんな靴を作るかは、職人が決めること。


シンデレラにさせられるのか、そうではないのか。


私はしばらく不安な日々を過ごす。



2014年11月9日日曜日

くす玉

六角の小箱を開けると小さな紅白玉が詰まっている。


宙に投げると、パカっと二つに割れた。なにやらおめでたい。


なかなか落ちてこないので、どうなるだろうと上を向いて眺めていたら、


突如、急降下。私の口の中に落っこちてきた。


たちまち蕩ける。ほのかに甘い。



2014年10月30日木曜日

十月三十日 渋滞

よちよち歩きの人々と、よろよろ歩きの人々が、朝のお散歩中に遭遇した模様。



2014年10月26日日曜日

フィドル・パブ

「酒が飲みたいって? 生憎、ここにはパブなんて一軒もないよ」
 赤い顔をしたおじさんは言った。おじさんは一体どこで飲んできたんだ?
「そんな顔をするな、ここにパブはない。だが、呼ぶことはできる」
 おじさんは着古したジャケットのポケットから、小さな小さなバイオリンを取り出した。
「フィドルだ」
 マッチ棒みたいな弓を器用に指先で摘み、おじさんはフィドルとやらを演奏し始めた。それは思いのほか大きな音で、夕闇の田舎町に響いた。
 呆気にとられていると、いつのまにやらアコーディオンの音色まで聞こえてくる。どんどん楽器が増えていく。
 風が吹く。なんだかよい香りだ。
「ほら、そろそろ来るぞ、よーく見てな」
 そう言われて、思わずパチクリ瞬きすると、そこはもう賑やかなパブの中なのだった。手にはウイスキーの入ったグラス。
 おじさんはお客たちの合間を歩きながら、陽気にフィドルを弾いている。ミニチュアのフィドルじゃなくて、普通の大きさだ。
 ウイスキーを一口飲み、顔を上げると、おじさんが近くまで来ていた。
「ほら、パブがやって来ただろう?」


 


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アイリッシュパブのほら話投稿作
松本楽志賞 受賞



2014年10月24日金曜日

十月二十四日 どんぐりひろい

よちよち歩きの人々が、我先にとどんぐりを拾っている。


みな真剣である。


小さな人々に囲まれたどんぐりの木もまた、真剣である。


どんぐりを落とす。次々落とす。


コトン、と頭にどんぐりが落ちて、人々は大喜びである。


秋である。



2014年10月23日木曜日

十月二十三日 落ち葉

図書館の椅子に腰掛けようとしたら、足元に落ち葉が落ちていた。赤く色付いた葉。


今しがた立ち去った人を目で追いかけると、そうと知らなければ気がつかないほど控えめに、


はらり……はらり……と、落ち葉をひとひらずつ落としながら歩いていた。


姿勢のよい、白髪交じりのご婦人であった。



2014年10月16日木曜日

十月十六日 昼日中、住宅街の光景

道端にしゃがみこんでカップラーメンを作る若い女が二人。


それを道の向かいから眺める杖を持った老婆は、植え込みの段に座って休憩中。


両者の間を、十八人の一歳児がよちよちと闊歩していった。



2014年10月12日日曜日

十月十二日 姫

メガネを掛けた隣国のお姫様が城を探していた。


「これはこれはお姫様。お城へご案内いたしましょう」


お姫様は電車に乗ってお一人で城を訪ねてきたのだった。


無事に城へ着くと、お姫様は弾ける笑顔で城へ入っていった。



2014年10月11日土曜日

十月十一日 川沿いを歩く

川沿いの道をズンズン歩いた。景色もろくすっぽ見ずに、歩いた。


なぜそんなに脇目もふらずに歩くのだ、と小走りのウサギに問われたが、自分でもわからない。


でも、川沿いの道でなければならいのだ、今日は。


脇目はふらなかったが、鼻は秋の川の匂いを敏感に嗅ぎ分けていたから。


歩いて歩いて、お腹が空いた。焼き鳥屋で乾杯。



2014年10月8日水曜日

十月八日 皆既月食

蘇芳に染まった月に向かって、伸びをする猫。



2014年10月6日月曜日

十月六日 台風の後には

長く続いた雨が止み、突然晴れた。


ウサギは長靴で飛び出して行く。


「もう雨は止んだのに、長靴?」


「もう雨は止んだから、長靴」


自転車でわざわざ水溜りを狙って走る小僧を、長靴を履いたウサギが大喜びで追いかける。



2014年10月1日水曜日

へみゃ

 幼い娘の発音する「へみゃ」は独特で、私は上手く再現できないのだけれど、ともかく「へみゃ」である。オバケとか妖精とか、あえて言えば、そのような類のものなのだろうが、それとは違う気もする。
 「へみゃ」はガラスのように透明で、ぷにぷにしている。触ることはできないから本当にぷにぷになのかは、わからない。そういう見た目である。
 娘が「へみゃ」を見つけたのは、トイレットペーパーの芯の中だった。私がトイレットペーパーを交換する様子を、じっと見ていた娘は喜んでそれを受け取り、遊び始めた。潰したり覗いたり熱心に研究をしていると思ったら、不意に「へみゃがいるよ」と言い出した。私が覗いても「へみゃ」は見えなかった。それ以来、娘は度々「へみゃ」と口にしたが、私はなかなか見ることができなかった。
 初めて「へみゃ」と遭遇したのは、靴を磨いている時だった。シューキーパーを差し入れた瞬間に、「へみゃ!」と鳴き声がして「へみゃ」が飛び出してきたのだ。シューキーパーが勢い良く入ってきて、靴の中にいた「へみゃ」は大層驚いたらしい。「へみゃ」の透明な姿がくっきりと見えた。私は娘を呼んだ。「へみゃ!」と、娘は笑った。娘が言う「へみゃ!」は、「へみゃ」が驚いて鳴いた「へみゃ!」とまったく同じ音だった。
 「へみゃ」は家の中の、暗い筒状の空間に居ることがわかった。ラップの芯にも居るし、シャープペンシルにも居る。水筒にも居た。筒が貫通しているか、閉じているかは関係ないようだ。けれど、それらを覗いても必ず「へみゃ」が見えるとは限らない。娘は八割方見えるようだが、私はせいぜい十回に三回くらい。 私は「へみゃ」に遭いたくて仕方がなくなってしまった。筒状のものを家中に探した。掃除機のホースも掃除する度に覗く。娘には「へみゃ」の発音を直されるけれど、なかなか上達しない。「へみゃ」が上手に言えるようになったら、もっと遭えるだろうか。


架空非行 第3号

2014年9月24日水曜日

九月二十四日 花籠の茗荷

茗荷が花籠いっぱいに入っている。


花籠を持っているのは朗らかそうな女の子。茗荷をまだ食べたことがなさそうな小さな女の子だ。


彼女は道行く人に茗荷を 配っている。大人たちはたじろぎ、だが茗荷を受け取る。


朝から夕方まで茗荷を配ったが、花籠の茗荷は一向に減らない。
彼女は、深く溜め息をついて、花籠をひっくり返す。


茗荷がひとつも落ちないのを確かめると、再び深い溜め息を付き、それからスキップで帰っていった。



2014年9月17日水曜日

九月十七日 靴屋

靴屋で靴を選んだ。あれこれ試しに履いてみて、ようやく一足決めると、ほかの靴たちが迫ってくる。


「おれもかえ」「おれもはけ」「おれもかえ」「おれもはけ」


「靴は一足しか買わないよ!」と叫ぶと、今度は靴下が迫ってきた。


この靴屋は、靴屋だが靴下もたくさん売っているのだ。


迫り来る靴下を振り払いながら、勘定をし、店を出た。



2014年9月11日木曜日

九月十一日 雨音

土砂降りの雨を待っていた。


あらゆる音を、雨音と比べてみたいのだ。


土砂降りの雨音と対決させる音……


 


「この野郎」と叫び、


黒板を爪で引っ掻き、


夜泣きの赤ん坊を十八人集め、


暴走族を二十三人集め、


クラッカーを十本まとめて鳴らす。


 


色々なことを思いついてはみたものの、


ただ、傘に落ちる雨音の一音一音を拾うのが精一杯。



2014年9月6日土曜日

九月六日 蛙帰る

ずいぶん、蛙をよく見る一日だ。


駅のホーム、ラーメン屋の行列、喫茶店に飾ってある絵画……みんな蛙だった。


神社の狛犬、レンタルショップの映画、スーパーの時報……ぜんぶ蛙だった。


妖術使いがいるに違いない、と気をつけていたけれど、結局妖術使いには出遭わないまま家に帰った。


風呂にはいると、足の爪が、ガマガエル色のペディキュアで染まっていた。


 



太田記念美術館の江戸妖怪大図鑑、全三部コンプリート。


2014年9月1日月曜日

とかげ

 とかげに話を聞く。
「涼しいところ知らない?」
 とかげはしれっと答える。
「石の下」
 そこはとても涼しそうだけど、わたしは入れない。
 とかげはニヤリとして石の下に潜って行った。

架空非行 第2号

2014年8月30日土曜日

朝霧 (お題:霧)

目覚めると、寝室は濃い霧で満ちていた。
確かに目覚めたはずなのに、まだ夢の中にいるのかと、激しく混乱する。
視界が悪くて、手元に手繰り寄せた目覚まし時計の針もよく見えない。本当に朝なのか。
体のあちこちを触り、乱れた布団を探る。湿気を吸って重たい。
窓のほうへ這って行き、よろよろと立ち上がり、カーテンを開ける。
カーテンも重く、心なしか開きが悪い。
窓の外は、快晴だった。
眩しい。
思い切って窓を開けると、霧が一斉に音を立てて外気に吸い取られていった。

 

 


2014年8月23日土曜日

八月二十三日 海藻サラダ

風呂場のスノコにたくさんの海藻が生えている。


ワカメ、コンブ、其他たくさん。


不気味に思ったが、父が「これは美味い」と言っている。もう食べたのか。


そういうわけで、親戚一同集まっての、海藻サラダパーティーと相成った。


マヨネーズ醤油で食べると美味しい。


 



2014年8月21日木曜日

八月二十一日 ポット

ポットの湯を飲もうと湯のみに注いで飲んだら、昆布茶だった。


とても美味しかったので、そのまま三杯飲んでから「今度は紅茶が飲みたい」と言ったら、ポットからただの湯が出てきた。


贅沢を言い過ぎたようだ。



2014年8月13日水曜日

八月十三日 夕方のクリーニング店

迫り来る闇の中に駆け込んだクリーニング店。


店員は引き換えの紙切れを片手に、おびただしい数の衣類を掻き分けている。


いつまで経っても私のワンピースは出てこない。


店員はズボンを取り、紙切れをにらめっこをし、ズボンを戻す。


店員はコートを取り、紙切れとにらめっこをし、コートを戻す。


私は不安になり、「ワンピースです」と小声で言う。


すると一斉にワンピースがドサドサと床に落ちた。


店員は「黙っていてください……」と申し訳無さそうに、だがキッパリと言う。


私のワンピースは、あらゆるワンピースの下敷きとなっていた。


息を切らせてワンピースを掘り出した店員の顔は、夕闇と同化して目鼻が見えない。



2014年8月9日土曜日

八月九日 エンドレスラーメン

ラーメン屋の外は宇宙空間だった。


満腹の客はゲップも出来ずに宇宙をさまよい、程良い所でロボットアームに捕獲され、そして再びラーメン屋。



2014年8月8日金曜日

八月八日 宅配便

今日は荷物がよく届く日だ。


ビールと米とハガキ。それからこちらから本を送った。


アイスティーを飲んで一息ついたら、また宅配便が届いた。


 


よく酒が染み込んだケーキ。


甘くて、少し酔っ払った。



2014年8月2日土曜日

八月二日夏祭り

踊り踊るなら、提灯の数を数えるのはやめておいたほうがいい。


と、アイスキャンディーを食べながら、甚兵衛姿の少年が囁いた。


「え?」と振り返ったら、水鉄砲の攻撃を受ける。


顔が濡れたまま、踊りの和に入った。数えない、数えないと思っているのに、いつのまにか、踊りながら提灯の数を数えている。


「丸丸商店街」の文字が網膜に焼きつく。「1、2、3、4、5……」


何の唄が流れても、炭坑節を踊ってしまう。



2014年7月29日火曜日

七月二十九日 簾

朝日の入る窓に簾を掛けたら、日焼けするからイヤだと簾が拗ねる。


日焼け止めを塗ってもまだ拗ねるので、紐であっちこっち縛ってやった。



2014年7月27日日曜日

七月二十五日 太古からの謝罪

老人が書き残した古代の仮名は、「ワ」と「リ」と「イ」だった。


何を謝っているのだろうか、と考えながらの帰り道、四人の知らぬ人に「スミマセン」だの「失礼しました」だの謝られて、


益々持って意味がわからない。あまり謝られてばかりいるのも不安になるものだ。


おもわず「ただいま」というところを「ごめんなさい」と言ってしまった。



2014年7月21日月曜日

七月二十日 ラグマット

十五年ぶりに交換した古いラグマットは空飛ぶ絨毯だったらしい。


切り刻んで処分しようとカッターを持ってきた途端、飛んで逃げてしまった。


あんなに汚いままで大丈夫だろうか。掃除機くらい掛けてやればよかった。



2014年7月11日金曜日

七月十一日 雲の間

瞬く間に重暗い雲が現れた。雨が振り出さぬうちに帰ろうと、空を見上げながら早足で歩く。


厚い雲の隙間から、傘が見えた。「え?」と思って目を凝らすと、やっぱり傘だった。よく見ればあっちにもこっちにも傘がある。


雲の上の人は、どうやって傘を使うのだろう。そんなことを考えていたら、いつの間にか歩みが遅くなってしまった。


ああ、雨が降ってきた。どんなに目を凝らしても、もう雲間に傘は見えない。



2014年7月4日金曜日

七月四日

飲むべき薬を飲む日までのカウントダウンが始まった。


相応しい梅雨空。



製作モードに入ると書きたくても言葉が出てこなくなります。


ってなことで、こちらで製作日記を書いています。


2014年6月30日月曜日

六月三十日輪っか

ウサギが何やら葉っぱを体中にくっつけて帰ってきた。


「茅の輪、くぐってきた」と言う。たまには気の利いた冗談を言うものだ。


こちらは、虹色の輪をどうやって作るか、一日中悩んでいた。


明日から七月。



2014年6月25日水曜日

六月二十五日 ポテト怪人

「ポテト怪人が取り憑いているぞ」と、ハンバーガーショップでフライドポテトを絶え間なく食べる私に、ウサギは言った。


「まあ、じゃがいも好きだし」と言いながら、フライドポテトを食べる。


数時間後、夕食の支度を始めて迷わずじゃがいもを手に取る。


「ほら、ポテト怪人が取り憑いてる」


「取り憑いているって、どこに?」


ウサギは私のくるぶしを指さした。



2014年6月21日土曜日

六月二十一日大黒様

大黒天のお守りを財布に入れた。


「窮屈ではありませんか?」とお伺いを立てるが、ニコニコと笑みを絶やさない。


もしかしたら、こっそりしかめっ面をしているかも、と思って意味もないのに小銭入れを覗く。


 



2014年6月20日金曜日

六月二十日 覚悟

「お前に貝塚を作る覚悟はあるのか?」と、天使に詰め寄られた。


「高く聳えるやつを作るよ」と言った。


「それなら、まあ、いいだろう」と天使はどこかへ行ってしまった。



2014年6月16日月曜日

六月十六日 この道

徒歩三十分の道、いつまで通うかわからないけれど、馴染みの道になるように道草いっぱいして歩こう。


ウサギはそれでも心配だという顔をして付いてくる。本当はご褒美のコーラが目当てなのはわかっている。



2014年6月11日水曜日

六月十一日 痒いから

両肩両手に四つの荷物を持っているところへ、蚊に刺された。右の踝に三箇所。


猛烈に痒みに襲われるが、手は伸ばせない。


「掻いてくれ!」とウサギに頼むと、やおらウサギは踝を舐め始めた。


痒いのとくすぐったいのと気色悪いので身悶えする。


さっき買った卵が割れたら、お仕置きだ。



2014年6月9日月曜日

六月九日 マドレーヌが嫉妬

マシュマロのことを考えながらマドレーヌを食べていたら、マドレーヌがヤキモチを焼いた。


ほんのり焦げておいしかった。



2014年6月4日水曜日

六月三日ボール紙のプライド

ボール紙が厚くなる一方だった。


「私は薄いボール紙が欲しいのだけど」というと手に持っていたボール紙はズシンと硬くなり、厚みを増すのだ。


これは天邪鬼だと思って、「やっぱりボール紙は厚くなくっちゃね」と言ってみたら、やっぱりズシンと硬くなった。


どうにか薄いボール紙にしようとしたが、とうとう3mmの厚さになった。


もう鋸で切るしかないなと思ったけれど、出してきた鋸は錆だらけだ。



2014年5月31日土曜日

五月三十一日 渋茶を百杯

渋みが澱のように舌に溜まっていく。


なにも味がわからない。滑舌まで悪くなる。


舌が痺れる。


するとやかましい太鼓の音とともに鳥の羽根を頭に載せた裸の女が現れた。


異国の踊りに誘う。誘われても困る。


鳥の羽根が顔を撫でる。くすぐったくて不快だ。


裸の女はウインクして去っていく。


舌は痺れは収まった。



2014年5月30日金曜日

五月二十九日ここにいるよ

時間前に待ち合わせ場所に着いたら、相手はまだいない。


入り口のそばのベンチに座り、外を眺めていたが、なかなか現れない。


二十分ほど経って、電話が鳴った。


「どこにいる?」


「ここにいるよ」


目の前の空気が揺らぎ、陽炎のようだった揺らぎがだんだんとくっきりとして、ついに相手が姿を現した。


「ずっとここにいたのに」


「もっと早く電話すればよかったね」


笑いあった。



2014年5月27日火曜日

五月二十七日 屁の活用

「知らない獣の匂い」


こんなときだけ、ウサギは鋭い。今日買ってきた筆は馬の毛だ。


ウサギをからかって遊んでいたら、筆とウサギの尻尾が絡まってしまった。


「どうしたら取れる?」と聞くと、ウサギは盛大に放屁した。


スルリと筆が取れた。



2014年5月26日月曜日

五月二十六日 暴風

風が強い。しかし今日の風はただ強いだけではないらしい。


白いものが軒並み飛ばされている。白い花、白いシャツ、白いズボン、花嫁、そしてウサギ。


飛ばされていくウサギは真顔であった。


帰ってきたウサギはどこも怪我などしていなかったが、「哲学的な風だった」と呟いた。



2014年5月22日木曜日

五月二十一日 水音

様々な水音が聞こえる。蛇口から流れ出る水。川のせせらぎ。桶で絹を濯ぐ。雷雨。


どれもこれも水の音だ。


湯船に浸かりながら感慨に耽っていると、ウサギがザッパーンと勢いよく出てきた。


台無しだ。



2014年5月19日月曜日

五月十九日 対決

この間はカレー対決をした。今日は牛乳対豆乳だ。


勝ち負けはわかっていて、いつも豆乳の勝ち。私は子供の時からそれほど牛乳を好まない。


けれどもウサギは「たまには牛乳にしようぜ」と牛乳を勧めてくる。


すると牛乳もおいしそうな気がしてくるから、牛乳を飲む。


「やっぱり豆乳のほうが好きだ」とウサギに文句をいうとウサギはホルスタイン柄になって拗ねるのだ。


ホルスタイン柄になったウサギを風呂に入れるのは一苦労だというのに。



2014年5月13日火曜日

五月十三日 宇宙的花入れ

宇宙的な花入れは、半球体である。その花入れに入れた花は数光年先の星と交信したり、はしない。


生花おばさんは、宇宙的花入れには目もくれない。



2014年5月10日土曜日

五月十日 ピザ

ピザは食べても食べても減らなくて、はじめは嬉しくてドンドン食べていたけれど、やっぱりおなかがいっぱいになって、


苦しくてワンワン泣きながら食べていたら、そのうち涙がピザ味になったので我に返った。


別にピザは増殖なんてしていなくて、私は映画を見ながら、ピザを食べる手が止まっているだけだった。


ウサギはケチャップを舐めるのが下手だ。



2014年5月7日水曜日

五月七日 サーモンピンク

サーモンピンク色にはおいしいのとおいしくないのがある。


ウサギはそれを瞬時に判別する。「匂いでも嗅ぐの?」と尋ねると、「耳でわかる」という。


サーモンピンクのTシャツ、サーモンピンクのストール、サーモンピンクの枕カバー、耳でちょんちょんと触っては「おいしくない」という。


本当においしいサーモンピンクは、そう簡単には見つからないのだ。



2014年5月4日日曜日

五月四日家電店の喧騒

休日の賑やかな家電店、店員の呼び声はいささかやかましい。


やかましい? ちょっと違う、けたたましいと言ったほうがいい。


すべての呼び声は人の声ではない。ずいぶん性能がよいが、電子音だ。


家電店は電気宣伝鳥の巣になってしまったようだ。


冷蔵庫も電子レンジも諦めて、外に出た。お腹が痛くならないうちに。



『アド・バード』椎名誠 が好きです。


2014年5月2日金曜日

五月二日 葡萄涙味

少し焦げたぶどうパンは、なぜか塩っぱかった。


ウサギによると、ぶどうは泣き虫だそうだ。「じゃあ、これは葡萄涙味なのか?」と尋ねると


難しい漢字を使うな、と叱られた。



noteを始めました。


2014年4月30日水曜日

四月三十日 レインブーツブギウギ

雨の日の外出は少し憂鬱で少し楽しみだ。雨はイヤだけれど、気に入りの傘とレインブーツをお供に出かけられるからだ。


レインブーツは私なんかより、もっとウキウキしていたらしい。


興奮しすぎた右足は左足を踏み、私は危うく階段を転げ落ちるところだった。


おかげで私は道中ずっと、レインブーツに説教し続けなければならなかった。


そうでもしなければ今にもチグハグなスキップをしそうだったから。



Rain‐Boots ☆Boogie-woogieというタイトルで以前にも書いたことがある。


たぶん、おかあさんといっしょの「ボログツブギ」の記憶(好きだった)せい。


2014年4月28日月曜日

四月二十七日 栗と歯

栗の町へ行き、栗のパイを土産に買った。


ウサギはおいしそうにパイを食べていたが、一口食べるそばから、次々歯が抜ける。


私は心配になって、ウサギの口の中を覗きこんだが、抜けた歯はもう生えている。


ほっと一安心したが、よくよく見れば、どこもかしこも虫歯だらけなのでペチンと頭を叩いてやった。


 



2014年4月23日水曜日

四月二十三日色の色

いつもより強い色ばかり作っていることに気がついたのはウサギだった。


「妙な色だな、悪くはないけど」と。


赤、青緑……それもずいぶん濃い。私はそんな色を四回作ってから、やっといつもの色を取り戻した。


ウサギは「あ、戻ってきた」と呟いた。


「疲れてたのか?」とも呟いた。


たまにはこんな色も出るのだ、私でも。こんな色が出るなら、時々疲れるのも悪くない。


手を絵の具で汚した後は、ずいぶんすっきりした。



2014年4月11日金曜日

四月十一日

「樹木が年輪を重ねることと、古い本の頁を捲ることは似ている」
と、今日もウサギは頓珍漢なことを言っている。二杯目のアールグレイを飲みながら。
「少し寒い春の夜に、チーズを食べることは正しい行いだ」
それはちっとも頓珍漢ではない。

2014年4月9日水曜日

スープの話のこと

豆本(よりちょっと大きい)が出来ました。

『スープ・ファンタジー』 有賀薫 スープと写真、 五十嵐彪太 文


有賀薫さんが作る毎朝のスープ、それに私が超短編を書きました。
2013年6月頃から企画を開始し、7月から8月に書けてスープの話を書き溜めました。
本に採用したのはそのうちの半分ほどなので、採用しなかったものをここに残そうと思います。
記事の日付は執筆した日付になりますので、ブログトップには表示されません。
カテゴリー「スープの話」から御覧ください。



2014年4月8日火曜日

四月八日 図書館までの道のり

となり町の図書館へは、電車で三駅、徒歩十五分。


初めて行くのに、地図を持っていない。


けれど、心配はいらなかった。駅を降りてからの道のりは、鶏が案内してくれた。


鶏は、帰りも待っていてくれた。行きとは違うルートで、桜の綺麗な道を通る。散りゆく桜は好きだ。


「お腹が空いたなあ」と呟いたら、鶏塩ラーメンの美味しいお店を教えてくれた。



2014年4月6日日曜日

四月四日 針葉樹

雨と追いかけっこしながら、針葉樹の葉を集めた。


樅、松、櫟、杉、檜。


葉の形と漢字の形を見比べる。


雨に追いつかれたので、走って帰った。葉を握りしめて。



一昨日のこと。


2014年4月1日火曜日

四月朔日 四月馬鹿

ウサギがメモ用紙に何か書き付けては、グチャグチャと丸めて投げ捨てている。


「ウサギってのは本来ニャーと鳴くのだ」


「ウサギってのは本来月で繁殖するのだ」


「ウサギってのは本来一羽二羽と数えない」


なかなか上手い嘘が思いつかずにイライラしているウサギを置いて、隣町まで散歩に出かけた。


桜が満開だから、大根を買った。



2014年3月30日日曜日

三月三十日 旅立たない傘

折りたたみ傘が旅に出たいと騒ぐ。風が強いせいだろうか。新しい傘に嫉妬しているのかもしれない。


私は必死に傘を持つ。でも、心のどこかで、傘のしたいようにすればよいじゃないか、と思っている。


そんな瞬間にいっそう強い風が吹き、傘はおちょこになってしまう。


それでも私にはこの傘が必要なのだ。電車に乗る度、屋内に入る度、私は折り畳み傘を丁寧に畳み、カバーを着ける。


畳まれた傘は少し泣く。



2014年3月27日木曜日

三月二十七日 白いものたち

白い花が一面に散らばっている。雨に濡れた辛夷の花。


花を落としてしまった辛夷の樹は、茫然自失で雨に打たれている。


「気持ちがわかるなあ」


樹を見上げながらウサギは言う。


「ウサギの花はどこに咲くのだ?」


からかってみたものの、白い花びらの中で佇むウサギと辛夷は確かによく似た気配で、しばし見惚れる。



2014年3月26日水曜日

三月二十六日 紫

幾万もある紫のうち、今日やってきたのは二色だった。
丁重に迎え入れ、それぞれに水を出す。
二つの紫は、少しずつ水を飲み、その度に紙の上で寝てしまう。
またちょっと目覚めて水を飲み、新しい紙の上で寝る。
そうして出来た紫のグラデーションが二色。濃いの薄いの、薄いの薄いの、儚いの。
並べてやわやわと撫でた。


2014年3月23日日曜日

三月二十三日 廃墟

ようやく辿り着いた九階、息を整え外を眺めると、巨大な廃墟が広がっていた。


コンクリートの残骸、剥き出しの鉄骨。錆だらけのショベルカーがあちこちに放置されている。


時が止まったような光景が眼下に広がり、足がすくむ。


「毛が逆立っちまう」珍しくウサギも怖がっている。


春の風も、廃墟には届かない。



2014年3月20日木曜日

三月二十日 新しい傘

新しい傘は、おそらく有能過ぎるのだ。


 


雨粒は美しい音を奏でる。


今までに聞いたことのないような音で、雨粒は傘に落ちる。ポタポタでも、ザアザアでもなく、リンリンと。


 


雨粒はするすると転がる。


目を凝らして見る限り、雨粒はすべて等しい大きさの球体となって、傘の縁まで転がり、そして地面に落ちた。


 


そして、新しい傘は非常にプライドが高いようだ。


店内に入る時に渡されたビニールの袋を、何度着せても脱いでしまう。



2014年3月19日水曜日

三月十九日 カワウソの香り

「カワウソに触ったな」と、ウサギが睨む。「どうしてわかった?」
「カワウソ臭い。魚臭い。酒臭い」
どうやら、ウサギにとってカワウソはひどく匂うらしい。自分で手や服を嗅いでみたけれども、よくわからない。
ウサギは臭い臭いと言いながら、ずっとまとわりついてカワウソ臭とやらを熱心に嗅いでいる。
「うん、よい出汁が取れそうだ」と、呟いたのを聞き逃さなかった。


2014年3月18日火曜日

三月十八日 フローズンヨーグルト

「十二歳? 歳男か」


ウサギが十二歳になったという。まだほんの子供ではないか、こんなにふてぶてしいのに。


「どうしてウサギの癖に、卯年に生まれなかったんだ?」と問い詰める。


ウサギは「知ったこっちゃない」と、すねてしまった。


「フローズンヨーグルトを分けてやろうと思ったのに」と呟いた声は、春一番にかき消された。



2014年3月13日木曜日

奇行師と飛行師22

森の木は伸びる。駱駝の瘤姫が背伸びする。手を伸ばすが奇行師には届かない。
森の木はもっと伸びる。鯨怪人がジャンプする。奇行師は小さくなる。
森の木はぐんぐん伸びる。飛行師が力の限り上昇する。大声で奇行師に呼びかける。
「どこまで行くんだ? 奇人の旅はどうするんだ?」
「愉快だ愉快だ、実に愉快だ。ひゃっふヘイ!」 とうとう奇行師の声は聞こえなくなった。
飛行師が地上に戻ると、駱駝の人形と、鯨のおもちゃと、カタツムリと、蟻地獄とマッシュルームが転がっていた。
「イテ」飛行師の頭に赤いハイヒールが落ちてきた。
飛べない飛行師はただの人だ。赤いハイヒールを握りしめ、もういちど奇行師を追いかけようと飛び上がろうとしたが、できなかった。

駱駝と鯨とカタツムリと蟻地獄とマッシュルームをポケットに入れて、さてどうやって帰ろうか。空を見上げて思案している。

(完)

2014年3月10日月曜日

奇行師と飛行師21

口をパクパクさせている蝸牛男に「おい、金魚男になってしまったのか?」と鯨怪人がからかう。
「こりゃ、茸仙人。似非読心術で蝸牛男を驚かせたな」
「蟻地獄じいさん、ごめんなさい……」
「蝸牛男よ、読心術などではない、たんなる年の功だ。驚かなくてもよい」
蝸牛男はまだ疑いの目で、蟻地獄男爵と茸仙人を代わる代わる見ている。
珍妙な祖父と孫の様子を見て、奇行師は大いに喜び、森の木に登り始めた。


2014年3月4日火曜日

夢 御器噛

円形の乗り物を得た御器噛は、五匹で徒党を組み、喜び勇んで頭だけ乗り込んだ。頭隠して尻隠さず。

五匹の御器噛は、各々が前進しようとするので、酷く迷走している。

奇っ怪な御器噛団を見つけた私は、殺虫剤を片手に暫し瞑想。


2014年2月25日火曜日

地下鉄の鼠について

地下道を走るのは鼠と電車くらいなものだ。一度一杯やってみたいね。
地下暮らし二十年の男が鼠に話しかける。
「鼠、地下鉄に乗るなら切符が必要だ」
鼠は答 える。
「乗るんじゃない、囓るんだ。よい肴になる」
その日、世界中の地下鉄が走行不能に陥った。
地下世界に闇と静けさと鼠の歯があらんことを。
飯田橋駅で鼠を見た話。裏テーマ「酒持ってこーい」

奇行師と飛行師20

蝸牛男は「ギャー」と叫びそうになって既の所で息を呑んだ。
「まあまあ、そんなに驚くでない、蝸牛男。蟻地獄のじいさんがそろそろ奇人一行を連れてくるから、待っていなさい」
白髪の茸頭をふんわりさせると、キラキラと胞子が飛び出した。思わず後退る蝸牛男。
「いんや、これは胞子じゃないよ、蝸牛男。キラキララメパウダーだ。だいぶ規格外だけれども、やっぱり人間だし」とウインクする。
そういえば、蝸牛男はすっかりたまげてしまって声が出ていないのだが、茸仙人は蝸牛男の思うことに答えている。
「だってほら、仙人だし」
「おーい、蝸牛男!!」と鯨怪人の声が聞こえてきた。


2014年2月18日火曜日

奇行師と飛行師19

蟻地獄男爵の孫であるところの茸仙人へ逢いに、一行は歩いて行くことになった。
鯨怪人に乗っても、飛行師に乗っても、瘤姫に乗っても、木々の多すぎるこの森をうまく進むことができなかったからだ。
自然と蝸牛男は殿となり、奇行師の励ましの声も届かなくなり、ついにはひとりぼっちになった。
ノロノロと進む蝸牛男は、好都合だと思った。ぬめり気のある自分と、胞子をふりまくであろう茸仙人は仲良くなれそうにない、そう感じていたのだ。
「蝸牛男よ。まあ、そう言わずに。本物の蝸牛は本物の茸が好物だから、なんだったら食べてもよいぞ」
蝸牛男の前に茸頭の老人がウインクしながら現れた。


2014年2月10日月曜日

奇行師と飛行師18

「して、その尋ね人というのは?」蟻地獄男爵が奇行師に問う。
「ひゃっふヘイ! その名は、茸仙人!」興奮した奇行師は赤いハイヒールに頬擦りした。
「きのこせんにん?」蝸牛男には、なんだか嫌な予感しかしない。
「おいしいのかしら、茸仙人は」そういえば飛行師はなめこが大好物であった。
蟻地獄男爵は、ウィンクした。「茸仙人は、孫だ」
駱駝の瘤姫は、蟻地獄男爵の年齢を思って気が遠くなった。
鯨怪人は、そろそろ海が恋しい。


2014年2月4日火曜日

奇行師と飛行師17

「ここにいらっしゃるのが、蟻地獄男爵」と瘤姫が地面を指した。
湿った森の一部に乾いた土、サラサラとすり鉢状の穴、中からひょっこりと髭を生やした人が顔を出し、ウィンクしている。
「瘤姫、久しぶりですな」
一行は、蟻地獄男爵のウィンクに心が踊った。
「なんと、奇人のキャラバン隊。このじいさんも入れてくれるのか?!」
蟻地獄男爵は、一人ひとりと手を取り、握手し、そしてウィンクをした。
奇行師がお礼に赤いハイヒールを頭に乗せて逆立ちをしてみせると、蟻地獄男爵は笑い転げ、自分の掘った蟻地獄に滑り落ちそうになったので、飛行師が慌てて救助した。
「時に、男爵。我々は実は人を探しているのです」
と、奇行師は言った。
「奇人集めをしているとは思っていたけれど、探している人がいるなんて聞いてないよ」と蝸牛男は思ったが、黙っていることにした。


2014年1月26日日曜日

奇行師と飛行師16

「森は遠いのかい?」
と鯨怪人が尋ねると、駱駝の瘤姫はウインクした。「近道があるのよ」
砂埃がひどく前が見えない。息も吸えない。
歩みの遅い蝸牛男はついていくのに精一杯である。粘液に砂がついて、不快極まりない。
もうこれまでだ、と蝸牛男が思った時、瘤姫の声が聞こえた。「着いた!」
さっきまでの砂漠とは打って変わった景色が広がっていた。広葉樹、木々を揺らす風。
「どうやってここまで来たのか、さっぱりわからない」
蝸牛男がつぶやくと、瘤姫は蝸牛男についた砂粒を鼻息で吹き飛ばしながら言った。
「あら、わからなかった? 砂漠を潜って来たのよ? 昔、蟻地獄男爵に教えてもらったの」
「誰だその、男爵っていうのは!」
鯨怪人が嫉妬で潮を吹く。


2014年1月13日月曜日

奇行師と飛行師15

奇行師の言葉を固唾を呑んで待つ一行。
「ここからは、徒歩で行く!」
しかし、これは大いなる間違いだったのだ。砂漠に慣れた瘤姫、図体の大きい鯨怪人、飛行可能な飛行師、所詮は人間の奇行師、結局は蝸牛の蝸牛男が、足並みを揃えて歩けるわけがないのだった。
「奇行師さーん、どこを目指せばいいのー?」と先頭の瘤姫が振り向いて奇行師に問う。
奇行師はありったけの大声とパントマイムで答えた。
「森へ!」


2014年1月5日日曜日

声がする

 押入れに埃だらけの瓶を見つけて、自分の部屋に置いた。
「これ、ちょうだい」と言ったとき、母は少し苦い顔をした。
「おじいちゃんのウイスキーの瓶。そんなものどこで見つけたの?」
 私は祖父が大好きだったが、母はそうではなかったようだと、このとき気がついた。
  祖父は、よく本を読む人だった。老眼鏡を掛け、胡座をかいて難しい本を読んでいた。私がせがむと、祖父は読んでいる本をボソボソと抑揚のない声で読み上げ た。小説などではなく、何かの専門書のような本が多かったと思う。もちろん内容はわからなかったが、祖父の声は不思議と心地よかった。
 今にして思えば、母にとってはそれも気に食わなかったことの一つだったのだろう、「おじいちゃんの邪魔をしちゃダメよ」とよく叱られた。
  祖父の瓶を傍らに置いて、本を読む。最近は探偵小説が好きだ。おじいちゃんに聞かせるつもりで声に出してみる。探偵小説は祖父の好みではないかもしれない と心配しながら読み続けていたら、不意に自分の声と祖父の声が入れ替わった。祖父の声で、ボソボソと読む。心地よく物語が染み渡る。
 「ご飯よ」と、呼びに来た母の顔色が悪い。


 


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玉川重機イラスト超短編投稿作 「イラスト3」