2014年12月22日月曜日
2014年12月19日金曜日
2014年12月18日木曜日
十二月十八日 ケツノホ
今日は風が強かったから、ケツノホがよく出た。
ウサギはケツノホが好きで、一緒に飛んでいきそうになるので、ベランダに縛り付けておかなくてはならなかった。
「ウサギ風邪引くぞ」と声を掛けても、上の空だ。仕方がない。
2014年12月10日水曜日
2014年12月9日火曜日
2014年12月5日金曜日
十二月五日 アルバム
写真というのは、実は饒舌でうるさいほどなのだ。
四年ぶりに引っ張りだしたアルバムは、ほこりを積もらせ始めていたけれど、
一度開いたら、写真たちが一斉におしゃべりを始めた。
「修学旅行の新幹線、車中でカップル誕生多数」
そんなゴシップ記事みたいなことを喋る写真は、アルバムからベリっと剥がしてやった。
ひと通りおしゃべりが収まると、ただの紙切れみたいなフリをする写真たち。もう騙されない。
2014年12月1日月曜日
2014年11月25日火曜日
十一月二十四日 針金ハンガーの世界
その世界ではすべてのものを針金ハンガーから創りだすらしい。
少年が針金ハンガーをグイッと引っ張って出来上がったのは、ボウガンだった。
「戦いがあるのか?」と尋ねると、「イヤ、ここは平和だ」と言って、もう一度グイッと針金ハンガーを変形させた。
ギターだった。少年の歌声が、モノクロの世界に響く。すべてが鉄線、それもまたよい。
2014年11月19日水曜日
バタークリームの姫君
バタークリームのバラからひょっこり現れたお姫様が言った。
ぼくが困っていると、事も無げに言う。
「私はケーキなのだから、あなたが私を食べるのは当然のことでしょう?」
ぼくはそれでもなかなか一口目を食べることができなかった。
「じゃあ、追いかけっこしましょう。私は逃げる。あなたも上手に私を避けながら食べて」
お姫様は楽しそうだった。バラのかげから顔を出したと思ったら、アラザンをこちらに向かって投げてくる。
「攻撃してくるとは聞いてないよ」
からかうとお姫様はキャッキャとまた隠れた。
とうとう、バタークリームのバラをひとつ残すだけとなった。
「おーい。食べちゃうよ」
声をかけてみたけれど返事はない。そのままバラをまるごと頬張ると、「美味しかったでしょう?」と声がした。
実のところ、味はよくわからなかった。お姫様の姿に夢中だったのだ。
++++++++++++++
ケーキの超短編投稿作
7.フルールグラン 優秀賞受賞
2014年11月15日土曜日
十一月十五日 シンデレラ
職人は私の足に恭しく靴を履かせた。
それはぴったりに見えたのに、職人はなにかが気に入らないらしく、ブツブツ言いながら足を触る。
「作り直します」と職人はキッパリと言い、出したばかりの靴を慌ただしく箱に収めた。
ガラスの靴が、ショーケースに並んでいる。私の靴は、ガラスの靴でなくていいのだ。
でも、どんな靴を作るかは、職人が決めること。
シンデレラにさせられるのか、そうではないのか。
私はしばらく不安な日々を過ごす。
2014年11月9日日曜日
2014年10月26日日曜日
フィドル・パブ
「酒が飲みたいって? 生憎、ここにはパブなんて一軒もないよ」
赤い顔をしたおじさんは言った。おじさんは一体どこで飲んできたんだ?
「そんな顔をするな、ここにパブはない。だが、呼ぶことはできる」
おじさんは着古したジャケットのポケットから、小さな小さなバイオリンを取り出した。
「フィドルだ」
マッチ棒みたいな弓を器用に指先で摘み、おじさんはフィドルとやらを演奏し始めた。それは思いのほか大きな音で、夕闇の田舎町に響いた。
呆気にとられていると、いつのまにやらアコーディオンの音色まで聞こえてくる。どんどん楽器が増えていく。
風が吹く。なんだかよい香りだ。
「ほら、そろそろ来るぞ、よーく見てな」
そう言われて、思わずパチクリ瞬きすると、そこはもう賑やかなパブの中なのだった。手にはウイスキーの入ったグラス。
おじさんはお客たちの合間を歩きながら、陽気にフィドルを弾いている。ミニチュアのフィドルじゃなくて、普通の大きさだ。
ウイスキーを一口飲み、顔を上げると、おじさんが近くまで来ていた。
「ほら、パブがやって来ただろう?」
++++++++++++
アイリッシュパブのほら話投稿作
松本楽志賞 受賞
2014年10月24日金曜日
十月二十四日 どんぐりひろい
よちよち歩きの人々が、我先にとどんぐりを拾っている。
みな真剣である。
小さな人々に囲まれたどんぐりの木もまた、真剣である。
どんぐりを落とす。次々落とす。
コトン、と頭にどんぐりが落ちて、人々は大喜びである。
秋である。
2014年10月23日木曜日
十月二十三日 落ち葉
図書館の椅子に腰掛けようとしたら、足元に落ち葉が落ちていた。赤く色付いた葉。
今しがた立ち去った人を目で追いかけると、そうと知らなければ気がつかないほど控えめに、
はらり……はらり……と、落ち葉をひとひらずつ落としながら歩いていた。
姿勢のよい、白髪交じりのご婦人であった。
2014年10月16日木曜日
十月十六日 昼日中、住宅街の光景
道端にしゃがみこんでカップラーメンを作る若い女が二人。
それを道の向かいから眺める杖を持った老婆は、植え込みの段に座って休憩中。
両者の間を、十八人の一歳児がよちよちと闊歩していった。
2014年10月12日日曜日
2014年10月11日土曜日
十月十一日 川沿いを歩く
川沿いの道をズンズン歩いた。景色もろくすっぽ見ずに、歩いた。
なぜそんなに脇目もふらずに歩くのだ、と小走りのウサギに問われたが、自分でもわからない。
でも、川沿いの道でなければならいのだ、今日は。
脇目はふらなかったが、鼻は秋の川の匂いを敏感に嗅ぎ分けていたから。
歩いて歩いて、お腹が空いた。焼き鳥屋で乾杯。
2014年10月6日月曜日
十月六日 台風の後には
長く続いた雨が止み、突然晴れた。
ウサギは長靴で飛び出して行く。
「もう雨は止んだのに、長靴?」
「もう雨は止んだから、長靴」
自転車でわざわざ水溜りを狙って走る小僧を、長靴を履いたウサギが大喜びで追いかける。
2014年10月1日水曜日
へみゃ
「へみゃ」はガラスのように透明で、ぷにぷにしている。触ることはできないから本当にぷにぷになのかは、わからない。そういう見た目である。
娘が「へみゃ」を見つけたのは、トイレットペーパーの芯の中だった。私がトイレットペーパーを交換する様子を、じっと見ていた娘は喜んでそれを受け取り、遊び始めた。潰したり覗いたり熱心に研究をしていると思ったら、不意に「へみゃがいるよ」と言い出した。私が覗いても「へみゃ」は見えなかった。それ以来、娘は度々「へみゃ」と口にしたが、私はなかなか見ることができなかった。
初めて「へみゃ」と遭遇したのは、靴を磨いている時だった。シューキーパーを差し入れた瞬間に、「へみゃ!」と鳴き声がして「へみゃ」が飛び出してきたのだ。シューキーパーが勢い良く入ってきて、靴の中にいた「へみゃ」は大層驚いたらしい。「へみゃ」の透明な姿がくっきりと見えた。私は娘を呼んだ。「へみゃ!」と、娘は笑った。娘が言う「へみゃ!」は、「へみゃ」が驚いて鳴いた「へみゃ!」とまったく同じ音だった。
「へみゃ」は家の中の、暗い筒状の空間に居ることがわかった。ラップの芯にも居るし、シャープペンシルにも居る。水筒にも居た。筒が貫通しているか、閉じているかは関係ないようだ。けれど、それらを覗いても必ず「へみゃ」が見えるとは限らない。娘は八割方見えるようだが、私はせいぜい十回に三回くらい。 私は「へみゃ」に遭いたくて仕方がなくなってしまった。筒状のものを家中に探した。掃除機のホースも掃除する度に覗く。娘には「へみゃ」の発音を直されるけれど、なかなか上達しない。「へみゃ」が上手に言えるようになったら、もっと遭えるだろうか。
架空非行 第3号
2014年9月24日水曜日
九月二十四日 花籠の茗荷
茗荷が花籠いっぱいに入っている。
花籠を持っているのは朗らかそうな女の子。茗荷をまだ食べたことがなさそうな小さな女の子だ。
彼女は道行く人に茗荷を 配っている。大人たちはたじろぎ、だが茗荷を受け取る。
朝から夕方まで茗荷を配ったが、花籠の茗荷は一向に減らない。
彼女は、深く溜め息をついて、花籠をひっくり返す。
茗荷がひとつも落ちないのを確かめると、再び深い溜め息を付き、それからスキップで帰っていった。
2014年9月17日水曜日
2014年9月11日木曜日
2014年9月6日土曜日
2014年9月1日月曜日
2014年8月30日土曜日
2014年8月23日土曜日
八月二十三日 海藻サラダ
風呂場のスノコにたくさんの海藻が生えている。
ワカメ、コンブ、其他たくさん。
不気味に思ったが、父が「これは美味い」と言っている。もう食べたのか。
そういうわけで、親戚一同集まっての、海藻サラダパーティーと相成った。
マヨネーズ醤油で食べると美味しい。
2014年8月21日木曜日
八月二十一日 ポット
ポットの湯を飲もうと湯のみに注いで飲んだら、昆布茶だった。
とても美味しかったので、そのまま三杯飲んでから「今度は紅茶が飲みたい」と言ったら、ポットからただの湯が出てきた。
贅沢を言い過ぎたようだ。
2014年8月13日水曜日
八月十三日 夕方のクリーニング店
迫り来る闇の中に駆け込んだクリーニング店。
店員は引き換えの紙切れを片手に、おびただしい数の衣類を掻き分けている。
いつまで経っても私のワンピースは出てこない。
店員はズボンを取り、紙切れをにらめっこをし、ズボンを戻す。
店員はコートを取り、紙切れとにらめっこをし、コートを戻す。
私は不安になり、「ワンピースです」と小声で言う。
すると一斉にワンピースがドサドサと床に落ちた。
店員は「黙っていてください……」と申し訳無さそうに、だがキッパリと言う。
私のワンピースは、あらゆるワンピースの下敷きとなっていた。
息を切らせてワンピースを掘り出した店員の顔は、夕闇と同化して目鼻が見えない。
2014年8月9日土曜日
2014年8月8日金曜日
2014年8月2日土曜日
2014年7月29日火曜日
2014年7月27日日曜日
七月二十五日 太古からの謝罪
老人が書き残した古代の仮名は、「ワ」と「リ」と「イ」だった。
何を謝っているのだろうか、と考えながらの帰り道、四人の知らぬ人に「スミマセン」だの「失礼しました」だの謝られて、
益々持って意味がわからない。あまり謝られてばかりいるのも不安になるものだ。
おもわず「ただいま」というところを「ごめんなさい」と言ってしまった。
2014年7月21日月曜日
七月二十日 ラグマット
十五年ぶりに交換した古いラグマットは空飛ぶ絨毯だったらしい。
切り刻んで処分しようとカッターを持ってきた途端、飛んで逃げてしまった。
あんなに汚いままで大丈夫だろうか。掃除機くらい掛けてやればよかった。
2014年7月11日金曜日
2014年7月4日金曜日
2014年6月30日月曜日
2014年6月25日水曜日
六月二十五日 ポテト怪人
「ポテト怪人が取り憑いているぞ」と、ハンバーガーショップでフライドポテトを絶え間なく食べる私に、ウサギは言った。
「まあ、じゃがいも好きだし」と言いながら、フライドポテトを食べる。
数時間後、夕食の支度を始めて迷わずじゃがいもを手に取る。
「ほら、ポテト怪人が取り憑いてる」
「取り憑いているって、どこに?」
ウサギは私のくるぶしを指さした。
2014年6月21日土曜日
2014年6月20日金曜日
2014年6月16日月曜日
2014年6月11日水曜日
六月十一日 痒いから
両肩両手に四つの荷物を持っているところへ、蚊に刺された。右の踝に三箇所。
猛烈に痒みに襲われるが、手は伸ばせない。
「掻いてくれ!」とウサギに頼むと、やおらウサギは踝を舐め始めた。
痒いのとくすぐったいのと気色悪いので身悶えする。
さっき買った卵が割れたら、お仕置きだ。
2014年6月9日月曜日
2014年6月4日水曜日
六月三日ボール紙のプライド
ボール紙が厚くなる一方だった。
「私は薄いボール紙が欲しいのだけど」というと手に持っていたボール紙はズシンと硬くなり、厚みを増すのだ。
これは天邪鬼だと思って、「やっぱりボール紙は厚くなくっちゃね」と言ってみたら、やっぱりズシンと硬くなった。
どうにか薄いボール紙にしようとしたが、とうとう3mmの厚さになった。
もう鋸で切るしかないなと思ったけれど、出してきた鋸は錆だらけだ。
2014年5月31日土曜日
五月三十一日 渋茶を百杯
渋みが澱のように舌に溜まっていく。
なにも味がわからない。滑舌まで悪くなる。
舌が痺れる。
するとやかましい太鼓の音とともに鳥の羽根を頭に載せた裸の女が現れた。
異国の踊りに誘う。誘われても困る。
鳥の羽根が顔を撫でる。くすぐったくて不快だ。
裸の女はウインクして去っていく。
舌は痺れは収まった。
2014年5月30日金曜日
五月二十九日ここにいるよ
時間前に待ち合わせ場所に着いたら、相手はまだいない。
入り口のそばのベンチに座り、外を眺めていたが、なかなか現れない。
二十分ほど経って、電話が鳴った。
「どこにいる?」
「ここにいるよ」
目の前の空気が揺らぎ、陽炎のようだった揺らぎがだんだんとくっきりとして、ついに相手が姿を現した。
「ずっとここにいたのに」
「もっと早く電話すればよかったね」
笑いあった。
2014年5月27日火曜日
五月二十七日 屁の活用
「知らない獣の匂い」
こんなときだけ、ウサギは鋭い。今日買ってきた筆は馬の毛だ。
ウサギをからかって遊んでいたら、筆とウサギの尻尾が絡まってしまった。
「どうしたら取れる?」と聞くと、ウサギは盛大に放屁した。
スルリと筆が取れた。
2014年5月26日月曜日
2014年5月22日木曜日
2014年5月19日月曜日
2014年5月13日火曜日
2014年5月10日土曜日
2014年5月7日水曜日
五月七日 サーモンピンク
サーモンピンク色にはおいしいのとおいしくないのがある。
ウサギはそれを瞬時に判別する。「匂いでも嗅ぐの?」と尋ねると、「耳でわかる」という。
サーモンピンクのTシャツ、サーモンピンクのストール、サーモンピンクの枕カバー、耳でちょんちょんと触っては「おいしくない」という。
本当においしいサーモンピンクは、そう簡単には見つからないのだ。
2014年5月4日日曜日
五月四日家電店の喧騒
休日の賑やかな家電店、店員の呼び声はいささかやかましい。
やかましい? ちょっと違う、けたたましいと言ったほうがいい。
すべての呼び声は人の声ではない。ずいぶん性能がよいが、電子音だ。
家電店は電気宣伝鳥の巣になってしまったようだ。
冷蔵庫も電子レンジも諦めて、外に出た。お腹が痛くならないうちに。
『アド・バード』椎名誠 が好きです。
2014年5月2日金曜日
2014年4月30日水曜日
四月三十日 レインブーツブギウギ
雨の日の外出は少し憂鬱で少し楽しみだ。雨はイヤだけれど、気に入りの傘とレインブーツをお供に出かけられるからだ。
レインブーツは私なんかより、もっとウキウキしていたらしい。
興奮しすぎた右足は左足を踏み、私は危うく階段を転げ落ちるところだった。
おかげで私は道中ずっと、レインブーツに説教し続けなければならなかった。
そうでもしなければ今にもチグハグなスキップをしそうだったから。
Rain‐Boots ☆Boogie-woogieというタイトルで以前にも書いたことがある。
たぶん、おかあさんといっしょの「ボログツブギ」の記憶(好きだった)せい。
2014年4月28日月曜日
四月二十七日 栗と歯
栗の町へ行き、栗のパイを土産に買った。
ウサギはおいしそうにパイを食べていたが、一口食べるそばから、次々歯が抜ける。
私は心配になって、ウサギの口の中を覗きこんだが、抜けた歯はもう生えている。
ほっと一安心したが、よくよく見れば、どこもかしこも虫歯だらけなのでペチンと頭を叩いてやった。
2014年4月23日水曜日
2014年4月11日金曜日
2014年4月9日水曜日
スープの話のこと
『スープ・ファンタジー』 有賀薫 スープと写真、 五十嵐彪太 文
有賀薫さんが作る毎朝のスープ、それに私が超短編を書きました。
2013年6月頃から企画を開始し、7月から8月に書けてスープの話を書き溜めました。
本に採用したのはそのうちの半分ほどなので、採用しなかったものをここに残そうと思います。
記事の日付は執筆した日付になりますので、ブログトップには表示されません。
カテゴリー「スープの話」から御覧ください。
2014年4月8日火曜日
四月八日 図書館までの道のり
となり町の図書館へは、電車で三駅、徒歩十五分。
初めて行くのに、地図を持っていない。
けれど、心配はいらなかった。駅を降りてからの道のりは、鶏が案内してくれた。
鶏は、帰りも待っていてくれた。行きとは違うルートで、桜の綺麗な道を通る。散りゆく桜は好きだ。
「お腹が空いたなあ」と呟いたら、鶏塩ラーメンの美味しいお店を教えてくれた。
2014年4月6日日曜日
2014年4月1日火曜日
2014年3月30日日曜日
三月三十日 旅立たない傘
折りたたみ傘が旅に出たいと騒ぐ。風が強いせいだろうか。新しい傘に嫉妬しているのかもしれない。
私は必死に傘を持つ。でも、心のどこかで、傘のしたいようにすればよいじゃないか、と思っている。
そんな瞬間にいっそう強い風が吹き、傘はおちょこになってしまう。
それでも私にはこの傘が必要なのだ。電車に乗る度、屋内に入る度、私は折り畳み傘を丁寧に畳み、カバーを着ける。
畳まれた傘は少し泣く。
2014年3月27日木曜日
三月二十七日 白いものたち
白い花が一面に散らばっている。雨に濡れた辛夷の花。
花を落としてしまった辛夷の樹は、茫然自失で雨に打たれている。
「気持ちがわかるなあ」
樹を見上げながらウサギは言う。
「ウサギの花はどこに咲くのだ?」
からかってみたものの、白い花びらの中で佇むウサギと辛夷は確かによく似た気配で、しばし見惚れる。
2014年3月26日水曜日
2014年3月23日日曜日
2014年3月20日木曜日
三月二十日 新しい傘
新しい傘は、おそらく有能過ぎるのだ。
雨粒は美しい音を奏でる。
今までに聞いたことのないような音で、雨粒は傘に落ちる。ポタポタでも、ザアザアでもなく、リンリンと。
雨粒はするすると転がる。
目を凝らして見る限り、雨粒はすべて等しい大きさの球体となって、傘の縁まで転がり、そして地面に落ちた。
そして、新しい傘は非常にプライドが高いようだ。
店内に入る時に渡されたビニールの袋を、何度着せても脱いでしまう。
2014年3月19日水曜日
三月十九日 カワウソの香り
「カワウソ臭い。魚臭い。酒臭い」
どうやら、ウサギにとってカワウソはひどく匂うらしい。自分で手や服を嗅いでみたけれども、よくわからない。
ウサギは臭い臭いと言いながら、ずっとまとわりついてカワウソ臭とやらを熱心に嗅いでいる。
「うん、よい出汁が取れそうだ」と、呟いたのを聞き逃さなかった。
2014年3月18日火曜日
三月十八日 フローズンヨーグルト
「十二歳? 歳男か」
ウサギが十二歳になったという。まだほんの子供ではないか、こんなにふてぶてしいのに。
「どうしてウサギの癖に、卯年に生まれなかったんだ?」と問い詰める。
ウサギは「知ったこっちゃない」と、すねてしまった。
「フローズンヨーグルトを分けてやろうと思ったのに」と呟いた声は、春一番にかき消された。
2014年3月13日木曜日
奇行師と飛行師22
森の木はもっと伸びる。鯨怪人がジャンプする。奇行師は小さくなる。
森の木はぐんぐん伸びる。飛行師が力の限り上昇する。大声で奇行師に呼びかける。
「どこまで行くんだ? 奇人の旅はどうするんだ?」
「愉快だ愉快だ、実に愉快だ。ひゃっふヘイ!」 とうとう奇行師の声は聞こえなくなった。
飛行師が地上に戻ると、駱駝の人形と、鯨のおもちゃと、カタツムリと、蟻地獄とマッシュルームが転がっていた。
「イテ」飛行師の頭に赤いハイヒールが落ちてきた。
飛べない飛行師はただの人だ。赤いハイヒールを握りしめ、もういちど奇行師を追いかけようと飛び上がろうとしたが、できなかった。
駱駝と鯨とカタツムリと蟻地獄とマッシュルームをポケットに入れて、さてどうやって帰ろうか。空を見上げて思案している。
(完)
2014年3月10日月曜日
奇行師と飛行師21
「こりゃ、茸仙人。似非読心術で蝸牛男を驚かせたな」
「蟻地獄じいさん、ごめんなさい……」
「蝸牛男よ、読心術などではない、たんなる年の功だ。驚かなくてもよい」
蝸牛男はまだ疑いの目で、蟻地獄男爵と茸仙人を代わる代わる見ている。
珍妙な祖父と孫の様子を見て、奇行師は大いに喜び、森の木に登り始めた。
2014年3月4日火曜日
2014年2月25日火曜日
奇行師と飛行師20
「まあまあ、そんなに驚くでない、蝸牛男。蟻地獄のじいさんがそろそろ奇人一行を連れてくるから、待っていなさい」
白髪の茸頭をふんわりさせると、キラキラと胞子が飛び出した。思わず後退る蝸牛男。
「いんや、これは胞子じゃないよ、蝸牛男。キラキララメパウダーだ。だいぶ規格外だけれども、やっぱり人間だし」とウインクする。
そういえば、蝸牛男はすっかりたまげてしまって声が出ていないのだが、茸仙人は蝸牛男の思うことに答えている。
「だってほら、仙人だし」
「おーい、蝸牛男!!」と鯨怪人の声が聞こえてきた。
2014年2月18日火曜日
奇行師と飛行師19
鯨怪人に乗っても、飛行師に乗っても、瘤姫に乗っても、木々の多すぎるこの森をうまく進むことができなかったからだ。
自然と蝸牛男は殿となり、奇行師の励ましの声も届かなくなり、ついにはひとりぼっちになった。
ノロノロと進む蝸牛男は、好都合だと思った。ぬめり気のある自分と、胞子をふりまくであろう茸仙人は仲良くなれそうにない、そう感じていたのだ。
「蝸牛男よ。まあ、そう言わずに。本物の蝸牛は本物の茸が好物だから、なんだったら食べてもよいぞ」
蝸牛男の前に茸頭の老人がウインクしながら現れた。
2014年2月10日月曜日
奇行師と飛行師18
「ひゃっふヘイ! その名は、茸仙人!」興奮した奇行師は赤いハイヒールに頬擦りした。
「きのこせんにん?」蝸牛男には、なんだか嫌な予感しかしない。
「おいしいのかしら、茸仙人は」そういえば飛行師はなめこが大好物であった。
蟻地獄男爵は、ウィンクした。「茸仙人は、孫だ」
駱駝の瘤姫は、蟻地獄男爵の年齢を思って気が遠くなった。
鯨怪人は、そろそろ海が恋しい。
2014年2月4日火曜日
奇行師と飛行師17
湿った森の一部に乾いた土、サラサラとすり鉢状の穴、中からひょっこりと髭を生やした人が顔を出し、ウィンクしている。
「瘤姫、久しぶりですな」
一行は、蟻地獄男爵のウィンクに心が踊った。
「なんと、奇人のキャラバン隊。このじいさんも入れてくれるのか?!」
蟻地獄男爵は、一人ひとりと手を取り、握手し、そしてウィンクをした。
奇行師がお礼に赤いハイヒールを頭に乗せて逆立ちをしてみせると、蟻地獄男爵は笑い転げ、自分の掘った蟻地獄に滑り落ちそうになったので、飛行師が慌てて救助した。
「時に、男爵。我々は実は人を探しているのです」
と、奇行師は言った。
「奇人集めをしているとは思っていたけれど、探している人がいるなんて聞いてないよ」と蝸牛男は思ったが、黙っていることにした。
2014年1月26日日曜日
奇行師と飛行師16
と鯨怪人が尋ねると、駱駝の瘤姫はウインクした。「近道があるのよ」
砂埃がひどく前が見えない。息も吸えない。
歩みの遅い蝸牛男はついていくのに精一杯である。粘液に砂がついて、不快極まりない。
もうこれまでだ、と蝸牛男が思った時、瘤姫の声が聞こえた。「着いた!」
さっきまでの砂漠とは打って変わった景色が広がっていた。広葉樹、木々を揺らす風。
「どうやってここまで来たのか、さっぱりわからない」
蝸牛男がつぶやくと、瘤姫は蝸牛男についた砂粒を鼻息で吹き飛ばしながら言った。
「あら、わからなかった? 砂漠を潜って来たのよ? 昔、蟻地獄男爵に教えてもらったの」
「誰だその、男爵っていうのは!」
鯨怪人が嫉妬で潮を吹く。
2014年1月13日月曜日
奇行師と飛行師15
「ここからは、徒歩で行く!」
しかし、これは大いなる間違いだったのだ。砂漠に慣れた瘤姫、図体の大きい鯨怪人、飛行可能な飛行師、所詮は人間の奇行師、結局は蝸牛の蝸牛男が、足並みを揃えて歩けるわけがないのだった。
「奇行師さーん、どこを目指せばいいのー?」と先頭の瘤姫が振り向いて奇行師に問う。
奇行師はありったけの大声とパントマイムで答えた。
「森へ!」
2014年1月5日日曜日
声がする
押入れに埃だらけの瓶を見つけて、自分の部屋に置いた。
「これ、ちょうだい」と言ったとき、母は少し苦い顔をした。
「おじいちゃんのウイスキーの瓶。そんなものどこで見つけたの?」
私は祖父が大好きだったが、母はそうではなかったようだと、このとき気がついた。
祖父は、よく本を読む人だった。老眼鏡を掛け、胡座をかいて難しい本を読んでいた。私がせがむと、祖父は読んでいる本をボソボソと抑揚のない声で読み上げ た。小説などではなく、何かの専門書のような本が多かったと思う。もちろん内容はわからなかったが、祖父の声は不思議と心地よかった。
今にして思えば、母にとってはそれも気に食わなかったことの一つだったのだろう、「おじいちゃんの邪魔をしちゃダメよ」とよく叱られた。
祖父の瓶を傍らに置いて、本を読む。最近は探偵小説が好きだ。おじいちゃんに聞かせるつもりで声に出してみる。探偵小説は祖父の好みではないかもしれない と心配しながら読み続けていたら、不意に自分の声と祖父の声が入れ替わった。祖父の声で、ボソボソと読む。心地よく物語が染み渡る。
「ご飯よ」と、呼びに来た母の顔色が悪い。
++++++++++++
玉川重機イラスト超短編投稿作 「イラスト3」