2023年12月5日火曜日

果実戯談 マンゴスチン

初めてマンゴスチンを食べた日、大切な物をマンゴスチンの殻に仕舞うと長持ちすると先生は言った。一番仲の良い人形に今日からここがあなたのベッドだと話すと、少量の魔法で殻を大きくし、器用に身体を畳みマンゴスチンの殻の中で眠るようになった。首の向きも脚の角度も私には真似できない美しさ。

2023年12月1日金曜日

果実戯談 レモン

目覚まし時計が鳴る10分前、部屋は爽やかな香りで満たされ、薄っすらと覚醒を始める。そろそろ目を開けてやろうかと思う頃、頬にひんやりとしたものがぐりぐりと押し付けられる。唇に落ちてきた酸っぱい雫を舐め完全に目覚める。鳴り始めるアラーム。おはようレモン、今日も起こしてくれてありがとう。

2023年11月18日土曜日

果実戯談 スイカ

私が歩いた跡にはスイカの種が落ちる。種はどこに落ちてもその場で育ち、とても小さなスイカの実になって私の元へ転がって帰ってくる。私はスイカの実を拾い上げると「よく帰ったね」と撫で、ポイと口に放り込む。季節に関係なく甘い。そしてまた私はスイカの種を落としながら歩むのだ、命尽きるまで。

2023年11月2日木曜日

果実談義 メロン

 「道に迷ってしまって」ご老人に話しかけられた。年季の入ったメロンの上を不安そうに指が彷徨っている。「私のメロンと比べて見ましょう」幸いご老人の目的地はすぐわかった。私は申し出てご老人とメロンを交換した。古いメロンを指で辿ると昔の町並みの香りが鼻腔を擽る。さて時間散歩と洒落込もう。

2023年10月31日火曜日

果実談義 桃

季節外れの桃を買った。八百屋の親父さん曰く「ペット用? 観賞用? だかの桃らしいんだが俺もよくわからん」重さも触り心地も桃そのもの。よい香り。やさしく撫でると微かに身震いする。寿命はわからない。食べる桃ならとうに腐っているはずだ。甘い香りが強くなってきた。気のせいだと思いたい。

2023年10月17日火曜日

果実談義 柿

新しいパソコンを買ったらマウスが柿だった。ヘタが掌に障るかと思ったがそうでもない。矢印はするする動き回り、軽快にクリック。実に快適だ。だがレシピやカフェ情報など食べ物を検索する時だけは暴走する。近頃は柿の好みもわかってきたし、何より柿の選んだカフェは間違いがないので、任せている。

2023年10月4日水曜日

#イメージの色見本 ④秋

 

冷たい風が首筋を駆け抜ける。踏切はなかなか開かない。天高く警報音が鳴り響いている。空を見上げれば雲のふりをした鰯が泳いでいる。今年は雪が積もる前に故郷に帰ろうか。そんな事を考えていたらやっと電車が見えてきた。いや、電車のふりをした龍だ。
 

2023年10月1日日曜日

果実戯談 キウイ

誰が読むともしれない手紙を書く。悩み事や愚痴を書き連ねることもあるし、空想の話をすることもある。便箋を畳み、封筒に入れる。しっかりと封をし、切手を貼り、宛名は書かない。半分に切ったキウイをスタンプして、郵便ポストに投函する。私にも、キウイが捺された知らない人からの手紙が時々届く。

2023年9月20日水曜日

#イメージの色見本 ③故郷


急坂の途中の林でザリガニを釣ってはいけないよと大人は言う。沼に落ちた子は帰ってこない。「どんぐり拾いは?」と問えば「それはどんぐりに訊いてみな」と言われた。「どんぐり拾っていいですか? イテ」つむじに命中するどんぐり。今年も許可が出た。

2023年9月15日金曜日

#イメージの色見本 ②音


今夜、美術室で眠ることになった楽器たち。音楽室と違う様子に大興奮、絵具で遊び始めた。「この色は私の音とそっくり!」とファゴット。「なんて美しい色だろう」とホルン。「これは僕の色だよ」とトランペット。「こんな色で歌いたい!」とフルート。

2023年9月13日水曜日

果実戯談 サクランボ

 鍵屋に「鍵ちょーだい」と言えば「やってもいいが、そのサクランボと交換だ」という。鍵が手に落ちた瞬間、サクランボになる。違う、鍵が欲しいのに。約束だからサクランボを鍵屋の手に落とす。何度やっても鍵屋の手には鍵。時々、青い嘴がサクランボの瞬間だけ攫っていく。鍵は、いつ手に入るだろう。

2023年9月7日木曜日

#イメージの色見本 ①風


煙突を見上げる。今日の煙の色は一段と身体に悪そうだ。工場の中は歯車だらけ。殆ど手動だから有害な煙なんて出ていない。大昔の工場地帯に憧れてわざわざ色を着けた煙を出しているのだ。山の風と海の風が交互に着色煙をひゅうっと吹き飛ばして、おしまい。

2023年9月6日水曜日

果実戯談 巨峰

 「ちゃんと計算したか?」と問われる。「はい、新鮮な巨峰で」と答える。確かめ算のたびに、どこからともなく小石が降る。ときどき綺麗な石が降ると「あ、水晶!」「アメジストかな?」計算は中断。はじめからやり直し。巨峰が疲れてくる。綺麗な石が降らないかわりに計算ミスが増え、今日も残業。

2023年9月4日月曜日

果実戯談 みかん

時間は、みかんに任せるとよい。数ある柑橘の中でも、みかんをおすすめする。午前の仕事をやっと終えた私はレストランへ向う。西の空は茜色だが、あくまでランチだ。ウエイターは私の手の中のみかんをチラリと見て「ご昼食ですね」と言った。自分の望むタイミングで行動したいなら、みかんに限る。

2023年9月3日日曜日

果実戯談 梨

よく回る梨だ。「きっと音楽が聴けるよ」と八百屋がいう。レコードに梨を乗せた。ヘタをレコードの溝に当てると音が鳴った。梨が加速する。音楽も早回しになり、煙が出てきた。音楽はすべて煙になり、レコードはツルツルに、梨は皮が剥けた。私は梨を食べ、煙を吸い込んだ。溜め息は大好きなあの歌に。

2023年9月1日金曜日

果実戯談 苺

 父の描いた水墨画は天気が変わる。雨の日、風の日、雪の降る日。私は父の絵が大好きだ。「よっこらせ」父がうれしそうに苺を買ってきた。「これは重くなるぞと思ったら、帰り道からどんどん重たくなった」と自慢する。ずっしりと重く、甘酸っぱい香りがする。父はこの重い苺を文鎮にして水墨画を描く。

2023年8月31日木曜日

果実戯談 イチジク

 「もしもし」よいイチジクが手に入ったので、いとこに電話をした。「久しぶり。元気?」いとこの声もプチプチしている。「そっちもイチジク?」「そう!」互いに祖母の声に似てきたと笑い合う。季節問わず通信できるかもと、乾燥イチジクを試したこともあったがメール三文字、高確率で文字化け繧、繝√

2023年8月30日水曜日

果実戯談 バナナ

夜の散歩にはバナナだ。手に馴染み、あたたかく光る。買ったばかりの、先が少し青いバナナが懐中電灯によい。バナナで夜道を照らして歩くと小さな生き物や、もう生きていない物がよく見える。怖くはない。だが三日月の晩は要注意。バナナが月と入れ替る。手の中のものが月だと気付いた時の恐怖たるや。

2023年8月29日火曜日

果実戯談 リンゴ

八百屋で買ってきたリンゴに穴のあいたものがあった。ちょうど鉛筆くらいの穴だったので、青の色鉛筆を突っ込んでみると、キリリと尖った。削りカスも出ない。これは素敵な鉛筆削り器だ。24色全部削ったらリンゴの穴は貫通してしまった。覗くと、青い空があった。色とりどりの雲が忙しなく流れていく。

2023年7月31日月曜日

遠くまで #文披31題 day31/#夏の星々140字小説コンテスト投稿作 「遠」投稿作

音楽に誘われ放浪するうちに草原に辿り着いた。装束を着た人がひとり、見たことのない楽器を奏でていた。星空から降りそそぐような音。私に気付いたその人がどこから来たかと問うので「街から。貴方の音に誘われました」と言うと「遠い街まで私の音は届くのに星は聴いてくれない」と涙を流すのだった。

2023年7月30日日曜日

握手 #文披31題 day30

具合が悪くなったご老人を助け、仲良くなった。おやつを持って訪ね、別れ際には必ず握手した。ある日訪ねると、ご老人の家は影も形もなく、蝉の死骸と一昨日食べた水羊羹の容器が並んで落ちていた。四歳の七夕に「蝉と握手したい」と書いたのを思い出した。

2023年7月29日土曜日

#夏の星々140字小説コンテスト投稿作 「遠」投稿作

手紙が届いた。宛先が何度も書き直され、切手は貼り重ねられ消印だらけ、歴戦の猛者の趣きすらある。よくぞここまで辿り着いた。いくつもの星を経由して配達された、遠い星に住む父母からの近況を伝える便りだ。デジタル通信は大昔に技術も信頼性も失った。私はコンピューターを教科書でしか知らない。

名残 #文披31題 day29

真夏に飲む「去年の茶葉で淹れた茶」は、去年を連れてくる。眼の前の子に被さるように今より少し幼い子の姿がチカチカと見える。彼岸へ渡ったばかり人がチラチラと見える。淹れるのには気合が必要だ。でもやっぱり私は会いたくて、真夏に名残の茶を淹れる。

2023年7月28日金曜日

方眼 #文披31題 day28

一升一升几帳面に埋められると、文字は窮屈で踊りだしたくなる。文字同士でチラチラと上下左右を伺っている。実はこのノート、何日も開かれていない。バレやしないさ。さあ踊れ! 狂喜乱舞の最中、ノートが宙に浮く。慌てて升目に戻ろうとするが時すでに遅し。

2023年7月27日木曜日

渡し守 #文披31題 day27

舟の仕事に就いて長いが、虚舟だの泥舟だの、剣呑な舟ばかりに乗っている。客も見るから胡乱な者だらけ。川でない所を漕ぐわ、舟が崩れるわ、しまいには必ず遭難するのに、気づけばまた櫂を握っている。俺は確かに渡し守だが、舟を漕いでいる俺は一体誰だ? 

2023年7月26日水曜日

すやすや #文披31題 day26

 猫と暮らすようになって家の物がよく寝るようになった。パソコンには「起きてー!」としばしば声を掛け、洗濯機は脱水中に妙に静かになったら揺すって起こし、ガスは炒め物をしてながら弱火になる。もういっそ、みんな猫みたいにふわふわになればいい。

2023年7月25日火曜日

報酬 #文披31題 day25

おはじき10枚拾い集めると、かき氷の引換券と交換。だが、せっかく拾ったおはじきを失いたくなくて、駄菓子屋には行かなかった。駄菓子屋のかき氷は特別で、おはじきがないと作れないと知ったのは最近だ。子供の頃に貯め込んだおはじきで、かき氷食べにいこう。

2023年7月24日月曜日

ビニールプール #文披31題 day24

ビニールプールの墓場だ。極彩色がぐにゃぐにゃ積み上がり、ひしゃげたキャラクターが空を睨む。「燃やすわけにはいかない。タチの悪い煙が出る」と墓守は言う。「でしょうね」と同意する。「どう供養を?」「西瓜に頼む。うまいことやってくれる」

2023年7月23日日曜日

静かな毒 #文披31題 day23

 この村の人々は皆、声が小さい。誰もが小さな鈴をそっと鳴らすように、美しくよく通る囁き声で話す。名水と誉れ高い村の水に、毒があるのだ。人の耳を鋭敏にする毒が。声が佳くないと虫も鳥も生き残れない。木の葉が美しく鳴るよう、風さえも気を遣う。

2023年7月22日土曜日

賑わい #文披31題 Day22

祭。笛や太鼓が鳴り響き、多くの人が踊り、屋台はどこも繁盛している。けれども、どこか「しん」としている。それは人々の歓声を山の神が食べるから。山の神が満腹になった途端、声が戻る。「うるさい!」よく食べ眠くなった山の神は雨を降らせ、祭はお開き。

2023年7月21日金曜日

朝顔 #文披31題 day21

朝顔の種が採れると朝顔師匠に見せる。師匠は何故か花は見ない。種だけを見て私の朝顔を品評した。去年、種を見せた時「これで最後だね」と言われた。免許皆伝なのか、破門なのかわからないまま、五月、種を植えた。今、硝子のように透明な朝顔が咲いている。

2023年7月20日木曜日

甘くない #文披31題 day20

みかんは酸っぱいのが好きだと言ったら、一年中、青いみかんが食えるようになった。入手方法不明。「狐狸網は凄いのです」と狸は威張る。最近尻がムズムズする。尻尾が生えたら私も狐狸網に絡め取られるだろう。甘くないのは、みかんだけではなさそうだ。

2023年7月19日水曜日

爆発 #文披31題 day19

爆弾収集家は困っていた。こんなに巨大な爆弾は初めて見た。どうしてもコレクションに加えたい。しかし盗むのはオオゴトだ。情報を得た。巨大爆弾がまもなく使用されるという。爆弾の名はショーサンシャクダマ。枝豆と茄子の漬物を持参し河原に来たれよ、と。

2023年7月18日火曜日

占い #文披31題  day18

サイコロで行き先を決める旅だった。東西南北、右左、サイコロの言う通り、あべべのべ。道に投げるからだんだんと欠けて丸くなり、数も判別しにくくなった。旅もここまでかと思ったら野良犬がサイコロを食べた。これからはワンコロの言う通り、あべべのべ。

2023年7月17日月曜日

砂浜 #文披31題 day17

龍は砂漠で砂を吸う。砂漠の砂は熱いが美味だ。風味が無くなると龍は海上で砂を吐き出す。砂浜ができる。近頃、風味豊かな砂が少なくなった。仕方がないから昔吸った砂をまた吸う。砂浜の砂が天高く吸い上げられる。すぐに味がなくなる。今日も街に砂が降る。

2023年7月16日日曜日

レプリカ #文披31題 day16

宝物の複製品作りは、宝物の管理維持や制作技法の研究のために重要な仕事だ。この国の宝物館には複製品を作る凄腕の職人がいる。代々世襲制ということに表向きではなっているが、職人もまた先代に作られたレプリカであり、宝物以上に厳格に管理されている。

2023年7月15日土曜日

解く #文披31題 day15

リボンが蝶を誘惑している。リボンから離れて!と大声をあげたが、蝶には通じない。リボンは蝶々に絡みついた。あれを解くのは犬の私には不可能だ。飼い主は、必死に蝶に吠え掛けたせいで植え込みに絡まった私の毛やリードを解くのに夢中で蝶に気づいていない。

2023年7月14日金曜日

お下がり #文披31題 day14

子どもの頃に着た浴衣は、どれも誰かのお下がりだった。五年生の夏に着た浴衣は少し古風な柄だった気がする。その夏、とても上手く踊れた。盆踊りがこんなに楽しいとは! 浴衣のおかげだと思った。この浴衣が誰の物だったか、なぜか教えてもらえなかった。

2023年7月13日木曜日

流しそうめん #文披31題 day13

山からそうめんを流す仕事を親から受け継ぎ四年になる。ここは崖の多い登山客も少ない山小屋で、流したそうめんがどこに行くのかも、このそうめんを誰が食べるのかも、私は知らない。今日も明日もそうめんを茹で樋に流し、ぼうっと見送る。幸せに思う。

2023年7月12日水曜日

門番 #文披31題 day12

引っ越した家には観音開きの門扉があった。左右の門扉に小さなシーサーが乗っている。沖縄では屋根にいることが多いのに、なぜ門扉なのだろうと思っていたが、後にわかった。不審な人物が来ると大きくなり、怖い怖いと泣きながら家の中に逃げ込んでくるのだ。

2023年7月11日火曜日

飴色 #文披31題 day11

ポケットに入れっぱなしだった飴が小袋の中で溶けてぺちゃんこになっている。左手の小指の爪と同じ透き通った青緑色。青りんご味のこの飴が一等好きだ。だから左手の小指の爪は青りんご飴になった。いつでも舐められるからポッケの飴のこと忘れてたんだな。

2023年7月10日月曜日

ぽたぽた #文披31題 day10

 「お水を夏に返したい」と言って、子は室外機から落ちる水滴を一番高価なグラスに溜めている。エアコンの中を伝ってきた水は意外なほど澄んでいてキラキラと輝いている。子としゃがみこんでグラスに水が溜まるのを見つめる。汗が流れ落ちるのも構わずに。

2023年7月9日日曜日

肯定 #文披31題 day9

 「当然だ」「仰る通り」どこで覚えたのか我が家のペットたちの――多くは鳥やロボットだ――相槌は常にこんな調子だ。
「つまらん」と口に出すと一斉に「その通り!」 
「もう嫌だ、辛抱堪らん」と叫べば「尤もだ!」 
お手上げだ。「そうだね」と呟き続けよう。

2023年7月8日土曜日

こもれび #文披31題 day8

赤ん坊の私は樹の下で眠っていた。私はそこで拾われ、その時の模様のまま大人になった。左頬の葉の形がくっきりわかる影と、右の胸から肩に向かってすらっと伸びた枝の影が特に気に入っている。私が拾われた場所は今、駐車場だ。形見は葉が一枚だけ。

2023年7月7日金曜日

洒涙雨 #文披31題 day7

一年ぶりの妻は涙脆くなっていた。逢えたと言っては泣き、乾杯をしては泣き、接吻しては泣く。あんまり泣くのが可笑しくて泣く。早く泣き止ませないと、どこかで洪水になるぞと焦る私に構いもせず、もうお別れの時間だと泣く。退屈した牛も欠伸をして泣く。

2023年7月6日木曜日

アバター #文披31題 day6

タイムトラベルで我が家に滞在中の先祖、インターネットやオンラインゲームをやってみたいがアバターを作るのは畏れ多くてできぬと宣う。曰く、化身を作ってよいのは神仏だけだと。大昔からやって来ておいて何を言うのだ、あんたはここでは神仏同然だ。

2023年7月5日水曜日

蛍 #文披31題 day5

 ピカピカ飛ぶものを追いかけていた。やけに機敏な飛び方をする蛍だった。「地球人、動くな」と言われ、蛍だと思ったものが宇宙船だと知った。直後に私のすぐ足元に宇宙船は着陸したから、つんのめった私はそれを踏んづけてしまった。その年、米が豊作だった。

2023年7月4日火曜日

触れる #文披31題 day4

 4歳の頃、得体の知れないものの感触を「どぅびどぅび」と呼んでいた。長じて「ざりざり」や「ふにゃふにゃ」などに置き換わっていったが、いつまでも「どぅびどぅび」としか表せないものが、ひとつ残った。「どぅびどぅび」に指先で触れる。どぅびどぅびする。

2023年7月3日月曜日

文鳥 #文披31題 day3

昔いた文鳥のことを思う。あれは文鳥の姿はしていたがブンチョウではなく、フミドリだった。毎朝、鳥籠を覗くと桜色の嘴に一筆箋を挟んで澄ましていた。「昨日の粟は格別に美味」「盛った猫の声は麗しくない」長く生きたが、筆を持つところは終ぞ見なかった。

2023年7月2日日曜日

透明 #文披31題 day2

私という存在が視覚的に確認できなくなり四日目。往来で踊っても誰ひとり見向きもしない。唄っちまえ。「彼方ぃ此方ぃの落ち零れぇ〜とはオイラのことよォ♪」「ワォン!」足元に生暖かい水溜りの出現。やぁ、視覚的に確認できない野良犬よ、逢えて嬉しい。

2023年7月1日土曜日

傘 #文披31題 day1

新しい傘は雨の日をご機嫌にしてくれるはずだった。なのに、この傘は差すと金平糖を降らす。私が通ると金平糖の道ができ、夏の温い雨にゆるむ金平糖を求めて蟻が付いて来る。金平糖をたっぷり食べた蟻はすっかり大きくなり、近頃なぜか私と手を繋ぎたがる。

2023年6月3日土曜日

6月の星々

長く激しい雨だ。衣服はとうに乾くのを諦め、じっとりと重い。毎日、短い詩を書き付けていた日記帳は湿気で膨れ上がった。インクは滲み、読めなくなった。雨が盗んでいったのだ。私の詩は川に流れ、海に出て蒸発し、雲になり、そして星々に読まれることだろう。

2023年5月13日土曜日

5月の星々

輝く新緑を真似してみたくて、星々は各所に相談した。染物屋は「緑は難しいんですよ」といい、絵具屋も「うーむ」と唸ったきり沈黙、宝石商は満面の笑みでエメラルドと翡翠を広げた。ひときわ大きなエメラルドを買った星と、丹念に磨かれた翡翠を買った星は、どちらが緑に輝くか毎夜競っている。

2023年4月29日土曜日

4月の星々

 今夜は派手な夜空である。日中は花粉やら黄砂やらで酷く霞んでいたのに、この満天の輝く星はどういうことだ。美しいには違いなく、口をあんぐり開けたまま夜空を見上げて歩いていたら、さもありなん電信柱に激突した。思わず蹲り、痛みを堪えていると天から大笑いが聞こえてきた。謀ったな、星々め。

2023年4月26日水曜日

#春の星々140字小説コンテスト 「明」投稿作

ここはあまりにも透明で、呼吸を忘れるほどに美しい。そうだ、忘れたのではない。ここは水中なのだ。デクレシェンド。酸素を探しながら、そっと息を吸う。私は魚になってしまったのかしら。いいえ、だってこうして大勢の観客を前にピアノを弾いているもの。私の音色は水に溶け、遠く遠くへ泳いでいく。

2023年4月17日月曜日

#春の星々140字小説コンテスト 「明」投稿作

 何もしないと決めた日曜日、椅子に座り部屋に入る日差しをただただ見ていた。部屋は思った以上に刻々と変化する。春の明るい日差しを感じながらハムレタスサンドを食べた。西日に照らされて輝く埃を見て、掃除したくなるのをぐっと堪える。電気も付けず暮れるのに任せていると月が笑うのがよく見えた。

2023年4月11日火曜日

風が強いので宣伝

強風で古傷がスゥと痛む。傷跡から紙の尻尾がはみ出る。引っ張り出す。「ぅぐ」毎度の事だが、かなり痛い。紙片には手書きで文字が書いてある。読みやすいとは言えない。4枚目にして大昔に存在したケッタイな本屋の話だとわかってきた。続きは次の強風で。

2023年4月7日金曜日

風が強いので宣伝

橋の下に看板を拾いに行く。風に飛ばされた看板の吹き溜まりがあるのだ。飛ばされた看板はなぜか小さい。かつては堂々としていたであろう看板を摘み上げてはポケットに突っ込む。金属製の看板には要注意だ。手を切る。猫に引っ掻かれたのとそっくりの傷だ。

2023年4月4日火曜日

#春の星々140字小説コンテスト「明」投稿作

日が長くなってきた。日課の夕方散歩も自然と距離が伸びる。商店街を二つ抜け、右へ曲がり、左へ曲がり、もはや知らぬ街である。西日がやけに明るい。影が伸び縮みしている。はしゃいでいるようだ。よくない兆候。私はすぐ影を逃してしまうのだ。おや、なかなか日が沈まないぞ。影がスキップを始めた。

2023年3月28日火曜日

雨が降ってるので宣伝

巧妙に隠れているつもりの宇宙船が春の生温かい雨によってじんわりと姿を露わされ、焦っている。穴に潜り、不可視化性能を最大にしてみたが、どうにも隠れられない。 近隣住民はシャイな宇宙船に気遣い「UFOのいない町」と横断幕を商店街に掲げた。

2023年3月25日土曜日

雨が降ってるので宣伝

「雨天開店」の貼り紙がある店に行ってみることにした。気怠い身体を引き摺って到着したのは蛙の店長と蝸牛のバイトが仲良く働く喫茶店であった。ホットレモネードを飲みながら本を読む。店内はどこもかしこも濡れていて本はみるみるうちに変容する。

2023年3月18日土曜日

雨が降ってるので宣伝

咲き始めの桜が冷たく濡れる。雨粒を振り落としたいが、強く揺れれば花も落ちてしまう。毎朝、こちらを見上げる人間たちの様子を思い浮かべ、そっと震えるだけにする。一片だけ花びらが落ち、疲れた立て看板に貼りついた。

2023年3月16日木曜日

雨が降ってるので宣伝

ポストにチラシが入っていたが、配達員が急な雨にチラシを濡らしたらしい。蛍光色のインクは滲んで何も読めない。広げて乾かしたら滲んだままの文字が蠢き出した。チカチカと喧しい。近所の怪しげな老人に預ける。きっと長い髭が解読するだろう。

2023年3月8日水曜日

3月の星々

人通り少なく、街路灯も当たらない桜にも春は等しく訪れる。暗い場所のおかげで、桜には夜空がよく見えた。きらきら瞬く星々に羨望の眼差しを送る。星からも満開の桜は麗しく思われた。だが桜は散る。星にはその事情はわからず、宇宙から眺めることしかできない。こんなやりとりを六十回続けている。

2023年2月28日火曜日

#2月の星々 「分」投稿作

大切なティーカップが割れた。紅茶を入れたまま、微かに「ピキッ」と鳴いて、真っ二つに割れた。よい香りの水溜りが広がる。捨てられず、いつも通りに棚に仕舞った。翌朝、棚には二つの小ぶりなティーカップがあった。割れたのではない。分裂し、ペアになったのだと理解した。今日、初めて恋人を招く。

2023年2月25日土曜日

#2月の星々 「分」投稿作

実は、殆どの天体が天秤で均衡を保っているのだ。ほんの僅かな変化で、軌道やら公転周期やらが変わってしまうから、夥しい数の分銅が宇宙には存在している。少し前、月と釣り合う分銅が少し多くなり、天秤が揺れた。少し前だが、人間の時間では太古の昔だから、まぁ、あまり気にせずともよかろう。

2023年2月14日火曜日

#2月の星々 「分」投稿作

遮断機の竿の隙間をするりと抜ける何かを見た気がした。電車が通り過ぎるまでの数十秒間が数分にも思われた。線路上には甘やかな匂いだけが残っていた。私は香水を知らない。 警告色を越えるのでもなく、潜るのでもなく、僅かな隙間から向こうへ行ってしまった誰かを羨む。同じ香りにいつか逢いたい。

+++++++++++
予選通過 佳作受賞


2023年2月12日日曜日

#2月の星々 「分」投稿作

節分の夜、撒かれた大豆の数%は宇宙に向けて飛び立つ。更にその内の数%は大気圏をも通過、強運の大豆は星々に「逆流星」「偽星」と呼ばれ、大変に評判が悪い。何しろ当たると激痛なのだ。鬼の仮面をするとよいらしいと星たちの間で噂になったが、言うまでもなく実行した星ほど大豆によくぶつかった。

2023年2月5日日曜日

#2月の星々 「分」投稿作

恋人の舌は深く裂けている。「ひいじいちゃんが同じ舌だったんだって。会ったことないけど」「もし会えたらどうする?」と問う。分かれた舌をあべこべに動かしながら「あっかんべー!で挨拶する!」と元気のよい答えが返ってきた。あっかんべーのままの顔が近づいてくる。今はまだ、くすぐったいだけ。

2023年1月30日月曜日

#1月の星々 「定」投稿作

親父さん、年取っちゃったもんな。店仕舞いの前日、鯖味噌煮定食を運んでくれた手は長年の仕事の繊細さと過酷さを物語っていた。「鯖味噌だけでも教えてよ」ニヤリと笑い、手を差し出してきた親父さんと握手して店を出た。昨夜、店の味そのままの鯖味噌が出来た。急に皺の増えた我が手をじっと見る。

+++++++++++
予選通過

2023年1月25日水曜日

#1月の星々 「定」投稿作

雪に混じって、星が降る。人々が家でじっとしている静かな夜は、星が地上の見物に行く絶好の機会。「いいですか、我々と足並みを揃えて。一定の速度で。少ないとはいえ人間に見つかると事です。スピードを上げてはなりませんよ、呉呉も!」雪にどれだけ注意されても、楽しい星は急降下が止まらない。

2023年1月23日月曜日

#1月の星々 「定」投稿作

電車通学を始めた15歳、最寄駅にはまだ改札に駅員がいた。パスケースを見せる仕草に慣れた頃、自動改札となり三十年。先日、どことなく所在無げな駅員に「定期を拝見」と言われ面食らった。タッチしたばかりのスマホで交通系ICの画面を差し出すと、駅員は古めかしい眼鏡の奥で目を見開いて覗き込んだ。

2023年1月22日日曜日

#1月の星々 「定」投稿作

押し寄せる蜂蜜に立ち竦んだ。予報は明日のはず。今年は佳い蜂蜜だという予報だったから準備万端に整えたかったが、急ぎ一年分の蜂蜜を集め始める。麗しい艶と香りに目眩がする。案の定、蜂蜜壺が足りず塩壺を流用する。壺の底に固まった塩が残っているが、鹹映ゆい蜂蜜は甘美で秘密の味がするのだ。

2023年1月20日金曜日

幼四獣とビー玉

どこからビー玉を追いかけますか。

  ■ 

西  ■ 

  ■

玄武(幼四獣とビー玉)

揺れ震えた北極星は、微細な硝子の破片を地上に降らせた。硝子の砂浜で生まれた幼い玄武たちは寒い冬空の下、綺麗に並んで甲羅干している。退屈している尾の蛇たちは、硝子の砂を弄んでいる。熱を帯びた尾の蛇の舌でかき混ぜられ、塊になった 硝子の砂はビー玉になり、転がりはじめた。一匹の玄武が尾の蛇に引っ張られるように、後ろ向きに歩き出す。ビー玉を追って、東へ。

東へ

白虎(幼四獣とビー玉)

南風か初飛行に疲れた 朱雀が着地したのは丸くなって眠る仔白虎の背。ふわふわで、ら夏の熱気が去って、幼い白虎はぐっすり眠っている。夢の中で白虎は雲だった。秋空を気持ちよく飛んでいる。目を覚ましてしばらくしても、まだ浮遊している感覚がある。朱雀が白虎にしがみついた。食い込む爪に痛みを覚えた白虎は生まれて初めて咆哮した。北極星を揺らすほどの大音響で。

北へ

朱雀(幼四獣とビー玉)

巣立ちの時、朱雀はまだ翼が重い。羽ばたきを繰り返すが、飛び立てそうにない。父母はとうに姿を見せなくなった。空腹と退屈に倦んだとき、東から光るビー玉が転がってきて、雛朱雀の足元で止まった。暫し弄んでいたが、今度は西の方へ転がり始める。夕日が自分の羽と同じ色だと知った朱雀は、もぞもぞ青い者共がやってきた。あれは好物の「竹の実」に違いない。追って飛ぶ。飛んだ。

西へ

青龍(幼四獣とビー玉)

卵から孵ったばかりの 青龍たち。互いの長い舌が絡まるのが面白くて仕方がない。しかし、先刻から、蛇が一匹、紛れ込んでいる。気付いた幼青龍たちは逃げようとするが 、小さくやわらかな爪は大きな珠を掴めず、それ故に飛翔できない。幼い青龍たちが珠の代わりになる物を探して右往左往していると、きらきら光り転がるビー玉を見つけた。ビー玉を追いかけて 南へ向かう。

南へ