元旦には願譚を書かずに、よく伸びる餅を食いたい。
2020年12月8日火曜日
2020年11月30日月曜日
塔 #novelber day30
町で一番高い塔は、電波を出しているわけではない。「塔が欲しい」という町民の総意で建てられたものだ。毎日、町民の誰かがてっぺんに登って、町を見下ろす。昔、この町にあって、毎日誰かが登っていたポプラの樹の代わりだそうだ。
2020年11月29日日曜日
白昼夢 #novelber day29
「夢だったらいいのに」イヤな事があるとそう思う癖がある。目が痒いとか、皿洗いが面倒とか。ある時、その日二十八回目の「夢だったらいいのに」で、身体の感覚がヌルリと入れ替わるような心地がした。以来、自分の足音すら愉快だ。現だったらいいのに。
2020年11月28日土曜日
霜降り #novelber day28
「本物の霜を織り込んだ生地なの、素敵でしょう?」冷たい風の中、彼女はくるくると回ってみせる。スカートが広がる。彼女とは冬にしか会えないし、抱きしめれば必ず風邪を引く。翌日、彼女が踊ったところは昼になってもびっしりと霜に覆われていた。
2020年11月27日金曜日
外套 #novelber day27
赤木赤吉は父から受け継いだ古ぼけた重たい外套を嫌っているが買い替える金がない。重たいばかりでちっとも暖かくない外套を、せめて軽くしようと、裏地を取り、ボタンを外し、襟を切り、袖を取り……外套とは呼べない代物になった。今年の冬は寒い。
2020年11月26日木曜日
寄り添う #novelber day26
杖は老人のことが好きだった。塗装の剥げた持ち手も誇らしい。不安定に掛けられる体重も、しっかり支えなければと踏ん張った。今、杖の出番は減りつつある。老人は外出が減り、横になっている日が増えた。それでも杖はベッドに凭れて老人に寄り添う。
2020年11月25日水曜日
幽霊船 #novelber day25
生前、どんなに大破した船でも直すと評判だった造船技師、今は幽霊船とその乗組員から名医として慕われている。「先生、風邪で『うらめしや』が波音に負けてしまうんよ」と言われれば「それじゃ代わりに警笛を大音量にしとこうかね」といった具合である。
2020年11月24日火曜日
額縁 #novelber day24
描き上がった絵に見合った額縁の選び方がわからない。重厚、シンプル、デコラティブ。どれも違う気がする。だからいつも無人額縁屋におまかせだ。額縁が乱雑に積み上がった店内に絵を置いて帰ると、翌日にはおすまし顔で絵が待っている。お代は空き缶に。
2020年11月23日月曜日
ささくれ #novelber day23
ささくれを引き千切ろうとしたら大慌てで止められた。あまりの慌てっぷりに笑うと、いつになく真剣な顔で「『ささくれは、世界の綻び』って、おじいちゃんに言われなかった?」と、ガサガサの指先を舐められた。きみの舌にささくれが刺さるのを感じる。
2020年11月22日日曜日
遥かな #novelber day22
船に乗って遠い昔の国に行きたいと、古書店で古い海図を買った。ひんやりと硬質な感触がある海図だった。図や文字ははっきりと読める。航海に支障はなさそうだ。意気揚々と船出し南へ向かったが、まもなく冷たかった海図は温くなり、そして船ごと溶けた。
2020年11月21日土曜日
帰り道 #novelber day21
何しろ誘惑の多い帰り道なのだ。野原を駆け、隧道で足音を響かせ、小さな洞窟の脇を通る。十数分の道のりに数時間は掛かる。共に帰る級友の中には人間でないのもいるが、特に気にしない。自分もかつて狐狸の類だったような気がするから。
2020年11月20日金曜日
地球産 #novelber day20
「これは珍しい一品ですなぁ」ジロジロ見られるのは気分がいいものではない。私が地球人とわかるや否や、「有識者」がぞろぞろ集まってきた。故郷の言葉であらん限りの悪態を吐くが彼らには通じず、喜ばれる一方である。や、やめろ、そこを触るな。
2020年11月19日木曜日
カクテル #novelber day19
トマトジュースを使った酒ばかりを飲む私を見て「トマトジュースが好きなんだね」とあなたは言う。「そうじゃないよ」と、色々説明を試みるけれど、あなたはなかなかわかってくれないから、隠している牙をチラリと光らせてみる。まだ気が付かない。
2020年11月18日水曜日
微睡み #novelber day18
眠っているのか、いないのか、わからない。そんな時に必ず聞く声がある。それを聞くと身体が痺れるほど切なくなって、その後は何も手に付かなくなる。わかっているのに、日々、午睡を試みる。が、声の主にはお見通しのようだ。簡単には微睡めない。
2020年11月17日火曜日
錯覚 #novelber day17
2020年11月16日月曜日
無月 #novelber day16
2020年11月15日日曜日
オルゴール #novelber day15
母から譲られた古い箱型のオルゴール。若い頃の母はここに香水を大事に仕舞っていたそうだ。ぜんまいを巻き蓋を開けると、途切れ途切れの音が鳴る。いくつも歯が欠けていて、本当のメロディーはわからないのに、香りはちっとも薄れない。
2020年11月14日土曜日
うつろい #novelber day14
2020年11月13日金曜日
2020年11月12日木曜日
ふわふわ #novelber day12
雪の予報はなかったはずなのに、曇り空から白いものが降ってくる。庭へ出て、手のひらで受けてみると雪ではなく、ふわふわであった。これを、集めて丸めて玉にすると猫が喜ぶのだ。
2020年11月11日水曜日
栞 #novelber day11
最後のページをビリッと破いて、次に読む本の栞にする。そんな奇妙な癖があった叔母の遺した大量の「栞」を綴じて本を作った。物語たちの最後が連なり、新しい物語が生まれる。
2020年11月10日火曜日
誰かさん #novelber day10
2020年11月9日月曜日
一つ星 #novelber day9
2020年11月8日日曜日
幸運 #novelber day8
2020年11月7日土曜日
2020年11月6日金曜日
双子 #novelber day6
人形を作った。作ったのは一体だったが、「よし、出来上がり」と言った途端、二体に増えた。二体は本当にそっくりだけど、作る時に失敗した箇所をよくよく見てみると僅かに違いがある。もともと双子だったのだろう。
2020年11月5日木曜日
チェス #novelber day5
「ここでお待ちください」と通されたのは市松模様の床の、広い部屋。指示があるまで動くなと言われて退屈なので、その格子を数えてみたら、どうやら自分がチェスの駒になるらしいことに気が付いた。ポーン。
2020年11月4日水曜日
2020年11月3日火曜日
2020年11月2日月曜日
2020年11月1日日曜日
門 #novelber day1
2020年10月22日木曜日
2020年10月14日水曜日
2020年10月12日月曜日
2020年10月7日水曜日
2020年9月16日水曜日
2020年9月8日火曜日
2020年8月30日日曜日
2020年8月14日金曜日
手紙を書こう
通信の罰則がに軽微になったとはいえ、立派な身形の人のような「元旅人」は旅人の監視役を命じられたという。ただ、立派な身形の人は模範的な旅人だったとして、引き受ける旅人を選ぶことが出来たのだと、静かに語った。
「ありがとうございます。お礼を言うのも奇妙なことですが……」立派な身形の人は微笑むだけで言葉では答えなかったが、続けてこう言った。
「万年筆を返してもらいました。とても大切なものだったのです。二本ありますから一つ差し上げましょう。手紙を書くでしょう? 直ぐにでも」
そうだ。太ももにメモした若者の名前が消えぬうちに、今年の手紙を。
来年は、美しい人に。故郷に戻った美しい人の声を聴くにはどうしたらいいだろう。本当の声は挽肉を捏ねるような声ではないはずだから。
そして次の年は、オニサルビアの君に。老ゼルコバを偲んで、手紙を書こう。
2020年8月11日火曜日
監視する人
電話ボックスの扉を開けたのは、まさに立派な身形の人だった。
促されて受話器を渡す。
「この若い旅の者と赤い鳥の監視を只今より開始します」
立派な身形の人と暮らす家は、前に住んでいたところと目と鼻の先だった。すでに部屋は設えられ、立派な身形の人の住まいに相応しい家具や調度品が揃えられていた。
「年寄との暮らしは煩わしいだろうけれど、辛抱してください」
赤い鳥は、ただの赤い鳥になったが、立派な鳥籠を用意してもらって喜んでいる。
食事は交代で作ることになった。旅の影響だろう、ところどころ五感がおかしいのは戻ってすぐから気が付いてはいたが、料理はその確認には最適だった。
この感覚の変化は研究の対象にもなるということで五日に一度、ラボに通うことになった。ラボもまた、目と鼻の先にある。いや、真新しいラボだから「出来た」というほうが正確だ。どうしても移動をさせたくないらしい。
罪を犯して旅をすることになったとはいえ、いまやそれが罪というのは奇妙なことである。ただ貴重な経験をしたに違いないことは確かだ。
立派な身形の人と毎晩のように語り合っている。
通信に続いて移動が罪となった。次は何が罪になるというのか……。
2020年7月29日水曜日
一年に一通
心臓が跳ね上がる。
「年に一通だけ、便りを出せるようになった」
「旅がここで終わったのは、その制度変更があったためだ」
「年に一通だけ。そして、かつて消えず見えずインクの旅券を持っていた者は、生まれ育った町から離れられない」
それは、つまり??
あの立派な身形の人。旅の途中で自らの居場所を決めたあの人は?
「旅を途中で終えた者も、生まれ育った町へ戻される」
電話の向こうが答える。まるで脳内を読まれたようだ。
「そんな!」
思いがけず大きな声が出た。
「手紙が書けないよりも、もっとずっと重い罰ではないのか!」
通りを歩く人に一斉に注目されるのがわかった。
「そう、世界は変わりました。通信より移動の罪が重くなったのです」
聞き覚えのある声だった。
2020年7月25日土曜日
不変と変更
「かつて消えず見えずインクの旅券を持っていた者よ、聞こえているな」
青い鳥の声が話している。
「生まれ育ち長く暮らした町に戻ることが許された。罪の償いを終えたと認められた」
何か言わなければと思うが、うまく返事ができない。
「だが、以前と同じというわけにはいかないだろう」
「それはもう……気が付いている通り」
電話の向こうの声が変化する。これは、赤い鳥の声だ。
「何が変わり、何が変わらぬかは、我々も予想できない」
顏を上げると、赤い公衆電話に乗っているのは赤い鳥だった。
「久しぶり……」と呟くのに返事はなく、受話器の向こうの声は続ける。
「だが、変わったこともある」
2020年7月13日月曜日
終わりの予感
「消えず見えずインクの旅券を持つ旅の者よ、聞こえているな」
受話器から聞こえるこの声は?
「消えず見えずインクの旅券を持つ旅の者よ、受話器を消えず見えずインクに当てよ」
シャツを捲り上げ、消えず見えずインクのあたりに受話器を押し当てる。
「痛!」
一瞬だが強烈な痛みだった。何が起こっているのかよくわからないが、旅が終わる。終わらされることを確信し始める。
「消えず見えずインクの旅券を持つ旅の者よ、受話器を消えず見えずインクに当てよ」
次は腕にも当てろということらしい。もう一度痛みに耐えるための深呼吸をしてから受話器を腕に当てた。
「っく!」
ジュッと焼けるような音と匂いがした。匂い?
2020年6月26日金曜日
受話器を取るがよい
目の前に、見たことのある艶やかな赤い電話があった。旅の始まりの赤い公衆電話。
「戻ってきたのか?」
けたたましい音に心臓が跳ね上がる。電話が鳴るのを聞いたのは生まれて初めてである。
「消えず見えずインクの旅券を持つ旅の者よ、受話器を取るがよい」
青い鳥が重々しい声で言った。
受話器というものがこんなに重いとは知らなかった。どちらが耳側かわからないが、取った時に上だったほうを耳に当てるほうが自然だろうと思い、そうした。
「消えず見えずインクの旅券を持つ旅の者よ」
受話器から声が聞こえる。機械を通した独特の声でやや聞き取りにくいが、紛れもなく、肩に乗る青い鳥と同じ声だった。
2020年6月12日金曜日
時間に負けない速さで
突然時間が早回しになって、身体が振り回されるような感覚になる。
「急ぎましょう!」
穏やかな人が、机にしがみつきながら、きっぱりと言った。
「私が送ります」
砂浜に出た。
「全速力で走って。時間に負けないくらいに」
島を何周もした。こんなに速く走れたことはかつてなかった。今なら自己ベストタイムが出るだろう。この島の時間は当にならないが。
青い鳥の足が肩に食い込む。不思議と息は切れない。
島を一周するごとに穏やかな人の姿がぼやけていく。人の形ですらなくなって、残像のような、筋のようなものを認識するだけになった頃、声が聞こえた。
「しゃがんで!」
2020年5月22日金曜日
手書きだから
「背中にもあるはず」というと穏やかな人が、ゆっくりと背中に回る。
ゆっくりとではあるが、動揺が伝わってきた。不可避の別れを悟ったのだろう。
細い指が背中をなぞる。
「日付とIDと街と、罪が……読めます」
どうやら背中のインクのほうがよく浮かび上がっているようだった。腕の内側は、判読できない。己で見えるほうは読めないというのは、何か理由があるのだろうかと勘繰ってしまう。
「IDを、書き留めて欲しい」
読めないIDカードと太ももに。若者の名前の隣に。
そういえば、穏やかな人にカードを見せたことはなかった。なんと、ちゃんと読めるという。
「それでも、書いて欲しい」
穏やかな人が書いたものは、読める。
「同じ文字なのに」と穏やかな人は笑う。少し寂しそうに笑う。
この字を見るだけで、いつでもここの暮らしを思い出すことができそうだ。
「消えず見えるインクの旅券を持つ者あり! この者を然るべき儀式で送る者はおらぬか!」
初めのうちゆっくり唱えていた青い鳥だが、だんだんと早口になってきた。
2020年5月17日日曜日
見逃せない印
だが、少しずつ、素晴らしい時間にも疑問が湧いてくるのに気づき始めていた。暫くは気づかない付かぬふりをしていたが、このゆっくりゆっくりした時間と、この地下の安全な家、罪を背負った旅との乖離を無視できなくなってきた。
ここで旅を終わりにすることを何度も考えた。消えず見えずインクのことも、今なら有耶無耶にできそうに思えた。だが、そうはいかなかった。
「消えず、見える、インクの、旅券を持つ者、あり! この者を、然るべき、儀式で、送る者は、おらぬか!」
青い鳥が叫ぶ。
「消えず見えるインクの旅券を持つ者あり! この者を然るべき儀式で送る者はおらぬか!」
穏やかな人が目を見開く。
2020年5月8日金曜日
よい声になる
ゆっくりゆっくりしていると、本当にゆっくりと時間が過ぎるのは、もっと不可解だったが、心地のよいものだと気が付いてしまった。
穏やかな人とは、たくさん話をした。これまでの旅のこと、自分の罪のこと。
穏やかな人は、相槌も頷きもゆっくりで、笑みを浮かべるのも顔をしかめるのもゆっくりで、その整った眉や目が少しずつ変化していくさまに見惚れていると、穏やかな人はゆっくりと顔を赤くするのだった。
ゆっくりに慣れていくと、体もゆっくりになっていくようだった。心拍数も呼吸もゆっくりになって、爪や髪が伸びるのも遅くなった。
ゆっくりと落ち着いて話すのが常態となると、心なしか声も低くなった。穏やかな人は「よい声になった」と度々言うが、それを言われると声がうわずり、余計に恥ずかしくなるのだった。
2020年5月2日土曜日
香りに沈んだ船
ある島に不思議な木の欠片がいくつも流れ着いた。
手に取ると羽のように軽いのに、水に入れると沈む。そして、懐に入れていると、人肌で温められた木片から、たとえようのない美しい香りが立ち上ってくるのだった。
香り高いこの木片に魅せられた島の人々は、航海に出た。木片がどこからやってきたのか、どうしても知りたかったのだ。
港から港へ、「この木の正体を知る人はおらぬか」と尋ねて回る。訊かれた人もまた、香り高い不思議な木から離れがたくなり、旅に加わった。小さな島から始まった航海はいつしか大所帯になっていた。
あと犬一匹でも増えたら沈みそうなくらいに、船が人でいっぱいになる頃、木片とよく似た香りが漂い始める。船は香りのするほうへ進んだ。
よく栄えた港だった。港町には、人が溢れるように住む建物があった。もっとも強く香るその建物に向かって、陸に上がってもなお、船は進み続けた。住民から「要塞」と呼ばれるその建物に、船は静かに飲み込まれた。
英訳版 a ship sunk in scent
2020年4月19日日曜日
2020年4月13日月曜日
暮らしの知恵
穏やかな人は、ゆっくり、ゆっくり、お茶を注いだ。糸のように細く、お茶がカップに注がれている。
「こうして、ゆっくり、話したり、ゆっくり、動くことで、調整、しているのです」
外的な速度と、内的な速度
受動的な速度と、自発的な速度
というような言葉を思い浮かべる。
「バランスを、取ろうと、しているのですね」
「はい。ただ……それが、科学的に、正しいこと、なのかは、わかりません。習慣、のような、文化、のような、暮らしの知恵、のような、そういう類の、もの、です」
穏やかな人はスッと表情を変えた。
「例えばこうして早く喋ることだってできるのです。しかし一日中この速度で話していると一日が瞬く間に終わってしまうのです。ほら外を御覧なさい」
地下の家にぽかりと開いた天窓に、青い鳥が混乱した頃に昇った太陽は既になく、月が素早く横切った。
2020年4月11日土曜日
ただ速いわけではなく
「この、島の、ことを、説明するのは、難しいのです」
穏やかな人は少しだけ困った顔で言った。
「青い鳥は、自分の、声が、追いかけて、聞こえてくるのが、不思議、だったようです。そして、興奮、しすぎたのだと、思います」
そういうと、青い鳥も、目を覚まして、肩に乗ってきた。しっかりと掴まれた感触に安堵する。
話しているうちに、気持ちも落ち着いたのか、ゆっくりと話せるようになってくる。
「時間が、速い、のでしょうか。音速、波、太陽……でも、ただ速い、だけ、ではない、ような気が、します」
穏やかな人は言った。
「そうですね。ただ、速い、というわけではなくて、伸び縮みする、と言ったほうが、よい、かもしれません」
2020年4月5日日曜日
神様
「珈琲の超短編」井上雅彦賞(大賞)受賞
2020年3月27日金曜日
a ship sunk in scent (英訳版 香りに沈んだ船)
That was a long time ago, or another time.
A number of mysterious pieces of wood were washed up on a certain island.
It's as light as a feather in your hand, but sinks when you put it in water. And as I put it in my pocket, a beautiful scent rises up from a piece of wood warmed by human skin.
Fascinated by this fragrant piece of wood, the people of the island set out on a voyage. He desperately wanted to know where the piece of wood had come from.
He goes around from port to port, asking if anyone knows what this tree is. The person who asked also wanted to leave the fragrant and mysterious tree and joined the journey. The voyage, which began on a small island, soon became a large group of people.
As the ship fills up with people, a scent similar to that of a piece of wood begins to waft in the air. The ship advanced toward the scent.
It was a well flourished port. There were buildings in the harbor town that were filled with people. The ship continued on its way, even when it was on land, toward the most powerfully scented building. The ship was silently swallowed up by that building, which the inhabitants called a "fortress".
Japanese 香りに沈んだ船
2020年3月20日金曜日
どうなっているんで、すか
話し方と同じく、物腰もやわらかな人だった。
「ここは、これまで転移してきた、どこよりも、不思議なところです」
真似してゆっくり話そうとするが、興奮と混乱と、そしてやっと人に会えた安堵で、思うほどはゆっくり話せない。
「そうでしょう、そうでしょう。私の、家に、いらっしゃい。鳥さんも、一緒に」
青い鳥を抱きかかえ、ゆっくりの人に付いていく。歩くのも、ゆっくりだった。
太陽も月もあんなに速いのに、人はこんなにゆっくりなのか。
ゆっくりの人の家は、地下にあった。
その入り口は、島を一周しただけでは気が付かない、小さな穴だった。
地下の通路の向こうに、立派な扉があった。
扉の向こうは、広々とした家だった。すべてが整えられ、きちんとして、穏やかだった。
「この、島は、どうなっているんで、すか?」
2020年3月15日日曜日
鳥の墜落
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
青い鳥も青い鳥なりに混乱しているらしく、やめろと言っても人探しをやめない。
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
己の声が続いて聞こえるのが不思議で仕方なく、やめられないらしい。
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
混乱は混迷を極め、青い鳥はポトリと肩から墜落した。
「鳥! 鳥! 大丈夫か」
「鳥! 鳥! 大丈夫か」
「小さな、声で、ゆっくり、話すと、よいですよ」
と穏やかな声が背後から聞こえた。
2020年3月10日火曜日
2020年3月5日木曜日
波と歩く
ここが本当に島なのか、どのくらいの広さなのか、確かめるために。
それから、ひたすら砂浜を歩いた。
砂を踏む感触や音、波の様子におかしなところがないか、注意を払う。
青い鳥は肩の上で静かにしている。
砂浜の感触は、変わったところはなかったが、波が気になりだした。
ここに来てからずっと波を見て、波を聞いていたのに、気が付かなかったとは、不覚だ。
波が、速い。太陽が沈む速度、月が昇る速度が速いことに気が付いた時に、わかるべきだったのに。
「歩く」という自分のリズムが、波のリズムと違いに気づかせたのだろう。少し速足にしてみる。まだ波が速い。波に合わせて駆けてみると、すぐ×印に戻ってしまった。
2020年2月24日月曜日
せっかちな太陽と、月の勢い
2倍速、3倍速で沈んでいき、一気に深い闇がやってきた。街灯はない。
幸い、心細いだけで寒くはなかったので、じっとしていることにした。何も見えない中で動いてもよいことはないだろう。
波音だけの世界でじっとしていると、今度は満月が勢いよくのぼってきた。「月だ」と思ったら、もう高く冴え冴えと輝いている。
青い鳥は、月夜を浴びて、昼間とは別の美しさを見せている。
白い砂浜に移る自分の影と青い鳥の影を見て、少し歩いてみても大丈夫な気がして、立ち上がる。
「懐中電灯を与える者はおらぬか、なんて言わなくてもいい」と青い鳥によく言い聞かせながら歩き始めた。
満月に照らされながら、波打ち際を歩く。
2020年2月18日火曜日
夕暮れのない海
青い鳥が青い空と青い海のもとで、これ以上ないくらい青い羽を輝かせながら、朗々と呼びかける。
が、広すぎる空と海、風と波音にその声はさらさらと吸い取られていく。
なにしろ、人の気配がない。
「人がいないようだから、無理に喋らなくてもいい」
と言うと、青い鳥は存外に素直に黙った。
日差しを避けるものが全く見当たらない。あっという間に肌が焼けそうだ。サングラスか帽子があれば助かるのも確かだが、この独りぼっちも、悪くない心持ちだった。
波が来そうでこないあたりに腰かけて、ずっと海を見ていた。いくらでもこうしていられるような気がした。もうずっと、人の世話になりっぱなしで、鳥の世話にもなりっぱなしで、こうしてぼんやりするような時間は久しぶりなのだと気が付いた。
どれだけ経ったのかわからない。少し日が傾いてきたか?と思ったら、あっという間に夜になってしまった。
「夕暮れ」が、短すぎる。
2020年2月6日木曜日
色眼鏡
このままこうしていたいと思ったけれど、それはあっという間に終わってしまった。
目を開けると、目の前は海だった。 波打ち際にいる驚きの前に、身体を点検した。
心地よかったとは言え、炎の中に入ったのだ。
火傷する暇は本当になかったようだ。
肌も服も、焦げ跡ひとつ見つからなかった。
肩に留まっている青い鳥もしげしげと見てみたが、無傷だ。青い鳥の美しさに初めて気が付いた気がする。こんなに輝く羽の持ち主だったのか……。
目の前の海も眩しすぎるほどの青い海。大きな波音。鳥も負けずに青さを主張している。
腕まくりをする。暑い。眩しい。ここは南の島なのだろうか。
「サングラスが欲しい」と呟くと、すかさず青い鳥が叫ぶ。
「消えず見えずインクの旅券を持つ者に、色眼鏡を与える者はおらぬか!」
2020年1月26日日曜日
火傷する暇
初めて転移したときの電話ボックスの、鮮やかで真っ赤な電話を思い起させる赤だ。
「この赤は、見覚えがあります」
というと、若い家主は頷いた。委細承知、という顔だった。
青い鳥はもう叫んではいない。すぐにでも暖炉に飛び込みそうなくらいにうずうずしているが、こちらは暖炉の炎の中に入るのを躊躇う気持ちが抑えきれない。
「熱いんでしょうね。火傷しそうです」
と気弱に言うと
「その心配はいりませんよ。薬をやめて、時間も十分に経っただろうから……この炎の感触は、あなたにとって炎ではないはずです。それに、火傷する暇もなく転移が行われるので、痛くも痒くもなりません。大丈夫」
その「大丈夫」は本当に、確信に満ち、尚且つ笑顔の「大丈夫」だった。この先、この「大丈夫」を何度も思い返すだろう、と思った。
「では……ありがとうございました。お医者さん一家にもよろしくお伝えください」
若者の名をそっと思い返しながら、暖炉に足を踏み入れた。
2020年1月16日木曜日
小さくメモして
「消えず見えずインクの旅券を持つ者あり! この者を然るべき儀式で送る者はおらぬか!」
ノックする前から青い鳥が叫んでいるので、家の主はケラケラと笑いながら出てきた。
「いらっしゃい!」
若者と同い年の友人なのだという。
「ペンを貸してくれませんか」
中に通されてすぐに言うと、一瞬顔を曇らせたが、すぐに事情を察したようだった。
「油性ペンがいいですよね」
どうしても忘れたくなかったから、自分のサイン入りカードと太ももに、小さくメモした。自分のサインは読めないのに、若者の名前は書けるのが、我ながら頓珍漢な気分だ。皮膚に走る油性ペンは、少し痛い。
「アイツの名前、よい名でしょう?」と赤い屋根の家の主が言う。声にならないように、口の中でその名を転がしてみた。本当に、いい名前だ。
「いいんですね。未練はありませんか」
「未練だらけです。でも、もうここには居られないと、わかってしまった」
こちらへどうぞ、と案内されたのは、立派な暖炉だった。
2020年1月14日火曜日
ハグ
どんなに頼んでも青い鳥が唱え続けているので、食事の間は別室に移した。
低く響く鳥の声はわずかだが食堂にまで届き、最後の食事はそのたびに少しずつ冷めていくような心地がした。
翌日、若者の案内で町に出た。主治医からは勧められたが、最後の薬は断った。時とともに触感が変容していく。心地よいものではないが、感じておきたかった。落ち葉を拾うと、プラスチック片のように感じた。そっとポケットにしまった。読めない文字のサイン入りカードとともに。
「次の町かその次の町か……とにかく、いつかはIDがわかって、名前も思い出せたほうがいいと思うのです」
「もしかしたら、次の町に行ったら、カードのサインも読めるようになっているかもしれない」
「そうなったら教えてほしいけれど……手紙が無理なんだから、どうしようもない」
と若者の声には怒りが含まれていた。
「あの角を曲がって、赤い屋根の家に行ってください。……さようなら、どうぞお元気で」
不意に、若者に抱きつかれた。抱きしめ返すと、毛布のように暖かくやわらかかった。
「……」
耳元で囁かれたその名前を一生忘れないと決めた。
2020年1月7日火曜日
最後の晩餐をしよう
久しぶりに聞く青い鳥は以前にも増して、威厳があった。
主治医も、その息子も、その有無を言わさぬ態度に圧倒されているように見えた。
「どうやら、お別れの時が近づいてきたようです」
青い鳥の堂々とした態度とは対照的に、小声になってしまった。
よくしてくれた家族に碌な礼もできず、名前も訊けず、自分の名前もわからないまま、ここを去らねばならぬのだ。
「転移させてくれる人に心当たりがあります」
と若者が言った。心なしか声が震えているような気がしたが、それについて何か言ったり考えたりすれば、たちまち涙が出てきそうなので、黙っていた。
「……明日、明日まで待ってもらえませんか。最後にもう一度家族で食事をしましょう」
そう言ってくれたのは、若者の父であるところの主治医である。彼は、青い鳥に懇願しているように見えた。