2020年1月16日木曜日

小さくメモして

石畳を歩くような感触の芝生を歩き、赤い屋根の家に着く。
消えず見えずインクの旅券を持つ者あり! この者を然るべき儀式で送る者はおらぬか!」
ノックする前から青い鳥が叫んでいるので、家の主はケラケラと笑いながら出てきた。
「いらっしゃい!」
若者と同い年の友人なのだという。

「ペンを貸してくれませんか」
中に通されてすぐに言うと、一瞬顔を曇らせたが、すぐに事情を察したようだった。
「油性ペンがいいですよね」

どうしても忘れたくなかったから、自分のサイン入りカードと太ももに、小さくメモした。自分のサインは読めないのに、若者の名前は書けるのが、我ながら頓珍漢な気分だ。皮膚に走る油性ペンは、少し痛い。

「アイツの名前、よい名でしょう?」と赤い屋根の家の主が言う。声にならないように、口の中でその名を転がしてみた。本当に、いい名前だ。

「いいんですね。未練はありませんか」
「未練だらけです。でも、もうここには居られないと、わかってしまった」
こちらへどうぞ、と案内されたのは、立派な暖炉だった。