2020年1月14日火曜日

ハグ

「消えず見えずインクの旅券を持つ者あり! この者を然るべき儀式で送る者はおらぬか!」

どんなに頼んでも青い鳥が唱え続けているので、食事の間は別室に移した。
低く響く鳥の声はわずかだが食堂にまで届き、最後の食事はそのたびに少しずつ冷めていくような心地がした。

翌日、若者の案内で町に出た。主治医からは勧められたが、最後の薬は断った。時とともに触感が変容していく。心地よいものではないが、感じておきたかった。落ち葉を拾うと、プラスチック片のように感じた。そっとポケットにしまった。読めない文字のサイン入りカードとともに。

「次の町かその次の町か……とにかく、いつかはIDがわかって、名前も思い出せたほうがいいと思うのです」
「もしかしたら、次の町に行ったら、カードのサインも読めるようになっているかもしれない」
「そうなったら教えてほしいけれど……手紙が無理なんだから、どうしようもない」
と若者の声には怒りが含まれていた。

「あの角を曲がって、赤い屋根の家に行ってください。……さようなら、どうぞお元気で」
不意に、若者に抱きつかれた。抱きしめ返すと、毛布のように暖かくやわらかかった。
「……」
耳元で囁かれたその名前を一生忘れないと決めた。