黒猫は少女に尻尾を掴まれた時、逃げてもよかったのだ。だが、黒猫は逃げなかった。少女の手に掴まれた尻尾自身が、逃げることを拒んだ。尻尾は、愉しんでいた。愉快がっていた。黒猫は、愉快を初めて知った。
ハサミでパチンとやられた時も、尻尾は身をよじって笑っていたから、黒猫は少しヒゲが痒くなった。少女に頬擦りをして誤魔化したが、それが恥ずかしかったからと気付いたのは、しばらく後のことだ。
少女は、キナリというらしい。
「猫、名前は?」
〔ヌバタマ〕
「変な名前」
〔あんたもな〕
見上げると、少女よりも真剣な表情で、月がこちらを覗き込んでいた。