少女は石造りの古い教会に入ってみたくて仕方がない。少女が生まれるずっと以前に閉鎖された教会である。人気のない教会は薄汚れ、町の中心に在りながら暗く重苦しい雰囲気を漂わす。だが、同時に堂々とした威厳を今も尚感じさせるのだ。
どうやら少女は、廃墟だからこそ、その存在に圧倒され、魅了されているらしい。黒ずんだ石段を大股で昇り、開かないとわかっている扉にしがみついて中を覗きこむ。何度覗こうと何も見えないことも、もちろんわかっている。
尻尾を切られた黒猫は、一度だけ教会に入ったことがある。裏の通風孔を通って中に入ることができたのだ。
外から覗いた時には、真っ暗だったはずなのに、教会の中は輝きに満ちていた。大勢の天使に迎えられ、黒猫は自由に中を散策することを許された。
真っ白なマリア像に見守られながら、広い教会内を歩いた。天井はひたすらに高く、どんな小さな音もよく響く。黒猫は生まれて初めて己の足音を聞いた。
まもなく黒猫は、黒いものが己だけであることに気付く。こんなにもまばゆい光の中にいるのに、そこに影がないのだ。
〔ここにあるのは、まやかしの光だ〕
「中は真っ暗だよ?」
見えないから惹かれることもあるのだ、と黒猫は考える。