「昔な、」
とちょっと赤い顔になった親父が言い出したので、またいつもの昔語りが始まったと思ったら、そうではなかった。
「ビールを飲み始めると必ず会う男がいたんだ。最初に会ったのは、どこだったかなぁ。新宿……いや、代々木だったかなぁ。まぁ、ビールを飲んでいて隣の奴と意気投合、話が弾んだのがそいつだった。背の高い男だったな。優男なんだが、よく飲むんだ。たまたま隣合っただけの奴だと思っていたのに、それからしょっちゅう会った。どこの飲み屋でも。あぁ、田舎のパブで会った時にはさすがに驚いたよ。出張で、なんて言ってたけどどんな仕事かは話そうとはしなかったな。で、俺がウィスキーなんか始めると、いつの間にかいなくなっちまうんだ。どんなに話が盛り上がっている時でも。店のママやバーテンに訊いても、あらまぁ、って言いながらニコニコするだけなんだ。どこの店でも、全く同じ。みんなニコニコするだけで、突然居なくなるあいつにも店員にも毎度腹が立ったね。おかしな奴だったよ」
あいつ元気かなぁ、と親父は呟いたけれど、そういえば俺は親父がビールを飲むところを見たことがない。