2002年11月30日土曜日

ココアのいたずら

「今夜は冷えますな。暖かいものが飲みたい」
「うちへ寄っていきませんか?ココアでも飲みましょう」
「ココア……それは面白い。お邪魔しましょうか」
お月さまがなぜ「面白い」と言うのか、わからなかった。
なぜならそう言ったお月さまの顔はちっとも「面白い」ように見えなかったのだ。
とにかく家にあがってもらい早速熱いココアを作った。
お月さまは「おいしい」と言ってくれたが震えていた。
私も一口飲むと一度脱いだ外套を慌てて着た。
「暖まるためにココアを飲むと、ココアはひがむことがあるんですよ」

2002年11月28日木曜日

THE MOONMAN

少年は月を眺めるのが大好きだった。
彼の部屋の小さな窓から月が去るのをひとしきり惜しんでから、ようやく少年はベッドに向かうのだった。
ある晩、月から一本のロープが垂れているのに気が付いた。
するとそのロープを伝って男が下りてくるのが見えた。
それは一瞬の事だったけれども、彼は疑いは微塵も持たなかった。
「あのおじさんはどこに行くのだろう。ぼくに会いにきてくれないかな」
坊や、月のおじさんはこれからお酒を飲みにいくんですよ。
坊やに「目撃」されたことを肴にね!

2002年11月27日水曜日

月をあげる人

「では、おやすみなさい」
『スターダスト』からの帰り、いつもの場所でお月さまと別れる……振りをする。
今夜はこっそりお月さまの後を尾行しようと決めたのだ。
お月さまはこちらには気付かない様子でスタスタと歩いていた。
しばらく歩くと小さな家に入っていった。
『黒猫の塔』だ。
家の前で待っていると、なんと煙突からお月さまと知らない小男が出てきた。
小男は手に何か持っている。パチンコだ。
私は街灯の蔭に隠れ見守った。
お月さまは小男のパチンコから飛んでいった。
小男はこちらに向かって小さなVサインをして見せた。

2002年11月26日火曜日

水道へ突き落とされた話

悪臭と轟音に目覚めた時、自分がどこにいるのか分からなかった。
見上げると満月が明るく、まだ夜中なのだと思った。
数秒もしない内に現実に気付く。
月なんかじゃない!あれはマンホールだ!ここは水道だ!
そうだ。あのマンホールから何者かに突き落とされて気を失っていたのだ。

「マンホールからの光を私と間違えた、ですと?けしからんな」
夢の話だと言っているのに、なかなかお月さまは許してくれなかった。

2002年11月25日月曜日

はたして月へ行けたか

「さてと。では行ってくるよ」
行き先は?と聞いたら「ちょっと月まで」なんて便所にでも行くような口振りで友が出て行った日は、今日と同じような落葉も濡れる秋の雨の晩だった。
「月、出てないじゃないか」としか言えなかった俺も馬鹿だったがお前はもっと馬鹿だったよ。

となりで飲んでるお月さまにお前の消息を聞けずにいる俺は二十年経っても、やっぱり馬鹿なままだな。

2002年11月23日土曜日

星におそわれた話

外に出るといきなり羽がい締めにされた。
相手の顔は見えないがすごい力だ。
「おい、おまえ。昨日オレの友達を食べただろう」
「何のことだ!」
「……チッ。月に聞いてみるんだな」
強く背中を殴られ、苦しんでいるうちに相手は消えてしまった。

「申し訳ない。奴らの中には気が荒いのもおるのです」
「では、本当にきのうのパンに入れた星の仲間だったんですか!」

2002年11月22日金曜日

星でパンをこしらえた話

「食べてみてください。私が作りました」
お月さまは紙袋からパンを取り出した。
私と『スターダスト』のマスターは興味津々で手を伸ばした。
パンを食べて驚く我々を見てお月さまは得意気に言った。
「作り方をお教えしましょう。材料は私が用意しますから」

翌日、開店前の『スターダスト』にお月さまは荷物を抱えてやってきた。
「活きのいい星をたくさん持ってきましたよ!さぁパンを作りましょう!」
新鮮な星は暴れるので粉にするのは難儀だったが、おかげでたくさんのパンが焼けた。さて、このパンを誰と食べようか?

2002年11月21日木曜日

自分を落としてしまった話

家に帰ると部屋に白い箱があった。
中を覗くと、小さな白い箱を覗いている小さな人がいた。
その人を摘みあげるのと同時に自分も宙に浮いた。
恐怖のあまり摘んだ人を落としてしまった。
私は床に強く叩きつけられた。
見上げないほうがいい
見上げてはならぬ。

2002年11月20日水曜日

ガス燈とつかみ合いをした話

「前から気になってたんだが、おたく独り言が多いよ。黙って聞いてりゃ人の悪口ばかり言いおって」
そんな声が聞こえて見回したが誰もいない。
「誰だか教えてやろう、あんたの右側にいるガス燈だよ」
私はガス燈につかみかかったが、びくともしなかった。
明くる朝、白いお月さまにこの話をしたら
「黒猫にはご用心」
とあくびしながら応えた。
すると黒い影がすっと横切った。
「本当だ!」
例のガス燈は三日寝込んだらしい。

2002年11月19日火曜日

星?花火?

「昨日の夜、バーン バーンってうるさくってさあ。こんな寒いのに花火ってことはないと思うんだけど」
そんな話し声を耳にして、昨晩の出来事をよく思い出してみる。
確かに音が聞こえたけれど、もう布団の中で眠りかけていたからあまり気にならなかった。
どこかの若者が、花火でもやっているのかと思ったから。
何時間後かわからないが、そのあとフト目が覚めた時、部屋がやけに明るくて、窓を開けてみたらキラキラ輝くゴミが降っていた。
ちり紙とか、ラジオとか。ちびた鉛筆とか、底抜けの鍋とか。
とても綺麗だったので、そのあと15分くらいそれを眺めた。
「バーン」という音は、ずいぶん遠くで聞こえたから、たぶんそこでも数時間後にゴミが降るのだろう。
そんなイタズラをするのは、流星と黒猫に決まってる。
でも、それは誰にも言わないでおこう。信じてくれる人はいない。
なにせ、降ってきたゴミは朝にはさっぱり消えていたから。

2002年11月18日月曜日

TOUR DE CHAT-NOIR

「黒猫の塔」と呼ばれる場所がある。
しかし、それは「塔」と呼ぶのが恥ずかしいような小さな建物で、なぜそれが「塔」なのかは判らなかった。
「あのうち、何て呼ばれているか、ご存知ですか?」
『スターダスト』からの帰り道、散歩がてらの遠回りお月さまに聞いてみた。
「黒猫の塔、でしょう?もちろん知っていますよ。私がそう呼んだのだから」
私が少し驚いた顔をしたのを見てお月さまは微かに笑った。
「黒猫について入ると、延々階段が続きましてね。それはもう、息が上がってしまって。ひどい目に合いました」
「黒猫がいない時は?」
「ただの空家。 入ってみますか?」
そのとき、ちらりと二つの光が見えた。
「……遠慮しておきます」
今度はとても愉快そうに笑った、お月さま。

2002年11月17日日曜日

AN INCIDENT IN THE CONCERT

いくら照明が落ちていると言っても、突然訪れた闇に観客は少なからず動揺し会場内は騒然となった。
しかし、ピアノは何の躊躇いもなく調べを奏で続けている。
むしろ先刻までより生き生きと。
それに気付いた一部の観客がステージの方を見つめる。
やがてほかの大勢も闇に慣れるにつれて落ち着きを取り戻す。
いつのまにか月明かりを頼りに全員がピアニストを黙って見つめていた。

「あのピアニストは猫なんだって」
「まっくらな中で、確かにしっぽが揺れるのを見たんだとさ!」
小さな町のうわさ話。

2002年11月16日土曜日

星を食べた話

「いらっしゃいませ。今晩は星屑シャーベットをお召し上がりください」
「星屑シャーベット?」
「本物の星屑のシャーベットです。年に一度しか手に入らないので本日限定、です」
そういって『スターダスト』のマスターは小さなガラスの器を出した。
薄暗い店の中でも、キラキラと眩しくほんのり酸味の利いたシャーベット。
「冬にシャーベットじゃあ、嫌がる人もいるでしょう?」
「私も色々と試してみたんですが……温めるとそれはもう、まずいんです。びっくりするくらい」
「へえ! 星屑ってどうやって手に入れるの?」
「これは、秘密なんですが……。うちの冷凍庫に出現するのです」
小さな器に乗ったシャーベットは、ほんの数口で食べ終わった。
「それはすごい!よくこれが星屑だとわかりましたね」
「それはお月さまが、こっそり」
「なるほどね」

マスターはそわそわと口を開いた。
「それで、シャーベットはどんなお味でしたか?」
「え?甘酸っぱくておいしかったよ」
「このシャーベット、食べる人によって味が変わるんです」

2002年11月15日金曜日

箒星を獲りに行った話

ラジオから「箒星情報」が連日流れている。冬になると皆必死だ。
「本日ぽんぽこ山方面に出現するとみられます。捕獲に向う人は火箸を忘れずに。みなさまからの箒星情報もお待ちしています。FMアポロ!05-25#まで」
ぽんぽこ山は歩いて行ける。すぐに重装備で出かけた。

「そんな格好でどちら迄ですか?」
「あ、今晩は。箒星を探しに行くところで」
「箒星!そんなのいくらでも差し上げますよ!あんなものどうするんです?」
「火鉢の火種にするのですよ」
お月さまは最高品質の箒星をくれた。喜ぶ私を怪訝そうに見ていたが。

2002年11月13日水曜日

月光密造者

「今日の満月はいつもに増して綺麗ですなァ」
「いかん。またあいつらの仕業だ。……一緒に来ますか?」
お月さまがそう言うのでわけもわからず付いていくと廃墟のようなビルに着いた。
「静かに。ここがあいつらのアジトです」
お月さまにつられてヒソヒソ声で尋ねる。
「どんな奴らなんですか?」
「まあ、見ればわかりますよ」
音を立てぬよう、革靴を脱いで階段を上り屋上へ。
フライパンような形のものがついた装置を月へ向け巨大な鉛筆のような装置からは光が飛んでいる。
「あれで月光を吸い取り、かわりにニセモノの月光を作っているのです」

2002年11月12日火曜日

雨を射ち止めた話

お月さまが言った。
「今度、雨降りの晩に手でピストルを作って雨を射ってごらんなさい。」
すっかり忘れていたのだが、冷たい雨の日の帰り道にふと思い出した。
腕を伸ばし親指を立て人差し指を空に向ける。
「バーン」

カランコロン
「痛っいなー」
雨降り小僧は小さなビンに入っていた。
「あっれー?照照坊主じゃないんだぁ。あはっ!」
雨は雨のくせに陽気だった。

2002年11月11日月曜日

なげいて帰った者

クタクタな帰り途、黒猫が近寄ってきたと思ったら、それは母親だった。
ひとしきり親不孝をなじられ、また黒猫に戻って垣根の向こうに消えていった。
『スターダスト』に寄ってお月さまにこれを打ち明けたが、聞いてもらえず
月の悪口を言う者がいた、とひどく愚痴っぽいのでうんざりした。
酔ったお月さまを置いて店を出て、帰り道の街灯に泣き付こうと思ったがランプの切れかけた街灯は不機嫌だった。
結局、自分の靴に愚痴を言いながら帰った。
まぁ彼らは、今日の私をすべて承知だけれども黙ってコツンコツンと相づちを打ってくれた。

2002年11月10日日曜日

ポケットの中の月

お月さまに「ポケットに入らせてくれないか」と言われた時は仰天した。
返事をするまでもなくお月さまは、私の外套の右ポケットの中に入り、その途端月明かりはなくなった。
満月の夜空は晴れているのに突然暗くなり、人々は少なからず驚いた。
その様子を察してポケットの中で月ははしゃいだ。
なにやら焦げ臭くなり、ポケットに目をやると煙が出ていた。
右ポケットには煙草とマッチが入ったままだったのだ。
慌ててポケットを叩き火を消すと真っ黒に煤けた月が出てきた。

後日新しい外套を贈ってくれたが、それはとても着られたものではない。

2002年11月9日土曜日

霧にだまされた話

角を曲がると濃い霧がかかっていた。
霧は白い壁のようであまりにも不自然だったので何度も行ったり来たりうろうろとした。
そうするうちに、ついに約束の時間を過ぎてしまった。
古い友人と会うことになっていたのだ。

「そりゃあ君、霧にだまされたんだな。他のひとは普通に通り過ぎてただろう?」
「そんな、馬鹿な」
「正確に言えば、月の仕業だ。黒猫といっしょになって夜のうちにあちこち悪戯をしかけておくのさ」
まったくお月さまのやることときたら!

2002年11月8日金曜日

キスした人

『スターダスト』の前の道で、お月さまが誰かと熱い接吻を交わしているのを目撃してしまった。
とても熱烈だったので、こちらが赤面し、そそくさと店に入り、〔ブルームーン〕を頼む。
しばらくしてお月さまが隣に座った。
「見苦しいところをお見せしました。おや、ブルームーンですな。ではわたしは……〔エンジェルキス〕を」

「ずいぶん甘いのがお好きなんですね」
今のはちょっと嫌味が過ぎた。
「いやいや。実は、先ほどの相手は天使なのです」
「え?」
「彼らは私のキスが必要でしてね」

2002年11月7日木曜日

押し出された話

帰ってくると家の塀に不自然なくらい真ん丸い穴が空いていた。
こどもなら通れそうな大きさである。
「これはどうしたもんかな。とにかく直してもらわなけりゃ」
しゃがみこんで穴をしげしげと観察していたら、後からぐいぐいと押し込まれた。
いくらなんでも大人の私が通れるはずもない。
身体はちぎれそうなのに容赦なく押され気が遠くなりかけた。
ようやく押し出され顔を上げると知らない月が見えた。

「ご苦労さまでした。今夜は私の後ろ姿をお目にかけようと思いまして」

2002年11月6日水曜日

はねとばされた話

「今晩、我が家にいらっしゃいませんか?」
『スターダスト』で顔なじみの男に誘われた。
なにやら珍しいものを見せてくれるという。
店を出てしばらくして
「失敬」
と男が言った。
ハテナと思う間もなくポーンと男に蹴飛ばされた。
頭がぐるぐるとして、弾むように着地した。
蹴られたら本当にボールになってしまったのかもしれない。

「驚かせてしまいました。ここが私、です」
「ああ。ちょっと驚きましたけど……。お邪魔します」
まだ目が回っている。
「ほら、御覧なさい。あなたには珍しいでしょう?」
振り返れば青い星。

2002年11月5日火曜日

突き飛ばされた話

洗濯物を取り込むのを忘れていたので、日が暮れてからベランダに出たらベランダの柵がなくなっていた。
あんまり驚いて立ち尽くしていたら、何者かに突き飛ばされた。
激しい落下感が続いた後、目を開けるとベランダにいるので
「誰だ!」
と言ったらまたドシンと突き飛ばされた。
目を開けたらまたベランダにいたのでもう一度
「誰なんだ?」
と言ったらまたドシンとやられた。
今度は目を開けたままだったので、何も起こっていない事がよくわかった。
つまり何も起きてはいなかったということだ。

2002年11月4日月曜日

黒猫のしっぽを切った話

ふと気配を感じて窓に目をやると黒猫が網戸にへばりついていた。
「わたしのしっぽを切って欲しいのです」
しっぽを切る……?
「……えー。しっぽ切るって、ほらトカゲじゃないんだし痛いでしょう?それにぼくが切らなくても、ねぇ?」
「はさみを持って来て下さい」
震える手ではさみを探し出す。
猫が舐めるとはさみは倍の大きさになった。
「これはこのためのはさみなのです。
さぁ、時間がないのです。急いで!……早く!」
目をつむりエイ!とはさみを閉じた。
豆腐なような感触。目をあけるとしっぽは消えていたが、四十年振りの星空が現われた。

2002年11月3日日曜日

SOMETHING BLACK

「夜はなぜ妙な気分になるのでしょう」
『スターダスト』のマスターがぽつりと言った。今夜は客が少ない。
こんな時は異国の顔を持つマスターとゆっくり話ができる。
「妙な気分というと?」
「人恋しくなったり、心静かになったり、泣きたくなったり」
「夜の種には気分の成分が入っているのです」
そう言ったのは風変わりな、やはり常連の男だった。
パイプを取出し手で擦ると黒い粒がコトンと現れた。
「それが夜の種、ですか?」
「さよう」
黒い粒を両手でぱちん!と潰した。
「孤独の種」

2002年11月2日土曜日

IT'S NOTHING ELSE

「まばたきをするたびにさ、なにかひとつ消えてるんだよ」
「でも、みんなまばたきは毎日何回もしてるじゃないか」
「それでも世の中にはいろんなものがある、て言いたいんだろう?ふふふ ないものまで見えてるのさ。実に都合良くできている」
次の一瞬間、世界の美しかったこと!

2002年11月1日金曜日

ある晩の出来事

『スターダスト』からの帰り道、
月明かりでいつもより影が濃いのに気づいた。
しばらく影を気にしながら歩いていると
「俺を気にするなんて何十年ぶりだろうな」
と影が言った。
「確かに、最近は影なんて気に留めなかった……」
返事をしたのが悪かった。まさかこんなことになるなんて。
終バスの排気ガスで咽た。涙が出た。