2008年7月21日月曜日

ゆかりの色に

 娘は、男に恋をした。はじめての恋、本当なら抱くはずのない恋心。彼女は修道女だった。
 相手は書生だった。修道院で暮らす娘が、どこでどうして書生と出逢ったのかは定かでない。娘が想いを打ち明けると書生は真っ直ぐに娘を見据えた。
「あなたは立派なシスターになるのでしょう?僕なんかに構っていてはいけませんよ。さあ、修道院にお帰りなさい」
 どんなに諭されても娘の胸はときめくばかりだった。
 ある日の夕暮れ、娘が書生の部屋を訪ねてきた。黒い大きな帽子を深く被り、淡い紫色のワンピース姿の娘は、帽子のつばを上げて顔を出すと言った。
「修道院を出てきました。もう戻りません」
 娘は書生の首に腕を回し、聢と抱きついた。
「やっと、あなたに触れることが出来ました」
 目を潤ませ、唇を押し付ける。
 書生は初めて味わう蜜を夢中で啜った。ワンピースの裾から手を入れることさえもどかしい。慌しく腰を引き寄せ、脚を絡ませる。
 あくる朝、書生は起きてこなかった。一番に起きて屋敷の掃除をする書生が、朝飯の時間になっても現れない。訝しんだ手伝いの婆さんが様子を見に行くと、すでに事切れていた。藤の蔓で首を締められ、花が口一杯に詰め込まれた姿で。

 月高川のほとりに藤が美しい教会がある。墓地の一角にあるその藤棚は、若くして死んだ男の墓に巻き付いた藤を棚に仕立てたものだという。五月になると紫色の花房が小さな墓を覆うように垂れる。
 夕刻、教会の鐘が鳴り響くと藤の花はふるふると震え、若者の墓に蜜を滴らせる。