初めて歯が抜けた日のことさ。その夜は嬉しくてその歯を握り締めたまま眠ったんだ。夜中に目が覚めて手をそっと開くと、ちゃんと歯はあった。歯のなくなったぶよぶよの歯茎を舌で、さっきまでそこに生えていた歯を手で弄んだ。そうしているうちに歯が話かけてきんだ。
「ねえ、あっくん。外に行こうよ。神社で遊ばない?」
ちょっと驚いたけど、誘いに乗った。神社の境内は公園になってるんだ。
歯を握り締めて、そっと布団を抜け出した。サンダルは音が出るから裸足のままで外に出た。真夏のアスファルトは夜でも熱いんだね。
神社には、ひまわりがたくさん咲いていた。夜のひまわりは昼間より眩しくて「夜なのに」と言ったら「夜だからね」と歯が言った。
「ひまわりにぶつけてよ。真ん中狙ってさ」
言われるままに歯をひまわりに投げつけた。歯は地面に落ちても「ここだよ」と言うからすぐに見つかる。拾っては投げ、拾っては投げ。ちょうど真ん中に当たると、ギュエッと叫んでひまわりは消えた。その度に嫌な匂いがするけれど、僕も歯も大喜びで「ストライク!」とか「命中!」って叫んだ。
最後のひまわりになると、急に怖くなった。すっぱい唾が口に溜まってきた。このひまわりが消えたらどうなるの?歯には聞けない。「早く最後のやつ、やっつけちゃえよ」
手の上で飛び跳ねている歯に急かされた。
「いやだ」と言ったら、歯は動かなくなった。その歯を握り締めて、走って家へ帰った。
次の日、神社は大騒ぎだった。あちこちに血が飛び散っていた。夜中に神社の前を通って怪我をした人が大勢いたんだって。あの嫌な匂いは血の匂いだったんだな。ひまわりは大きいのが一輪だけ咲いてたよ。訳知り顔で見下ろされているみたいだった。
見て、ここ。握り締めてた歯が左の手のひらに刺さっちゃって、ずっとそのまま。
ビーケーワン怪談投稿作