お隣のおヨネばあさんたら夏は涼しそうな顔してるし、冬はぬくぬくそうな顔してるし。
でも家にエアコンなんかないんだよ。
「ねえ、ヨネちゃん」
「なあに?まゆちゃん」
年の差八十の会話。
「ヨネちゃんさ、なんで涼しそうな顔してるの?今日は三十八度もあるんだよ。なんかヒミツがあるんでしょ」
おヨネさんは声にならないこえでヒッヒッと笑い着物を脱いだ。
しなびたおっぱいよりすごいものが出てきた。背中についたポケット。
「ここにひゃっこい水が入ってるんだ」
「いいなー、まゆも欲しい!」
「八十年早い!!」
2004年7月31日土曜日
2004年7月29日木曜日
台風が来たので
台風が近付いていたあの晩、ぼくは七歳だった。
雨がガラス窓に打ち付けられる様子にぼくは震えた。
ぼくは布団から這い出て大きなポケットのついたズボンを履き、ベランダに出た。
風雨はまたたくまに全身ずぶぬれにした。
窓に強くぶつかり、すでに事切れている者もいくつかあった。
ぼくは雨にまざって時折落ちてくるそれをすぐに見分けられるようになった。
落ちてくるそれを握り潰さないように掴み、ズボンのポケットに入れていく。
助けてもタカが知れているのはわかっていた。
でも見殺しにはできなかった、七歳の夏の夜。
雨がガラス窓に打ち付けられる様子にぼくは震えた。
ぼくは布団から這い出て大きなポケットのついたズボンを履き、ベランダに出た。
風雨はまたたくまに全身ずぶぬれにした。
窓に強くぶつかり、すでに事切れている者もいくつかあった。
ぼくは雨にまざって時折落ちてくるそれをすぐに見分けられるようになった。
落ちてくるそれを握り潰さないように掴み、ズボンのポケットに入れていく。
助けてもタカが知れているのはわかっていた。
でも見殺しにはできなかった、七歳の夏の夜。
2004年7月28日水曜日
ソフトクリーム
「あの、落としましたよ」
「これはこれは。ご親切にありがとう」
ぼくがおじさんの背広のポケットから落ちたものを拾って渡すと、おじさんはとてもうれしそうに笑った。
「変だと思うかい?坊や。こんなおじさんが人形をポッケに入れて歩くなんて」
ぼくはうなずく。
おじさんがポケットから落としたのは赤茶色の毛糸を三つ編みにした、綿入れのお人形だった。
「お礼にごちそうしよう」
おじさんはソフトクリームを三つ買ってひとつをぼくにくれた。
そしてひとつをお人形が入っているポケットに突っ込み、最後のひとつを自分で舐めた。
「これはこれは。ご親切にありがとう」
ぼくがおじさんの背広のポケットから落ちたものを拾って渡すと、おじさんはとてもうれしそうに笑った。
「変だと思うかい?坊や。こんなおじさんが人形をポッケに入れて歩くなんて」
ぼくはうなずく。
おじさんがポケットから落としたのは赤茶色の毛糸を三つ編みにした、綿入れのお人形だった。
「お礼にごちそうしよう」
おじさんはソフトクリームを三つ買ってひとつをぼくにくれた。
そしてひとつをお人形が入っているポケットに突っ込み、最後のひとつを自分で舐めた。
2004年7月27日火曜日
朝の日課
ぼくのポケットにネコが出没するようになって十日になる。
初めて出たのはいつも使っているカバンのポケットだった。
朝起きると、部屋の中でネコの声がするので、捜し回ったところカバンのポケットに入っていたのだった。
翌日はジーンズの左前のポケット、その次の日はジャンパーの右のポケットから出てきた。
現れるときも唐突だが消えるのも唐突で
ミルクを飲んでいる最中や撫でている途中にフッと消えてしまう。
ぼくはこのネコをポケと呼ぶようになった。毎朝、家中のあらゆるポケットをチェックするのがぼくの新しい日課だ。
初めて出たのはいつも使っているカバンのポケットだった。
朝起きると、部屋の中でネコの声がするので、捜し回ったところカバンのポケットに入っていたのだった。
翌日はジーンズの左前のポケット、その次の日はジャンパーの右のポケットから出てきた。
現れるときも唐突だが消えるのも唐突で
ミルクを飲んでいる最中や撫でている途中にフッと消えてしまう。
ぼくはこのネコをポケと呼ぶようになった。毎朝、家中のあらゆるポケットをチェックするのがぼくの新しい日課だ。
2004年7月26日月曜日
地図
新しいジーンズを履いたらお尻の右側がもぞもぞと動く。おまけになんだか湿っぽい。
慌てて脱ごうとしたが、新品のジーンズは硬くてきつい。
やっとのことで脱ぐと、右後のポケットから小さな雨雲が出てきた。
雲はすこしずつ大きくなっているようだった。
「そうだ、おまえに仕事をやろう」
私は世界地図を持ってくると水不足の地域に赤鉛筆で印を付け、クルクルと丸めて雲に突き刺した。
「ここに行って雨を降らせておくれ」
しかしその瞬間、雲は霧になって消滅した。丸まった地図が床に落ちた。
慌てて脱ごうとしたが、新品のジーンズは硬くてきつい。
やっとのことで脱ぐと、右後のポケットから小さな雨雲が出てきた。
雲はすこしずつ大きくなっているようだった。
「そうだ、おまえに仕事をやろう」
私は世界地図を持ってくると水不足の地域に赤鉛筆で印を付け、クルクルと丸めて雲に突き刺した。
「ここに行って雨を降らせておくれ」
しかしその瞬間、雲は霧になって消滅した。丸まった地図が床に落ちた。
2004年7月25日日曜日
チョコレート
最寄り駅に着いたぼくは定期券を出そうと背広の内ポケットに手をやり、ぎょっとした。
恐る恐る見ると手には溶けたチョコレートがべったりついていた。
「あ、おいしそう」とそばにいた高校生の女の子が近付いてきて、ペロペロとぼくの手を舐めはじめた。
ぼくはそのまま女の子に手を舐められながら電車に乗ったが、まわりの人はみな知らんぷりをしていた。
ようやくチョコレートを舐めおわった女の子が「ごちそうさまでした」と丁寧に言うので
思わず「おそまつさまでした」と言ってしまった。
車内にホッとした空気がながれた。
恐る恐る見ると手には溶けたチョコレートがべったりついていた。
「あ、おいしそう」とそばにいた高校生の女の子が近付いてきて、ペロペロとぼくの手を舐めはじめた。
ぼくはそのまま女の子に手を舐められながら電車に乗ったが、まわりの人はみな知らんぷりをしていた。
ようやくチョコレートを舐めおわった女の子が「ごちそうさまでした」と丁寧に言うので
思わず「おそまつさまでした」と言ってしまった。
車内にホッとした空気がながれた。
2004年7月23日金曜日
2004年7月21日水曜日
泣く女
26歳、男、独身。
服装は黒。黒いスーツに黒いサングラス、黒い帽子。
見るからに怪しい彼は探偵である。ただし、影専門の、である。
行方不明の影を探したり、不審な影を追い掛けるのが主な仕事だ。
黒い服装なのは彼自身が影になるためで、つまり仕事中の彼には影がない。
彼は今、若い女性からの依頼で犬の影を追い掛けている。
依頼が来たとき、これはチト厄介だ、と探偵は思った。
飼い主である彼女の影もないのだ。女はそれに気づいていない。
犬の影はすぐに見つかった。女はどうしたと問い詰めても犬は答えない。
+++++++++++++++++++++++++
2005.5 犬祭2(sleepdogさん主催)に参加
服装は黒。黒いスーツに黒いサングラス、黒い帽子。
見るからに怪しい彼は探偵である。ただし、影専門の、である。
行方不明の影を探したり、不審な影を追い掛けるのが主な仕事だ。
黒い服装なのは彼自身が影になるためで、つまり仕事中の彼には影がない。
彼は今、若い女性からの依頼で犬の影を追い掛けている。
依頼が来たとき、これはチト厄介だ、と探偵は思った。
飼い主である彼女の影もないのだ。女はそれに気づいていない。
犬の影はすぐに見つかった。女はどうしたと問い詰めても犬は答えない。
+++++++++++++++++++++++++
2005.5 犬祭2(sleepdogさん主催)に参加
2004年7月19日月曜日
2004年7月18日日曜日
Shadow's number
旅人は影を数える。
旅人は出会った人の影をノートに書き残した。
酒場で出会った無口な男の影はおしゃべりだったし、口の悪い雑貨屋の女主人の影は平心低頭だった。
100歳を超える人々の影は決まって緑色だったし、金持ちの影は薄かった。
鷹と同じくらい、子供は自分の影のことをよく知っていた。
分厚いと思っていた旅人のノートは、もう残り四頁しかない。
ずいぶんたくさんの影に出会ったものだ、と旅人は思う。
しかし旅は終わらない。
次は星を数えよう。それが済んだら石ころを数えよう。
旅人は出会った人の影をノートに書き残した。
酒場で出会った無口な男の影はおしゃべりだったし、口の悪い雑貨屋の女主人の影は平心低頭だった。
100歳を超える人々の影は決まって緑色だったし、金持ちの影は薄かった。
鷹と同じくらい、子供は自分の影のことをよく知っていた。
分厚いと思っていた旅人のノートは、もう残り四頁しかない。
ずいぶんたくさんの影に出会ったものだ、と旅人は思う。
しかし旅は終わらない。
次は星を数えよう。それが済んだら石ころを数えよう。
2004年7月17日土曜日
影地蔵
ふと見つけた路地に入っていった。
ここに暮らして八年経つが、こんなところに道があるとは、まったく気づかなかった。
道の両側は家の外壁が迫っており、狭い道をますます狭く感じさせる。
夕食の支度をしているのだろう、焼き魚の匂いがした。
しばらく進むと少し開けた場所に出た。
地蔵が立っている。
私は足がすくんだ。長い時間、目を逸らすことができなかった。
これといった特徴もない、どこにでもあるようなお地蔵さんだ。
私は「これが欲しい」と思ったのだった。
強く激しい衝動だった。
少し考えて、私は地蔵の影をいただくことにした。
やはり地蔵を家に持ち帰るわけにはいかない。
地蔵を担いで歩いたら人目につくし、重いし、おそらく犯罪になる。
暮れかかった影は長く伸びているが、それでも構わない。
地蔵の影の頭からゆっくり慎重にめくりはじめた。
慌てて破くと大事だが、急がなければ日が暮れてしまう。
端が剥がれると、あとは早かった。
剥がした地蔵の影を丸めて持ち、家路を急ぐ。
持ち帰った地蔵の影は、部屋で一番広い壁に張り付けた。
あつらえたように、ぴったりと収まった。
私は満足し、地蔵の影を肴に酒を飲み、布団に入った。
ここに暮らして八年経つが、こんなところに道があるとは、まったく気づかなかった。
道の両側は家の外壁が迫っており、狭い道をますます狭く感じさせる。
夕食の支度をしているのだろう、焼き魚の匂いがした。
しばらく進むと少し開けた場所に出た。
地蔵が立っている。
私は足がすくんだ。長い時間、目を逸らすことができなかった。
これといった特徴もない、どこにでもあるようなお地蔵さんだ。
私は「これが欲しい」と思ったのだった。
強く激しい衝動だった。
少し考えて、私は地蔵の影をいただくことにした。
やはり地蔵を家に持ち帰るわけにはいかない。
地蔵を担いで歩いたら人目につくし、重いし、おそらく犯罪になる。
暮れかかった影は長く伸びているが、それでも構わない。
地蔵の影の頭からゆっくり慎重にめくりはじめた。
慌てて破くと大事だが、急がなければ日が暮れてしまう。
端が剥がれると、あとは早かった。
剥がした地蔵の影を丸めて持ち、家路を急ぐ。
持ち帰った地蔵の影は、部屋で一番広い壁に張り付けた。
あつらえたように、ぴったりと収まった。
私は満足し、地蔵の影を肴に酒を飲み、布団に入った。
2004年7月16日金曜日
2004年7月15日木曜日
2004年7月13日火曜日
2004年7月12日月曜日
2004年7月11日日曜日
影喰う人
「腹が減りましたな」
と特急列車内で隣合わせた老紳士が言った。
「はぁ」
私はそれほど腹が減ってはいなかったが、否定もできず、そう答えた。
「あなたのを戴いてもよろしいかな」
「あの、私は弁当もつまみも持ち合わせていないので・・・車内販売を探してきましょうか」
紳士はさも愉快そうに、顔だけで笑った。
「あなたは若くて健康そうだから」
「ええ?私はまずいです」
「頭もよさそうだ。でも、あいにく私は人喰いの趣味はない。
私が戴きたいのは、あなたの影だ。ひとくちでよいのだが」
私は結局、断ることができなかった。
なんとなく、影を食べる様子を見てみたい気になったのだ。
紳士は大きめの箸を持ち、屈み込むと、私の左腕の影を綿飴のように絡め取った。
「酒が欲しくなりますな」と言いながら箸に巻き取られた黒いモヤを
とても旨そうにしゃぶった。
別れ際、紳士は欠けた影は数日で元通りになるはずだ、ごちそうさま、
と言って丁寧にお辞儀をした。
明日、大きめの箸を買に行こう。
と特急列車内で隣合わせた老紳士が言った。
「はぁ」
私はそれほど腹が減ってはいなかったが、否定もできず、そう答えた。
「あなたのを戴いてもよろしいかな」
「あの、私は弁当もつまみも持ち合わせていないので・・・車内販売を探してきましょうか」
紳士はさも愉快そうに、顔だけで笑った。
「あなたは若くて健康そうだから」
「ええ?私はまずいです」
「頭もよさそうだ。でも、あいにく私は人喰いの趣味はない。
私が戴きたいのは、あなたの影だ。ひとくちでよいのだが」
私は結局、断ることができなかった。
なんとなく、影を食べる様子を見てみたい気になったのだ。
紳士は大きめの箸を持ち、屈み込むと、私の左腕の影を綿飴のように絡め取った。
「酒が欲しくなりますな」と言いながら箸に巻き取られた黒いモヤを
とても旨そうにしゃぶった。
別れ際、紳士は欠けた影は数日で元通りになるはずだ、ごちそうさま、
と言って丁寧にお辞儀をした。
明日、大きめの箸を買に行こう。
2004年7月9日金曜日
Shadow Conductor
強い日差しの中、バスを待っていた。
汗を減らせるわけではないが、じっと下を向いていた。
急に、影が踊りだしたのだった。
私は自分がじっと動かずに立っていることを確かめなければならなかった。
影が踊っているからには、自分も踊っているはずだ。
暑さにやられて体が勝手に動いたのかもしれない。
しかし、やはり私は下を向いて立っているだけだった。
「影が退屈してたからね」
しゃがれた声に振り向くと黒いタクトを持った老人がいた。
「動きたくてウズウズしてたよ」
「どうもご親切に…」
老人がタクトを振ると影はくるりとお辞儀をした。
汗を減らせるわけではないが、じっと下を向いていた。
急に、影が踊りだしたのだった。
私は自分がじっと動かずに立っていることを確かめなければならなかった。
影が踊っているからには、自分も踊っているはずだ。
暑さにやられて体が勝手に動いたのかもしれない。
しかし、やはり私は下を向いて立っているだけだった。
「影が退屈してたからね」
しゃがれた声に振り向くと黒いタクトを持った老人がいた。
「動きたくてウズウズしてたよ」
「どうもご親切に…」
老人がタクトを振ると影はくるりとお辞儀をした。
2004年7月8日木曜日
2004年7月7日水曜日
2004年7月6日火曜日
ルミちゃんとハナちゃん
ちょっとおかしいのかしら、といつもはのんきなお母さんが心配するほど
四歳になる娘のルミちゃんのお人形遊びは熱が入っていました。
ルミちゃんは、ルミちゃんのおばぁちゃんがプレゼントしてくれたお人形を「ハナち
ゃん」と呼び、毎日のように遊んでいます。
ルミちゃんは、ほかの子と違い「ハナちゃんのセリフ」を決して言いません。
ルミちゃんはハナちゃんに何やらお伺いをたてたり、意見を述べたりするだけです。
もっとおかしいことがあります。
ルミちゃんはまったく、ハナちゃんの顔を見ないのです。
ルミちゃんはうつむいたり、どこか遠くを見ているような顔つきで、ハナちゃんに話しかけています。
お母さんは、注意深くルミちゃんがハナちゃんと遊ぶ様子を見てみることにしました。
「ハナちゃん、ルミは今日幼稚園で、お花の絵を書いたよ」
ルミちゃんはハナちゃんを小さな椅子に座らせ、部屋の白い壁に向かって話しかけています。
お母さんは壁をよく見ました。何もありません。
「あら」
白い壁にはハナちゃんの影がくっきり映っています。
ハナちゃんの影は生き生きと動き、ルミちゃんとおしゃべりしているのがわかります。
お母さんは安心しました。ルミちゃんはどこもおかしくなんかありません。
四歳になる娘のルミちゃんのお人形遊びは熱が入っていました。
ルミちゃんは、ルミちゃんのおばぁちゃんがプレゼントしてくれたお人形を「ハナち
ゃん」と呼び、毎日のように遊んでいます。
ルミちゃんは、ほかの子と違い「ハナちゃんのセリフ」を決して言いません。
ルミちゃんはハナちゃんに何やらお伺いをたてたり、意見を述べたりするだけです。
もっとおかしいことがあります。
ルミちゃんはまったく、ハナちゃんの顔を見ないのです。
ルミちゃんはうつむいたり、どこか遠くを見ているような顔つきで、ハナちゃんに話しかけています。
お母さんは、注意深くルミちゃんがハナちゃんと遊ぶ様子を見てみることにしました。
「ハナちゃん、ルミは今日幼稚園で、お花の絵を書いたよ」
ルミちゃんはハナちゃんを小さな椅子に座らせ、部屋の白い壁に向かって話しかけています。
お母さんは壁をよく見ました。何もありません。
「あら」
白い壁にはハナちゃんの影がくっきり映っています。
ハナちゃんの影は生き生きと動き、ルミちゃんとおしゃべりしているのがわかります。
お母さんは安心しました。ルミちゃんはどこもおかしくなんかありません。
2004年7月5日月曜日
電信柱と過ごした一日
ぷくぽわーんぽよーんふわん
電信柱の影の先っぽから丸い影が飛び出しているのに気づいたぼくは、飽きもせず道
に佇んでいた。
通行人はいぶかしげな顔していたかもしれない。
時々老人が話しかけてきたが、愛想の悪すぎるぼくにあきれて去っていった。
飛び出した丸い影は地面をさまよい、あるものは弾け、あるものは建物の陰に入って
見えなくなった。
電信柱は動かないが、電信柱の影は少しずつ移動するので、ぼくも一緒に移動しなけ
ればならなかった。
丸い影は大きかったり小さかったり、風に合わせてゆがんだり揺れたりした。
電信柱の影は、日没と同時にしゃぼん玉を止め、おなかがすいたのでぼくも家に帰る
ことにした。
電信柱の影の先っぽから丸い影が飛び出しているのに気づいたぼくは、飽きもせず道
に佇んでいた。
通行人はいぶかしげな顔していたかもしれない。
時々老人が話しかけてきたが、愛想の悪すぎるぼくにあきれて去っていった。
飛び出した丸い影は地面をさまよい、あるものは弾け、あるものは建物の陰に入って
見えなくなった。
電信柱は動かないが、電信柱の影は少しずつ移動するので、ぼくも一緒に移動しなけ
ればならなかった。
丸い影は大きかったり小さかったり、風に合わせてゆがんだり揺れたりした。
電信柱の影は、日没と同時にしゃぼん玉を止め、おなかがすいたのでぼくも家に帰る
ことにした。
2004年7月4日日曜日
からだなくとも
じぃちゃんとばぁちゃんは大恋愛をして一緒になった、と何百回となく聞かされていた。
死ぬ時もふたり仲良く、なんて言っていたけど、そんなのは心中でもしなくちゃ、叶うわけがない。
そしてばぁちゃんが先に逝った。
じぃちゃんは少し寂しそうだ。
明るくしているつもりのようだけど、ご飯の量も減ったし、口数も減った。
ぼくはちょっと迷っている。じぃちゃんに伝えるべきか、どうか。
どんな未練だかしらないけれど、じぃちゃんの影にはばぁちゃんの影が寄り添ったま
まなのだ。
ばぁちゃんがじぃちゃんに惚れていたのはよくわかった。
でも、それを知ったらじぃちゃんは自分の影にヤキモチを妬くかもしれない。
それとも三人?で仲良くやってくれるかな。うん、きっとそうだ。
「ねぇ、じぃちゃん。ちょっと見てよ……」
死ぬ時もふたり仲良く、なんて言っていたけど、そんなのは心中でもしなくちゃ、叶うわけがない。
そしてばぁちゃんが先に逝った。
じぃちゃんは少し寂しそうだ。
明るくしているつもりのようだけど、ご飯の量も減ったし、口数も減った。
ぼくはちょっと迷っている。じぃちゃんに伝えるべきか、どうか。
どんな未練だかしらないけれど、じぃちゃんの影にはばぁちゃんの影が寄り添ったま
まなのだ。
ばぁちゃんがじぃちゃんに惚れていたのはよくわかった。
でも、それを知ったらじぃちゃんは自分の影にヤキモチを妬くかもしれない。
それとも三人?で仲良くやってくれるかな。うん、きっとそうだ。
「ねぇ、じぃちゃん。ちょっと見てよ……」
2004年7月3日土曜日
2004年7月2日金曜日
2004年7月1日木曜日
金属バット
役目を終えたタケシくんの金属バットは玄関先に立て掛けられたまま。
ある夏ある朝、朝顔のツルが巻き付いた。
朝顔はバットにしっかり絡まり土の中へ引きずり込む引きずり込む引きずり込む。
バットは土にめり込むめり込むめり込むめり込む。
それを覗き見する近所の高校球児。自分のバットを握り締め、硬くなる硬くなる硬くなる。
********************
500文字の心臓 第39回タイトル競作投稿作
△2
ある夏ある朝、朝顔のツルが巻き付いた。
朝顔はバットにしっかり絡まり土の中へ引きずり込む引きずり込む引きずり込む。
バットは土にめり込むめり込むめり込むめり込む。
それを覗き見する近所の高校球児。自分のバットを握り締め、硬くなる硬くなる硬くなる。
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500文字の心臓 第39回タイトル競作投稿作
△2
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