「なぁ、シシ。その時計が壊れてることは、お前さんもわかっているんだろ?」
少年は、強い癖のある髪の毛がライオンのように逆立っていて、それゆえシシと徒名されていた。
シシは賢くなく、学校にも通っていないようだった。俺は昼飯を食う公園でシシを見つけると、よく話しかけた。言葉はあまり発しないが、憎めない愛嬌があった。
そのシシが、ここ数日、一心不乱に壊れた時計のネジを巻き続けている。
最初に時計を持ってきた日、俺はいつものようにシシに声を掛けた。
「おぅ、シシ。いいもの持ってるな。ちょっと見せてみろ、大丈夫、取りゃしないよ。……壊れてるじゃねぇか。ま、おもちゃにするなら、壊れてたっていいか。で、この時計、どうしたんだ? 貰ったのかい?」
すると、シシは
「落ちてた」
とだけ答えた。
シシは以来、ネジを巻いたまま。
十日も経った頃だろうか、シシがなんだか小さくなっているような気がした。もともと子供だが、もっと子供になっているように見えたのだ。
「なぁ、シシ。お前、なんかおかしいぞ。どっか具合悪いとこないか? 熱はないのか? お父ちゃんたちも心配してるだろ。もうこの時計で遊ぶのはよせよ。おっちゃんが新しいおもちゃを買ってやるから、な?」
俺がいくら言ってもシシはネジを巻くのを止めず、日毎に幼くなっていった。
ついにシシは三つくらいの子供になってしまった。
「シシ、シシ。頼むから止してくれ。このままじゃ赤ん坊になっちまう」
不図、シシは顔を上げた。「おっちゃん。おれ、だいじょうぶ。これでおしまい」
俺はシシがこんなに明瞭に話すのを初めて聞いた。
三歳のシシが語るところによると、なんでもシシは生まれ出るタイミングを大幅に間違えたらしい。それはあってはならぬことで、世界の秩序を乱すことなのだと理解したシシは、極力人と交わりを避け、どこかに存在するはずの「本来に戻るための時計」を探し続けていたというのだ。
「おっちゃんも、ほんとうは、まだ八歳」
シシは、にっこりと微笑み、時計を俺に握らせる。