あの時、一条戻橋で遊んだのは、式神だったかもしれぬ。
そんなことを思いながら、清明神社に向かっていた。
清明神社の前に架かる橋には逸話が多く残るそうだ。しかし、それを知ったのはもっと後のことだ。あの時、私はまだほんの十歳の少年だった。
旅行中、ここで迷子になった。清明神社を詣でている間に両親とはぐれ、周囲を歩き回っていた。今思うと妙なことだ。清明神社は迷子になるほど込み入ってもいなければ、広いわけでもない。
いつのまにか、戻橋の前に自分と同じくらいの背格好の子供が立っていた。
「迷っておるな」
迷子になっているのを悟られたことが恥ずかしく、また苛立たしくもある。だが、うまい言い訳が思いつかず観念した。
「うん」
「ならば、ここで遊ばないか」
ついて来い、というので子供の後ろについて橋を渡り始めると、目の前で子供が消えた。そのまま渡り切って振り返ると、子供はすぐ後ろに立っていた。
「ちゃんとついて来ぬか」
「だって、消えちゃったじゃないか」
では手を繋いで渡ろう、という。白い手だった。
橋を渡り切ると、知らない景色が広がっていた。だが、どこがどう違うと説明できない。
大勢の子供が周りに集まってくる。身体を触られ、くすぐったくて笑った。
鬼ごっこやかくれんぼ、他愛もない遊びをした。神社だけが変わらずそこにあり、迷うことなく走り回った。子供たちはみな地面を浮きながら走る。私はそれを不審に思わなかった。少し羨ましかっただけ。
あんなに迷っていたというのに、知った土地のように遊び回っていることのほうが不思議だった。そうだ。父や母を捜しているのだ。両親も私を捜しているだろう。太陽がちっとも傾こうとしないのも不思議だった。
「そろそろ戻りたい」
子供らは一斉に意地悪そうな声で言った。
「戻る場所があるのか」
私は泣き出した。本当は迷子になったと気がついた時から泣きたかったのだ。
私は一人で戻橋を渡り始めた。「お父さーん、お母さーん」と叫びながら。
父母は、橋の向こうにいた。息子がなぜ泣いているのかとんと判らぬ、といった顔で。
三十年振りの一条戻橋は、架け替えられていた。
「今日は、迷ってはおらぬな」
自分だけ大人になってしまったように感じて、なぜだか恥ずかしい。
「何をして遊ぶか」
と子供は言う。ずっと待っていてくれたのかと思うと胸が一杯になるが、あそこは時の流れが尋常ではなかったと思い直す。
「もう、かくれんぼは勘弁してくれよ」