空飛ぶ絨毯を追いかけている。こんなに大きな絨毯が宙を浮いているのに、歩く人も、車も、誰も気が付いていないみたい。上を向いて走るわたしに、時々不審そうな視線が刺さるのがわかる。「お嬢ちゃん、迷子かな」なんて言う人もいたけれど、わたしは目いっぱい首を横に振って、また空飛ぶ絨毯を追いかける。
絨毯には、大勢の人と、へんてこな動物たちが乗っていた。真っ白で鼻の長いゾウのようなもの、皺くちゃなラクダのようなもの、青い毛をしたライオンのようなもの、それからたくさんの鳥たち。人も動物も鳥も、静かに涙を流している。
絨毯に乗りたい。とっても大きな空飛ぶ絨毯だもの、子供がもう一人乗るくらい、きっと簡単なはず。
ついに白いゾウのような動物が、わたしに気が付いた。小走りのまま、じっと見つめる。「乗せておやりなさい」と、どこからか声がすると、ゾウはぐぐぐぐと鼻を長く伸ばし、わたしの身体を抱き上げた。絨毯に乗っている感触はなかった。体重がなくなってしまったかのように、ただ浮いていた。そして、なぜか皆と同じように涙を流していた。声も出さずに、しゃくりあげることもなく、涙だけが流れ落ちる。そんなことは、初めてだった。
乗っている人や動物たちは、みんな中心を向いて涙を流している。そういえば絨毯の真ん中はぽっかりと何もなく、誰もいない。何もないほうを向いて、たくさんの人や動物が涙を流している。ずいぶんおかしな光景だと頭ではわかっているのに、わたしも同じように泣いている。白い花びらが、何もない真ん中にふわりと舞い落ちた。
御所の脇を通り過ぎ、右へ曲がった。信号をいくつか通り過ぎたところで、お寺に入って行った。境内に入るとゆっくりと下降し、散策しているかのように飛ぶ。大きな塔の側と、丸い小さな池がある庭を通った。桜が咲き始めている。白い花びらは、桜の花だったのだ。もうすぐ、わたしは四年生になる。弟は一年生だ。あ、弟。わたしは弟をどこに置いてきてしまったのだろう。
突然、急上昇が始まった。寺や桜の木が、次第に小さくなっていく。それでも上がり続け、息が苦しくなり、ついに目の前が真っ暗になった。
わたしは空調の効いた静かな建物の中にいた。右手でバルコニーのような手すりにしがみついて、左手で弟の手を握っていた。そして、大きな大きな絵を見ていた。見上げても見切れないほど大きな絵の中には、さっきまで傍にいた、ゾウやラクダやライオンのような動物達がいた。空飛ぶ絨毯では何もなかった真ん中には、お釈迦様が横たわっている。
「夢だったのかな」
と呟くと
「そうではない。あなたは涅槃に立ち会ったのです」
と声が聞こえた。
絵の中のゾウの白い鼻が、ぐぐっと伸びた気がした。
※大きな絵:紙本著色仏涅槃図 長谷川等伯筆
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