2009年4月1日水曜日

底無し

しょっちゅう水溜まりに落っこちる。
水溜まりの中は案外深くてなかなか底には届かない。落っこちるのに飽きて、うとうと眠ってしまい、気が付くと、水溜まりの前にしゃがみこんでいるのが常だ。
目覚めた後、元の世界に戻ったのか、水溜まりの中の世界なのか、いつもわからなくて途方に暮れる。
だけど、水溜まりの中か外かを判断できるものは何もない。

いつものように水溜まりの前で膝を抱えていると、長い長い傘を持ったおじいさんがやってきた。背丈より長い傘を軽々と携えて、おじいさんは僕に言った。
「おや、坊や。水溜まり潜りの癖があるようだね」
ミズタマリクグリなんて言葉は知らないけれど、そういうことになるだろう。
「この水溜まりもずいぶん深いのぉ」
おじいさんが傘を水溜まりに入れると、長い長い傘は持ち手まですっかり沈んでしまった。
「いまのところ、ちゃんと戻ってきているようだから心配ない。ちゃんとここは坊やの世界だ。パパもママも友達も町も、正しく本来の坊やの世界だ。だが、次はそうではないかもしれない。水溜まり潜りをしたまま行ったきりの子供はたくさんおる」
坊やがそうならないために、とおじいさんはポケットから長い長い傘をくれた。傘を水溜まりに突き刺せば、坊やは潜らなくて済む。傘が代わりをするからだ、と説明してくれた。
おじいさんのポケットのほうが、水溜まりよりよほど不思議だと思う。

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