渦潮に飲み込まれたい、と隣の女の子が言う。
学校で瀬戸内海の渦潮の話を聞いた、その日の帰り道だった。
そんなのダメだよ、死んでしまうよ、としか僕は言えなかった。
けれども、隣の女の子は僕の声は聞こえなかったようで、渦潮渦潮と繰り返し呟いていた。
次の日、隣の女の子は、自由帳にぐるぐると渦巻きばかり描いていた。
さらに次の日、プールの時間に自由帳を大事そうに抱えていた。先生に、自由帳は置いていきなさいと言われても離さなかった。
準備体操をしている最中に、隣の女の子は自由帳を抱いたままプールに飛び込んだ。プールの水ははぐるぐると渦を巻き、隣の女の子もぐるぐると渦に巻かれていた。凄い轟音。
そのうち女の子は渦の中心に沈んでいき、プールは静かになった。プールの中に、隣の女の子はいなかった。
準備体操が終わって、プールに入る。もう少しで、五十メートル泳げるようになるんだ。
(378字)