2009年4月14日火曜日

瓶の話

瓶が一本、波に揺れている。
浜辺に打ち上げられそうになりながら、しかし完全に打ち上げられることはなく、また返す波にさらわれて海に戻る。
瓶は、長い時間そうしている。
瓶は酒瓶だった。男か女が酒を飲む。瓶は小さな島の酒造場で洗浄され、また酒を詰められ、大陸に船で運ばれて、また女か男が酒を飲んだ。
そんなことを長い間繰り返していた。仲間と比べても、ずいぶん丈夫な瓶だった。
ある時、なぜか船から落っこちた。コルクが朽ちて、酒は海に流れた。それ以来ずっとこうして砂浜の前を漂っている。
寄せては返す波と共に、行ったり来たりするのは、酒瓶であった頃とたいして変わらない。
だが、世の中は静かになった。酒場も酒造場も人間の声が響いていた。海は荒れても、酒場のように五月蝿くはない。

(329字)