懸恋-keren-
超短編
2008年4月3日木曜日
蝉時雨
隙間なく蝉の声がはたと止んだ。
音のない時間。背中に冷たい汗が一筋流れる。
得体の知れない生き物が口腔内を動きまわる。
まさか、蝉が口の中に飛び込んだのではあるまい。蝉はもっとガサガサしているはずだから。
息を吸いたい。突如やかましく鳴りだす蝉。やっぱり鳴き止んでいたのだろうか。
生暖かい空気を慌てて吸い込む。
紅い唇が目の前にある。わたしの口の中にいた、甘く滴る生き物が、きみの舌だとようやくわかった。
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