2008年4月15日火曜日

梢の先に消える

通学途中、けやきの子と遊ぶのが日課だった。
けやきはかなり立派だったと思うけれど、僕が子供だったから大きく見えたのかもしれない。
けやきの子は毎朝、僕のことを待っていた。角を曲がってけやきが現われても姿は見えないのに、けやきの前までくるとずっと前からそこにいたという風情で幹に寄りかかっていた。裸で長い髪の小さな女の子。そして爪先で根元の土をいじりながら「おはよ」と言うのだ。
僕たちは幹の裏側に廻って、お互いにひとしきりちょっかいを出しあった。ほんの5分かそこらの短い時間。ときにはキスの真似事もした。
小学校の卒業式の朝も、僕たちの遊びは変わらなかった。けれども、昨日までのように学校に行く僕を見送ってはくれなかった。
けやきの子は、するすると木に登り、一番太い枝の先端にまたがり「じゃあね」と言うと、音もなく消えた。