2007年7月31日火曜日

七月三十一日 封印は解かれた

十五年も閉じ込められていた桐箪笥を探す旅に出た。
重たい粘土の塊をいくつもどかし、液体や粉が入った瓶を何十本も移動させ、ようやく桐箪笥があるはずの場所へたどり着いた。
黴た襖を開けると、黒く埃っぽい桐箪笥があった。
試しに一段抽出しを引っ張ってみる。なかなか開かない。力任せに引いて、やっと開いた。
中には「浪花屋」と書かれた紙が入っていた。

2007年7月29日日曜日

七月二十九日 笑う薬草

あまりに大きな吹き出物のせいで、顔面が痛い。
どしゃ降りの雨の中、庭のドクダミの葉を摘んできて、吹き出物に貼ろうとしたら
「こりゃ、ひどい! よくこんな吹き出物こさえたな! なんて間抜けな面だ! あっはっは」
とドクダミに笑われた。

2007年7月27日金曜日

七月二十七日 夏の葛藤

蝉が隙間なく鳴いているから、音楽の音を大きくする。
でも大きな音は好きじゃないから、ついついボリュームを下げる。
すると蝉の声に負けてよく聞こえなくなる。
ヘッドフォンは暑苦しいから付けたくない。
困っていたらウサギの耳が私の耳に貼りついた。
ウサギの耳は意外にもひんやりと気持ちいい。音楽もよく聞こえる。
でも背中にウサギを背負っているのは、暑い上に重たい。

2007年7月25日水曜日

七月二十五日 腹痛をおこす

下痢の後の腹具合はなんだか綱渡りのようで居心地が悪い。
痛いわけでもないが、なんだか余韻が残っていて、何か食べるとまた痛くなりそうな。
ウサギのしっぽでお腹を撫でてもらっていたら、段々と人心地ついてきた。
腹を下したのは、ウサギが拾ってきたお菓子を食べさせられたから、なんだけど。

2007年7月23日月曜日

七月二十三日 鬼と露天風呂

岩を潜り、お札がベタベタ貼られた屋根の下で服を脱いだ。
二色の露天風呂に、人は誰もおらず、蚊ばかりがいた。
一人、湯船に浸かり、景色を眺める。
すぐ隣の男湯で人の気配がした。
そっと覗きに行くと、角が二本の青鬼が一人鼻歌を歌っていた。

2007年7月22日日曜日

七月二十二日 水道管を探せ

掘り当てた水道管は、なんといえばよいか、中トロを管にしたようだった。
巨大な血管を思わせる。
でも中を流れるのは血液ではなく、井戸から引かれた水だ。
軍手を着けた指でおっかなびっくり触ると、びくびくと震え、中で水が動くのがわかった。

「とにかく、水道管を探してください」と言われて庭を掘り返したわけだが、水道管が生き物のようだとは思わなかった。
よくツルハシで破らず掘り当てたものだ。

触られたところが気になるのか、水道管はまだびくびく動いている。
水道管は見つけたけれども、それからどうしてよいのかわからない。
だいたい何のために水道管を探さなければならなかったのだろう。
こんな水道管だと知ったら、水が飲めなくなるじゃないか。

2007年7月21日土曜日

七月二十一日 誰もいない靴屋で

埃の積もった靴が、息を潜めて並んでいた。
「セール」の赤い文字が、褪せている。
自動ドアが何の問題もなく開いたことが不思議だ。
もうこの靴屋から人間が消えてから、何年か経っているに違いない。

私は、細いヒールの靴を手に取って、思い切り息を吹き掛けた。
埃が飛ぶと、艶やかなエナメルが現れた。
その場で履き替えると、家から履いてきたくたびれたスニーカーに壱万円札を突っ込み、店を後にした。

靴音が高く響く。

花冷え

 見知らぬ少女に一輪の花を差し出された。くれるのかと問うと、こっくり頷いた。「ありがとう」と言った声が震えていたことに気づかれただろうか。少女は素裸に薄い布を一枚纏っただけの姿だった。
 僕が花を受け取ると少女は無言で走り去った。真夏の日差しの下、裸同然の格好でいるくせに少女は日焼けしていないようだった。生白い尻が脳裏に焼きつく。
 青い花だ。名前はわからない。花が好きな誰かに聞けばすぐにわかるのかもしれないが、名前がわからなくても困りはしないのだ。裸の女の子に貰った青い花、ただそれだけだ。
 暑い中、青い色をした花は涼しげに見えた。心なしか茎を摘む指がひんやりと気持ちいい。ともすると摘む指に力を込めてしまいそうで、何度もそっと持ち直した。ぎゅっと摘んで花を傷めたら、少女に悪い気がした。
 家に帰り、花器などひとつも持っていないから、素っ気のないグラスに水を注いで挿した。テーブルの上に置くと部屋が明るくなったような気がする。思えばこの部屋に植物があったことなど一度もないのだ。ついつい浮かれた気分になって、そのまま部屋中を掃除した。さっぱりとしたところで、あらためて青い花を眺め、満足する。
 翌日、仕事から帰ると、家の中が異様に寒い。ぐっしょりと汗で濡れていたワイシャツが瞬時に冷える。冷房を消し忘れたのだろうか。鳥肌の立った腕を擦りながら、慌てて部屋へ入る。
 るりひゅるり るりひゅるり
青い花が、霜を吐き出していた。テーブルもテレビも、霜がついて真っ白になっていた。グラスに入れた水はすでに空になっている。それでも花は霜を吐き出し続けていた。
「おじちゃん、おかえりなさい!」
 振り返ると、凍った布団の中からあの少女が顔を出していた。

ビーケーワン怪談投稿作

2007年7月20日金曜日

七月二十日 鳥

煙突に入ってしまった鳥は、暗闇の中で暴れる。
暴れても上がれず、暴れても落ちない。ただ煤に塗れ飢え、弱っていくだけ。

2007年7月19日木曜日

ゾウ市場

 どこからともなくやってくるゾウの行進、それが合図。
 地響きと土けむりが収まり現れた市場は、極彩色だ。どんな花畑より色鮮やかで、真夏の太陽より強い陽射し。人々は目を細めながら市場を行き交う。
 あんまり眩しいので買い物には鼻が頼りだ。トマトの香り、バナナの香りはもちろん、お札や小銭の匂いも嗅ぎ分ける。皆、品物やお金を鼻にこすりつけて大声で笑い合う。
「ジャガイモだね!」
「あぁジャガイモだ!」
 日が傾き始める頃、仔ゾウが一頭、市場を走り抜けていく。店はバタバタと畳まれ、お客は逃げるように家路につく。
 跡形もなく、ゾウ市場。

《蛇腹姉妹「ゾウ市場」のために》

2007年7月18日水曜日

七月十八日 夜の増減

電気を落としたビルの一室で、夜の景色を眺めた。
信号機の赤と青、街路灯、家々の灯り、観覧車。
町の中心街に、聳え立つ超高層マンションには赤い光が点灯している。おそらく、飛行機のために。つまりは、人間のための。

私は時折この暗い部屋に入り、一瞬だけ我に返る。となりの明るい部屋では、明るい振りをしなくてはならないから。

超高層マンションの赤い光は、とても強い。
それが夜であることを示しているけれども、それは人間の夜に限った話だ。

何度目かに暗い部屋へ入ったとき、ふ、と赤い光が消えた。
赤い光を付けていたマンションの、窓の灯りも同時に消えた。
よくよく見ると、消えたのは光ではなかった。
マンションが消えたのだ。

人間の夜がほんの少し減った。ただの夜が少し戻った。
次は、私のいるこのビルかもしれない。それでも構わない。夜が戻るのなら。

2007年7月17日火曜日

逢瀬の大きさ

きみの傍にいられるのは、一週間に二時間。
きみの声を聴けるのは、百六十八時間のうちの二時間。
約分してみたら、きみの匂いを感じるのは、八十四時間に一時間。
八十四ぶんの一、なんと小さい時間だろう。
手のひらに乗っけてみたら、ころんと指の間から落っこちて砕けた。
そう。毎週必ず会えるわけじゃないんだった。
だから現実は八十四ぶんの一よりもっと小さい。

七月十六日 変拍子の帰り道

午前零時。
上蓋の外れた側溝から、白い猫がひょいと出てきた。

2007年7月15日日曜日

嵐の前の喧騒

山茶花に 雨宿る鳥 おびただし

2007年7月14日土曜日

七月十四日 台風

台風の雨を運ぶ小人が、ウサギの腹の上で寝ている。
二千人くらいの小人が、ウサギの毛皮にしがみついてすやすやと。
この人たちが雨を地下深くの小人街に運ばないと、この町の川は氾濫してしまう。
台風の雨は小人にとっては大事な水源で、彼らが台風を利用するおかげで
なんとか大災害にならずに済んでいたのだ。

こんな大きな台風が7月に来るなんて珍しいから無理矢理起こされたようで眠くて仕方がないんだ、少し休ませてほしい、とウサギを訪ねてきた時に小人たちは言っていた。
小さな寝息を聞きながら私はため息をつく。

2007年7月12日木曜日

七月十二日 金のしるし

その本には金色のスタンプがあちらこちらに押されていた。
表紙にも、本文にも小口にも。
何のマークかはわからない。前の持ち主の蔵書印だろうか。
キラキラとまぶしい。なんだか偉そうだ。

そっと指先でなぞったら、あっさり金色は剥がれてしまった。跡形もなく。
どのスタンプも触るとするりと剥がれた。
前の持ち主の痕跡を取るような気持ちになって、次々とスタンプに触れていった。
気付くと私の手や腕が金色に輝いていた。

愛玩動物

 犬が失踪してから一ヵ月と三日経った。それまでは犬を中心にした生活だったから、自分と時間を持て余してる。ドッグフードの袋を手に取りハッとする回数は減ったけれど、代わりに犬の匂いが染み付いたクッションを抱きしめて泣く時間は長くなった。
 その夜、帰宅すると玄関の前で「わん」と吠えるものがある。懐かしい犬の声だ。なのに、犬の姿がない。よくよく見ると、手が落ちていた。右手。
 わたしは手を握り、家に入る。手はわたしに指を絡めた。少し毛深い手。
 手は指と手のひらを使って尺取虫のように家の中を移動した。迷わず紙と鉛筆を取ってテーブルに上がると、すらすらと鉛筆を動かし始めた。
「これまであなたの愛玩動物として生きていましたが、それが不満だったのです。あなたに愛玩されるのではなく、あなたを愛玩したい。そのための手になりました。」
 あなたを愛玩したい。奇妙な日本語だと思いながら、手が髪を撫でる感触に身をまかせる。されるがままにしていると、手はうなじをつつつ、と撫で上げた。
「きゃん」
わたしの声だった。
 こうして、かつて愛玩していた犬との立場は逆転した。でも、一つだけ頼みがある。あなたの爪は、わたしに切らせて。

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500文字の心臓 第69回タイトル競作投稿作
○2△2

2007年7月11日水曜日

七月十一日 一つだから一番

選挙カーが「健康一番 安心一番」と言っている。
一番を二つも挙げているなぁと思っていたら
「二兎を追う者は一兎も獲ず」
とウサギが吐き捨てた。

2007年7月10日火曜日

七月十日 舐めたかったのに

降ったり止んだりの雨の中、ウサギは傘も差さずにやってきた。
ランニングシャツのおじさんを連れて。
「このおじさん、雨を飴に変えるというのだ」
おじさんは雨の中、なにやら小さなコンピュータを操作している。
「何の飴がいい?」
おじさんが言う。
「ミルク味じゃなければ、なんでもいい……でもさー飴が降ったら痛いよね」
私の言葉に構わず、おじさんはコンピュータを弄っている。
「ほら落ちて来た」
オレンジの飴玉は落下傘を付けてふわりゆらりと落ちてきて、ウサギの口に墜落した。

2007年7月7日土曜日

七月七日 瓢箪堂瓢箪栽培記8

「おんなのこ 募集」
「欲しい おんなのこ」
どういうわけかと思ったら、右近も左近も雄花ばかりが咲いている。

2007年7月6日金曜日

七月五日 唖然とするがま口

がま口の留め具がポロリと取れた。
留め具がなくなって、締まりもなくなったがま口は、ポカンと口を開けているしか能がなく、途方に暮れていた。

七月六日 振動

トラックを乱暴に止め、エンジンをかけたまま、宅配物を抱えた若い男がドタバタと駆けていく。
古い鉄筋コンクリートマンションの階段の手摺りに、ガンガンとぶつかりながら。
インターホンを連打し叫ぶ。「荷物です!」
帰りは、もっと大袈裟にぶつかりながら階段を転げ落ちてきた。
私は自分の部屋のベッドに寝転がって、若い男の出す振動を感じていた。

2007年7月4日水曜日

七月四日 桃色に染まる

今年初めてて、モモを食べた。
ウサギは、赤く熟した産毛のあるモモの皮にいたく感激して、自分もこんな色の毛皮になりたいと言い出した。
何やら赤やオレンジの頬紅を叩いていたけども、背中は白いままだ。
言ってやろうかと思ったが、粉含みの良すぎるウサギは歩くたびに赤っぽい粉をぷほぷほと撒き散らしているので、やめた。
天瓜粉より掃除が大変そうだもの。

2007年7月3日火曜日

ラジオに住む紳士

これは、私の宝物、40年間、美声を流し続けているラジオだ。
一局しか受信できないラジオだが、その一局を他のラジオでは聞いたことがない。
つまり「このラジオのためだけの専門放送局」だ。
このラジオから聞こえてくるのは、仕立てのよいスーツを着ているであろう紳士のテノールの語りと、多様な音楽。

紳士は、ジョーと名乗っている。
リスナーはMr.ジョー、と彼を呼んだ。
彼は世界一のDJだが、DJである前に紳士だからだ。
Mr.ジョーは、私が中学の時から変わらぬ声で、いつラジオのスイッチをいれても話をしている。昼でも夜中でも。

Mr.ジョーが、私のリクエストに応えてくれる。
そう、かつて数万機売り出されたこのラジオを持つのは、私とあと二人になってしまった。

こんな夜はミスターロンリーが聞きたい。
Mr.ジョーが、自らレコードに針を落とす気配が聞こえる。

ジェットストリーム40周年と城達也さんに。

2007年7月2日月曜日

七月二日 言語の区別

窓が開いているのも忘れて大声で歌っていたら、庭のひょうたんが覚えてしまった。
英語の歌だから、国際的なひょうたんになるかしら、と思っていたけど、ひょうたんの歌は、歌詞が英語であることすらわからない。
翻って、わたしの発音は酷いのだと、よくわかった。

2007年7月1日日曜日

波立つ月

ちゃぷん
月を泳ぐ小さな魚がいた。
魚はただ一匹、広く黄色い月を泳ぐ。

魚は食べることを知らない。恋も知らない。
ただ、ここで泳ぐことが心地よいということだけを、知っていた。

魚は恋を知らないけれど、魚に恋する者はいた。
望遠鏡で月を、月の中までもを覗く少女がいた。

月は波立ち、飛沫は銀色に輝く。
「あ、魚が跳ねた」
少女の呟きは、魚には届かない。

七月一日 踊り子

どこからか、盆踊りをしているのが聞こえてきた。
「踊っていやがる」
とウサギが言う。
「あぁ、踊っているのだろうね。お祭りの稽古をしてるんだよ、きっと」
「違う」
ウサギはますます険しい顔になる。
「蚤が踊っていやがるんだ」
叫びながらウサギは、身体中をボリボリと掻きむしった。