2004年1月31日土曜日

じゃがいも

男爵と女王がまた言い合いをしている。
俺のポテトサラダに関する議論らしい。
二人はある日突然台所に現れ、そのまま居ついてしまった。
男爵と女王はそれぞれ「男爵である」「女王である」名乗ったので、そう呼ぶことにしているが、あまりそのような高貴なものに馴染みがないので、本当は少し困っている。
「おい、男爵」とか「女王、ちょっと」などと呼びかけるのはどうにも気がとがめる。
男の一人暮らしの狭い部屋にわけのわからぬ男女が住み着くのは妙なので、初めの数日は出ていくように丁重に頼んだが、
「おぬしが呼んだのではないか」
と言って埒があかない。
彼らはどういうわけか、俺が好物のじゃがいもを食べる度に大騒ぎする。
ところが夜は二人でゴソゴソやっているらしい。
身分が違うのにいいのかな、などと思いながら俺は寝る。
そのうち「王子」なんてのが出てくると困るので、俺は今、当分じゃがいもを食べるのを止めようと思っている。

2004年1月30日金曜日

レモン

レモンを丸ごと絞って飲む。
「おいしいですか?それ」
同居人が言う。
「おいしいですよ」
まずけりゃ飲んでません。
「酸っぱいでしょう?」
同居人はいかにも酸っぱい顔をして言う。
「レモンだから、もちろん酸っぱいです」
毎朝、起きるとレモンが産まれている。
布団の中にレモンが一つ。
産んだ覚えはないが、寝る前は何もないからやっぱり産んだとしか考えられない。
この身体のどこから産まれるのか知りたくて、徹夜を試みたこともあったが、いつのまにか寝てしまって、気づくとレモンが布団の中に一つ。
とにかく、レモンに不自由はしなくなった。
ありがたいことである。

2004年1月29日木曜日

ピーマン

私はピーマンが嫌いだった。
それはもう病的に。
自分でもどうかしてると思うくらいに。
ピーマンを食べて具合が悪くなったこともなければ、味や匂いがイヤなのでもない。
でも食べられない。
ピーマンを食べるということは、恐ろしく、汚らしく、忌まわしい。
拒絶、嫌悪。ただそれだけ。
ある日、道で女に声を掛けられた。
近寄ってくる女に、なぜだかいい香りを感じた。
「あなた、ピーマン食べられないでしょ」
「え?はぁ。そうですけど」
「私たち、同士ね」
「どういうことですか?」
「私はピーマン星の生き残りの子孫よ。そしてあなたも」
原始、私はピーマンだった。

2004年1月28日水曜日

タマネギ

ムズムズとタマネギが動くので
一枚一枚ゆっくりと剥いでいった。
どうせハンバーグのために微塵切りにするのだから構わない。
小さくなるにつれてムズムズは大きくなった。
「おとなしくしてないと、むけないよ」
と声を掛けると静かになった。
だんだん温もりが伝わってきた。
とっくに確信していたが、何かいることが実感された。
「もう大丈夫。出られるよ」
と聞こえたので、まな板の上に小さくなったタマネギをそっと降ろした。
ムズムズはやがてグラグラになりメリメリになってそれは生まれた。
「剥いたタマネギね、おれっちが養分吸っちゃったから、おいしくないよ。んじゃ」
それはあっさりと消えた。
残されたタマネギの欠片の一つををかじってみたら、
本当に何の味も辛みもないので
もう一つタマネギを出してこようとしたが、ひとつも残ってないのを思いだし、ため息とともに財布を手にした。

2004年1月26日月曜日

きゅうり

きゅうりに味噌をつけてかぶりついている河童。
「すみません、すみません」
「そーいう時はありがとう、って言えよ」
「ありがとう、ありがとう」
河童は迷子の息子を探しているうちに自分が迷子になってしまったらしい。
うちの玄関先で干からびかけていたのだ。
水を掛けるとみるみるうちに元気になった。
「実は、わたし未亡人で。夫は息子が生まれてすぐに死にました」
河童は潤んだ瞳でそう言った。
「はぁ」
「息子が見つかったら……私たち親子を飼ってください。きゅうりと水さえあればいいのです」
「うーん。飼うってのは気にいらねえな」
「そんな……」
「結婚、にしよう」

2004年1月25日日曜日

かぼちゃ

おたきさんは、パンプキンパイを焼く名人だ。
今日もおたきさんは特大パンプキンパイを焼き上げた。
「うーん、いい香り!さっそくご近所に配らなくちゃ。」
おたきさんのパイを楽しみにしている人は16人。
だからとびきり大きなパイを焼く。
ところがどっこい、パンプキンパイは逃げ出した。
テーブルを飛び降り、窓から飛び出し、ごろんごろん。
庭を横切りごろんごろんごろんごろん。
「だれかー。そのパイを捕まえてー」
おたきさんの叫びを聞いてみんなが出てきた。
「こりゃ大変、おたきさんのパンプキンパイが逃げ出したぞ」
村一番の早足が追いかけていったが、しばらくしてすごすごと帰ってきた。
「今年最後のかぼちゃだったのよ」
おたきさんの言葉を聞いて、みんながっくり。
そのころパンプキンパイは森の小人の村にいた。
小人は大喜び。こんなおいしいパイははじめてだ。
小人たちがたらふく食べてちょっぴり欠けたパンプキンパイ、さよならして走り出した。
ごろりんごろ ごろりごろん ごろんごろり ごろごろ
帰ってきたパンプキンパイ、おたきさんも村人も大喜び。あぁよかったね。

2004年1月24日土曜日

ふき

蕗を煮た。
まな板の上でゴリゴリして。
至るところでハルノカオリがする。
穴から向こうを覗いたら、吹雪だった。
ブルッと身震いしたら
「だからハルノカオリだよ」
と蕗が言った。
明日はふきのとうを食べよう。
明後日はたんぽぽを食べよう。
その次はたらの芽を食べよう。
たくさんハルノカオリを吸い込もう。
いろんなハルノカオリを身に纏おう。

2004年1月23日金曜日

いちご

いちご狩りで64個のいちごを食べた晩、
いちごが尋ねてきた。「夜分恐れ入りますが、あなたさまを大量虐殺の罪で連行します。」
「は?」
「世界苺連盟条約第9条において『ヒトに一度に食われても赦すのは48まで』と決められております。あなたさまにおかれましては16の過剰ですので…極刑は免れないでしょう」
というわけで、おれはいちご裁判にかけられることになった。
いちごへの愛を訴えるつもりだが、形勢はよくならないだろう。
「極刑」がどんなものかはわからないが
いちご弁護士からは親しい人へ手紙を書くように勧められている。

2004年1月22日木曜日

さつまいも

「これからどこにいくの?」
「土に還るだけさ。みんなそうだよ。もちろん、アンタもね」

2004年1月21日水曜日

にんじん

「ねぇ?ぼくのしあわせって何?」
にんじんがそういうので振り上げた包丁のやり場に困った。
「馬に食べてもらう」
「ヤダ」
「兎だ」
「もっとやだ」
「ハンバーグの添え物」
「ちがう」
「ゴボウかなんかと一緒に煮物」
「やーだぁー」
にんじんは泣きだした。
「うるさいなーもう。おまえはカレーの具になるの!」
「あ、それでいいや」
「んじゃ、そういうことで」
トントントントントントン

2004年1月20日火曜日

キャベツ

レオナルド・ションヴォリ氏はまるごとキャベツに箸を突き刺し塩を振りかけ、かぶりつく。
むしゃむしゃむしゃむしゃ
「あ!ションヴォリめ。これはオレさまのキャベツだぞ」
と、あおむしが言えば
「フン!知ったことか!」
と、お構いなし。
むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ
哀れあおむし退散する。
むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ

夏だというのに、この町の海岸通りは閑散としていた。
むこうから娘が歩いてくる。
ビーチサンダルに切りっぱなしのデニムの短パン、よれよれのタンクトップ。
髪はばさばさ。年は15にも25にも見える。
娘は歩きながら桃にむしゃぶりついていた。
ボタボタと汁を滴らせて。
すれ違いざまに感じたむせかえりそうな甘い匂いは、果して桃のものだったか、女のものだったか。

2004年1月19日月曜日

セロリ

『なあ、せろり』
『サトウくんに呼び捨てにされる覚えはないんだけど』
『んじゃ。せろりちゃーん♪』
『……せろりでいい』
せろりの言うラ行が舌足らずな「せろり」が聞きたくてどうしてもからかってしまう。
……嫌われてるかな。
おれはセロリにかじりついた。
「アンタ、最近セロリばっかり食べてるじゃないの。あんなに嫌いだったのに」
「母ちゃん、おれはオトナになるんだ。見てろよ、せろり!」

2004年1月18日日曜日

トマト

目の前に赤いものか゛落下してきた。
トマトは潰れた。
「なにすんのよ、馬鹿」
アパートの二階でニタニタしている女を睨み上げた。
「ねぇ?アンタはトマト投げて見たいと思ったことないの?」
そうね、否定はできないわ。

2004年1月17日土曜日

くたびれた主水くんのこと

「健気な若者だった。なあ?モンドくん」とションヴォリ氏。
「やっぱり愛だよな」と摩耶。
「人殺しはよくないと思う……」
と百合ちゃん。
「ぼく、にんじゃになる。あんちゃん、ちゃんばらしよう!」
と掃部くん。
主水くんは「おいしい山菜が食べたいな」と思っていたが、口には出さなかった。
もし言えば、このまま山に行くことになるだろうから。

主水くんはちょっと疲れている。
レオナルド・ションヴォリ氏は相変わらずじいさんで主水くんも少し前からじいさんだ。
「ほれ、モンドくん」
「はい、博士」

2004年1月16日金曜日

父の真実

長助は刀を振り回しながらいつしか涙を流していた。
そして、刀を降ろした。

長助の父、長吉も、父の仇討ちを狙う為に、隣国のスパイを監視する忍者になった。
監視を続けるうちスパイの女と長吉は恋に落ちた。
それが知れ渡り、やむなく自害することとなったのだ。
父は殺されたように見せかけるため、女に斬らせた上で、転げ落ちるようにして川へ飛び込んだのだ。
長助の初めて知る父の姿だった。
奥から娘が出てきた。7,8歳だろうか、色の白い子だ。女は言った。
「あんたの妹さ。あたしは自分の国に帰らなきゃいけない。どうか、この子を養ってやってください」

父の死の真相は明らかになった。
もう、長助に恨む者はない。
三代続いた父の仇のための忍者ごっこはおしまいだ。
いや、終わりにしなければならぬ。
これ以上戦ってもまたお互い仇を生むだけだ。
長助は忍者の看板を降ろした。
そもそも隣国のことなんて何一つしらないのだ。
長助は鍛冶屋に専念し、山菜売りは母と妹が継いだ。
長吉16の秋のこと。



2004年1月15日木曜日

父の仇

そしてついにその機会はやってきた。
山菜を買う奥さんの輪の中に鋭い目をした女がいたのだ。
若くないが身体が引き締まっているのが着物の上からでも見て取れる。
なんともないようで隙のない身のこなし。
長助は時間をかけて女を追った。ここで焦ってはいけない。

やっとのことで女の住まいを見つけだした。
「ごめんください。山菜のご用はありますか?」
「悪いね、うちは間に合ってるよ。」
長助は背中に隠した刀を取り出し、声色を変えた。
「ここであったが百年目、盲亀の浮木、うどんげの花・・・」
「長吉つぁん?」
女は父の名をつぶやいた。
「やはり、おぬしが父の仇。覚悟致せ。」
長助は女に切りかかった。
女はひらりと身を翻し、戸の脇に常備していると見える刀を手にした。
激しく刀を交えながら女は喋り続けた。
「あんた、長吉っつぁんの倅だね?あたしの話を聞いとくれ。」
「問答無用」
「そんなら勝手に喋るわ」

2004年1月13日火曜日

忍者になった長助のわけ

長助は隣国のスパイの噂を聞いた。
父の長吉はスパイの諜報活動を目撃してしまい、「消された」のでは、という内容だった。
そして長助は父の仇を討つために忍者としての修行をつみ、望み通り隣国のスパイを監視する役を仰せつかったのである。
与えられた仕事は監視することのみ。しかし長助は心に決めていた。
スパイと接触し、父の殺しと関係があるとわかれば、仇を討つと。
そのために長助は父の作品である大小を念入りに手入れしていた。
小刀はいつも懐に忍ばせ、いざという時には刀を持参するつもりだった。

長助のこと

山菜売りの長助は毎朝早くに山へ入り、山菜を取り、昼前には町に出て売り歩く。
若い割に愛想のいい長助は町の奥さん連中にも人気があって、売り上げも安定していた。
贅沢さえ望まなければ、十分満足な暮しだった。
しかし、それは世を忍ぶ仮の姿であったのだ。
長助は隣国のスパイを探す一流忍者。
山を歩きながら、商売をしながら、夜の町を徘徊しながら、
スパイの気配が現れやしないかと全神経を研ぎ澄ませているのだ。
長助は特別な人間ではなかった。
真面目で優しい両親のもとで野山を駆け回って育ち、
将来は父の後を継いで鍛冶屋になるつもりでいた。
ところがその父が何者かに殺されたのである。長助10歳の秋のことだった。

2004年1月12日月曜日

叱り叱られた主水くんのこと

ションヴォリ氏一行は開演分秒前に劇場に入った。
売店でジュースとポップコーンを買う。
ションヴォリ氏はチョコレートを欲しがったが、主水くんに止められて諦めた。
ションヴォリ氏、摩耶、百合ちゃん、掃部くん、主水くんの並びで席に付いた。
客席はガラガラだ。
ションヴォリ氏たちの他は親子連れが4組いるだけである。
それもそのはず、274人しか住民がいない町にある、500席の劇場なのだ。
「まだ?」
掃部くんは主水くんに聞く。これで八回目だ。
呆れた主水くんがちょっと怖い顔で睨むと
「もう少しだからね」
とにっこり百合ちゃんが言い、膝をぽんぽんとたたいた。
掃部くんは主水くんに「あかんべー」をしてみせた。
ブーーーーーーーー
開演のブザーがなり照明が落ちる。
「ほ! ほーい!」
ションヴォリ氏は喜びの声をあげた。
「ちょっと博士、やめてください。他にも見てる人がいるんですよ」
「大人四人、子供四人。たったのこれっぽちではないか」
「人数の問題じゃないでしょう」
「あんちゃん、うるさい」

2004年1月11日日曜日

敏捷な火付け人について歩いた一行のこと

一行は火付け人の後に付いて劇場まで歩いた。
火付け人の様子はいつまで見ていても飽きなかったのだ。
火付け人は狭い通路の中を反復横跳びのごとく、左右の壁に寄りながら火を付けるので忙しい。
しかし、彼の動きはすばやく一行の歩みは遅くはならなかった。
掃部くんは火付け人に合わせて「あいせっふぁいあ と きんど」と大きな声で言っていた。
「こら、掃部。仕事の邪魔をしちゃだめじゃないか。すみません、うるさくて」
と主水くんは謝ったが、火付け人は気にしてないようだった。
「どうでっしゃろ。あいせっふぁいあ と きんど」

2004年1月9日金曜日

あいせっふぁいあ と きんど のこと

主水くんがなかなか戻ってこないので皆、様子を見に来た。
「あ、博士。この人が 壁の蝋燭を付けてまわっている人です。」
「そりゃご苦労なことで」
「どうでっしゃろ。あいせっふぁいあ と きんど」
「千本もあるんですって、蝋燭」
「それは前に数えたから知ってる」
「はぁ、そうですか。この蝋燭、一時間持つそうですよ」
「じゃあ、千本目の火を付けたころ、一本目はもう消えてるんじゃないかしら?」
百合ちゃんが言ったが、火付け人は聞こえなかったらしい。
「千本目の火を付けるときには、一本目はどうなってるんですか?」
「右壁、左壁かわりばんこにえっほ、えっほ。全部終わるのに45分後、戻ってくるのに15分。あいせっふぁいあ と きんど」
火付けはこの科白を何度も言っているのだろう、よどみなく歌うように口にした。
「すごい。ちょうど一時間だ。でも、それじゃぁ休む時間がないじゃない!」
摩耶が大きな声を出した。
「どうでっしゃろ。あいせっふぁいあ と きんど」

2004年1月8日木曜日

火付け人のこと

ひょっこひょっこと背の低い男がぶつくさ歌いながら歩いていた。
「きゃんどる、ろうそく、えっほ、えっほ」
壁の蝋燭の前に来ると今度はインギンに低い声を出した。
「あいせっふぁいあ と きんど」
禿びて消えかかった蝋燭に手をかざし息を吹きかけると、たちまち蝋燭は甦った。
主水くんは合点した。
おそらくこの人が地下通路の唯一の明かりである蝋燭の管理をしているのだ。
「こんにちは」
「どうでっしゃろ」
「あのう、おじさんが蝋燭をつけて回ってるんですか?」
「わしがやらなきゃだれがやる。あいせっふぁいあ と きんど」
「この蝋燭、どのくらい火が持つんですか?」
「一時間。あいせっふぁいあ と きんど」
「蝋燭、何本あるんですか?」
「千本。あいせっふぁいあ と きんど」
「そんなに!」

2004年1月7日水曜日

耳を澄ます百合ちゃんのこと

コツン コツンコツン コツンと後方で不規則な足音がすることに気づいたのは百合ちゃんだった。
言い忘れていたが百合ちゃんは耳がいい。摩耶の歌声を耳栓なしで聞くことができるのだ。
自分の声がよく聞こえるせいか、百合ちゃんの声はやや小さい。
「ねぇ、主水くん、後に誰かいるみたい……」
「ん?なに?」
「うしろに」
「誰かいるの?シネマを見に行く人じゃない?」
「ううん、変な歩き方してるし……おかしな歌を歌ってるみたい……」
「見てきたほうがいい?」
「うん……」
主水くんはだいぶ前を歩いているションヴォリ氏と摩耶に声を掛けた。
(掃部くんの歩調に合わせていた主水くんたちは、ションヴォリ氏たちと離れてしまっていたのだ。)
「博士!少し待っててください」
「どうかしたのか、モンドくん」
「ちょっと後の様子を見てきます。時間はまだ32分44秒ありますから」
「ほいほい」

2004年1月6日火曜日

落とし穴のこと

大通りの花屋と靴屋の間には大きな四角い穴がある。
店舗がぴっちり立ち並ぶ大通りにあってその隙間はあきらかにテンポを乱している。
余所の人がそうと知らずにのぞき込み、足を踏み外して怪我をする事故も後を断たない。
ゆえに通称「落とし穴」。
実はこれが劇場への入り口なのだ。
石でできた長い階段を降りて暗い地下通路を15分ほど行くと、劇場だ。
掃部くんがここに入るのは初めてである。
通路は三人歩くのがやっとくらいの幅で、天井も低い。
両側の壁には6尺ごとに蝋燭が灯されているが、それでも相当に暗い。
五人の足音がカン カンと響きわたる。

2004年1月5日月曜日

主水くんの胸に冷たい風が通り抜けたこと

翌日、ションヴォリ氏と主水くんと掃部くんが10時00分2秒に噴水前に到着すると、すでに百合ちゃんは待っていた。
「おはよう、百合ちゃん。早いんだね」
「掃部ちゃん」
「あー、ゆりちゃーん」
「久しぶりね、掃部ちゃん」
掃部くんは百合ちゃんの手を取ってブンブン振り回している。主水くんはちょっと寂しい。
10時4分23秒に摩耶がやってきた。
「おはよう、レオナルド、みんな」
「さぁ、行こう。シネマは10時45分の開演なんだ」
ションヴォリ氏と摩耶はしっかりと腕を組んでずんずん歩き始めた。
へんな動物の皮を着た掃部くんは百合ちゃんに手を引かれて歩き出した。
主水くんは、とても寂しい。
仕方ないのでちょっと強引に、空いている掃部くんの右手を取った。
「あんちゃん、おてていたいよー」
「うるさい」
「?」

2004年1月3日土曜日

思惑がはずれた主水くんのこと

そういえば主水くんと百合ちゃんがこうしてゆっくり顔を合わすのはひさびさだ。
主水くんは思い切った。
「百合ちゃん明日は時間ある?シネマに行かない?明日の10時きっかりから10時4分59秒の間で待ち合わせよう。噴水のところで」
主水くんは一息にしゃべった。
「いいねぇ!行こう行こう」
答えたのは百合ちゃんではなく、摩耶だった。
「ほっほーい!シネマ!久しく見とらんな。リリィ、何が見たい?」
「あの、別に博士たちは……」
「掃部も一緒でしょ?やっぱりヒーローものかなー。百合はイヤ?」
「ううん、そんなことない。楽しみ」

2004年1月2日金曜日

パフェに取り付くションヴォリ氏のこと

結局、ションヴォリ氏と主水くんと百合ちゃんの三人は摩耶の歌う喫茶店でチョコレートパフェを食べている。
「博士、こんな巨大なパフェでいいんですか?しかも、おやつの時間を47分23秒過ぎています。あとで食事が入らなくてもしりませんよ」
「だいじょうぶ。クリームがたっぷりで大変結構」
「わたし、お金持ってきてないよ……」
「気にしないで、百合ちゃん。お代は博士か゛ぜーんぶ持つからね」
「うん……ありがと、ションヴォリさん」
「リリィはやせっぽちだからなー。顔色も悪いの。たんとお食べ」
「博士、なんてこと言うんですか。百合ちゃんがもともと色白なのは博士だって知ってるでしょう」
「おーこわいこわい。モンドくんは何でそんなにご機嫌ななめなのかね」
「博士!」

2004年1月1日木曜日

察しの悪いションヴォリ氏のこと

「百合ちゃん!」
「あ、主水くん……」
「ほほーい、モンドくんでないか?どうした?マリーと一緒じゃなかったか?」
「どうしてって。博士こそ、どうして百合ちゃんと一緒にいるんですか」
「リリィか?久しぶりに会ったらかわいくなってたから声を掛けた」
「そんな……あー、もう!」
改めて百合ちゃんの姿を見た主水くん、そそくさと出ていってしまった。
「ん?なんで怒ってるんだモンドくんは」