超短編
ある日、製本作業をしていた自動人形の司書が言った。「トクの故郷の丈夫な紙と、この町の脆い紙、本を作る感触が全く違います。丈夫な紙はつい油断が出ます」自動人形が油断するとはこれ如何に。司書が作った本はどれも美しく仕立てられている。だが、確かにこの町の紙は厚い。感触が違うのも当然だ。
私が執筆したそばからルウバが音読し、トイはそれを一旦暗記してから自分の言葉で文章を再度組み立てる。それを読み取った自動人形の司書が筆記していく。この手順が確立されてからは速かった。私の執筆が追いつかないほどだ。私の執筆が滞り暇ができると、司書は製本作業を進め、ルウバは壺を作った。
「学者の本を読み、トイと語り合ったね。それを反映させてほしい。話した内容やトイが考えた事、どんどん書き加えていい」私がそう言うと、自動人形の司書はきっぱり応えた。「それは、『トイの本』ですね」その通り。残念なのは、私はトイの本を読むことができないということだ。崩れてしまうから。
「そう、一人で書く。だからそんなに多くの本は書けない。あなた方には私が書いたものを読み、この町の紙に書き写して欲しい。それをこの図書館の本にしたい」この町の本は「崩れ、再生する」のが無理のない姿なのではないか。「でも、丸写しでなくていい」トイの目が「どういうこと?」と問うている。
ルウバの作った「骨壺」は三つとも個性的である。「どれが誰だか、わかるように」と。本のための壺は大きさは違うが形は揃っていた。人形に作り変わったばかりのルウバの創作欲が迸ったような三つの壺に私は感嘆した。骨壺はこのまま地下室に安置することとなった。トイがもう一度歌い、弔いを終えた。
歌い終わると、詩が書かれた紙は崩れた。人形もろとも。崩れた紙に埋もれて人形の「骨」が見える。「皆で、壺に入れましょう」と司書が言う。人形の骨には金属が混ざっていた。金属の混ざり方は三体にそれぞれ異なる特徴があり、人工的に作られたものではないことを目の当たりにする。本当に不思議だ。