2024年7月31日水曜日

またね #文披31題 day31

「バイバイ」でもなく「じゃあね」でもなく、「またね」と意識して言うようになったのは、いつからだったろうか。約束はせずとも、次がある。そんな小さなおまじない。振り返ると、まだ手を振っている父母が見えた。ブンブンと大きく腕を振って応える。またね!

2024年7月30日火曜日

#夏の星々140字小説コンテスト 「高」投稿作

うちはお盆に牛や馬は作らない。茗荷で鳥を作る。精霊鳥は高いところに飾ると祖母が言うので以前は二階の窓際あたりに置いていたが、最近は屋根に上げる。精霊鳥なんて作るのは近所でもうちくらいだから、何故そんなものを拵えるのだと祖父に問うと、見たことのない愁い顔で仏壇に視線をやるのだった。

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予選通過

色相 #文披31題 day30

マンセル色相環をクルクル回しながら歩いていたら、向こうからオストワルト色相環を回している奴が来た。オストワルト色相環は回転を速め、あっという間に表色系に変身してしまった。ちぇ、カッコよくてムカつくなぁ。マンセル表色系は重たくて、変身に時間が掛かるんだよ。

2024年7月29日月曜日

#夏の星々140字小説コンテスト 「高」投稿作

あまりに美しいソプラノで、少年は薔薇を枯らしてしまったという。心を痛め、変声期を過ぎて高い声が出なくなっても歌は歌わなかった、と。何度も聞いた祖父の逸話。なのに私は祖父の子守唄をよく覚えている。二人きりの時だけ、祖父は温かいテノールで幼い私に歌を聴かせた。もう一度、聴きたかった。

焦がす #文披31題 day29

虫眼鏡を探したら、なんだかものすごくレトロなのが抽斗から出てきた。「お前のひぃじいさんが、新聞読むのに使っていた虫眼鏡だよ」と父さんが言った。それを使って、ベランダに出て、紙を焦がしながら字を書いた。けっこう難しい。「ひいおじいちゃんへ はじめまして」

2024年7月28日日曜日

ヘッドフォン #文披31題 day28

コードレスのヘッドフォンを買った。私によく似合うと思う。何も聞いてなくても首に掛けて、いつも一緒のヘッドフォン。私が再生しなくても音楽を流してくれるヘッドフォン。時々、私が大好きなミュージシャンに嫉妬して、音飛びしたり曲を変えたりするヘッドフォン。

2024年7月27日土曜日

鉱物 #文披31題 day27

目鼻立ちのぼんやりしたその人は、鉱物の欠片に蜜を絡めて金平糖にする仕事をしていると語った。「石が入った金平糖なんて、食べられないでしょう?」と訊くと、「もちろん人間が食べるもんじゃありませんよ……」と呟いて、ポケットからパチンコを出して夜空に向けて撃った。

2024年7月26日金曜日

深夜二時 #文披31題 day26

うなじが暑い。付けたままのはずのクーラーが寝てしまったかのように静かだ。蛍光緑の小さな電源ランプも、こころなしか暗い。手探りでリモコンを取り、設定温度を一度下げると大袈裟な音を立て冷風を吐き出し始める。もう一度、眠りを手繰り寄せよう。熱帯夜よ、おやすみ

2024年7月25日木曜日

カラカラ #文披31題 day25

空き缶に小豆を入れて、子が振って遊んでいる。はじめはガシャガシャと喧しかったが次第にリズムよくカラカラと楽器らしくなってきた。一緒に踊ってみせると、子は飽きてしまった。夜中、缶から「しょきしょき」と聞こえる。小豆洗いの小さいのが缶の中に現れたようだ。

2024年7月24日水曜日

朝凪 #文披31題 day24

静かな朝、海は小さな波を立てるのさえ忘れて眠っている。泡ひとつも立たない海は時が完全に止まったようで恐ろしい。太陽も完全に姿を現した。早く起こさなくちゃ。「起きろ!」叫びながら海に入る。大袈裟に手足を動かして泳ぐと、海が慌てて目覚める気配がした。おはよう!

2024年7月23日火曜日

ストロー #文披31題 day23

ストローを囓るクセがあったから、あなたのグラスはすぐにわかる。昨日はクリームソーダ、今日はコーヒーフロート。姿は見えない。誰も注文を受けたことがなく、誰も会計したことがない。在るのは飲み終えたグラスだけ。夏だけの常連客様、だいぶツケが溜まっております。

2024年7月22日月曜日

雨女 #文披31題 day22

雨女の雨は、飾りを流す。化粧や塗装、宣伝広告や美辞麗句……世の中は白くなった。流れる飾りがなくなっても雨女の雨は降る。飾りの主も流れていった。車、看板、店舗、粧しこむ人、世辞をいう人、皆どこかへ流れた。雨女はさびしいと泣きながら美しい着物を着て、紅を引く。

2024年7月21日日曜日

自由研究 #文披31題 day21

研究のため自由を収集することにした。予備校をサボる浪人生、気ままに散歩する老人、とりあえず寝ている猫……採取したサンプルを分析、資料にまとめて、夏休み明けに学校で発表するのだ。しかし自由の標本はあまりにも多彩で、眺めていたらどうでもよくなってしまった。

2024年7月20日土曜日

摩天楼 #文披31題 day20

ビルからビルへ飛び渡るのは気分がいい。アメリカン・コミックの主人公にでもなったみたい。でも俺はスーパーヒーローじゃなくて、スーパーボールの姿でなぜか超高層ビルの屋上を飛び回っている。早く誰かに見つけてほしい。俺を捕まえてくれ。大都会の空を、見上げろ。

2024年7月19日金曜日

トマト #文披31題 day19

ミニトマトを植えたはずなのに大トマトが生った。両親は喜んだが私と犬は「何かがおかしい」と感じた。犬は「気をつけろ」と目配せし、怖ず怖ずと食べ始めたがすぐに我慢できなくなった。とてつもなく美味だった。大きいのは初めの1つだけであとはちゃんとミニトマトだった。

2024年7月18日木曜日

蚊取り線香 #文披31題 day18

古生物学者も驚くほどの巨大な蚊が生まれ、世界は混乱に陥った。幸いなことにこの蚊は図体の割りに丈夫ではなく、市販の蚊取り線香が一本燃え尽きる前に退治できてしまう。巨大な蚊取り線香は作らずに済んだ。蚊取り線香の煙と匂いが街に充満しなくて本当によかった。

2024年7月17日水曜日

半年 #文披31題 day17

 ショボいタイムトラベラーである僕が半年前からやってきて、暑い暑いとボヤいている。半年後は寒いぞ、オマエ想像できるか? マフラー巻いて手袋して白い息吐いてるんだぜ、せいぜい覚悟しな。「暖冬かもよ?」半年前の僕が混乱しているうちに、僕も半年後へ行かなくちゃ。

2024年7月16日火曜日

窓越しの #文披31題 day16

私の部屋の窓辺で美しい歌を聴かせてくれる小鳥が怪我をした。どうして怪我をしてしまったの? と訊くと、それも歌にして教えてくれた。美しくも痛々しい歌だった。「手当てしたいから、部屋に入って」と頼んだけれど、どうしても入れないという。私も小鳥も泣いている。

2024年7月15日月曜日

岬 #文披31題 day15

海辺の爺さんの小屋の近くに小さく海へ突き出した所があった。子供の頃、そこに腰掛けて海を眺めていた。時々、魚でも海獣でもないモノが見えるのが楽しかった。見る度に爺さんに報告するが「へぇ」と言ってニヤニヤするだけだった。今は私が「へぇ」と言ってニヤニヤする係だ。

2024年7月14日日曜日

さやかな #文披31題 day14

誰かが熱帯夜を破って、乾いた涼しい風を入れてくれたようだ。今夜は星が明るい。貴重な夜だから、川沿いを散歩する。あちらこちらで小さな光がひゅっと動く。蛍かもしれないし、超小型ドローンかもしれないし、異星から来たものかもしれない。ずいぶん未来に来たものだ。

2024年7月13日土曜日

定規 #文披31題 day13

ランドセルから滑り落ちてしまった竹定規は、そのまま旅に出ることにした。故郷の竹林をもう一度見てみたくなったのだ。パタンパタンと立ち上がっては倒れ込み、進む。30cm何回分になったか、ずっと数えていたが、途中で巻尺と知り合って意気投合したらわからなくなった。

2024年7月12日金曜日

チョコミント #文披31題 day12

チョコミントちゃんは、毎朝すれ違う子。いつも「ミントグリーンとダークブラウン」色の服を着ている。さっきチョコミントちゃんは本物のチョコミントアイスを食べながら歩いてきた。すれ違いざまに「食べる?」と言われた。ミントの香りと甘い声が離れてくれない。

2024年7月11日木曜日

錬金術 #文披31題 day11

あなたは紅茶を淹れるように金を生み出す。「金属の屑」をポットに入れ、湯を注ぐ。時計の砂が落ちるのを息を殺して待つ。三分後、あなたが妙に優美な動きでポットを揺すり、傾けると熱々の金が溢れ出る。私はそれをつい手で受け止めようとして、いつもあなたに笑われる。

2024年7月10日水曜日

散った #文披31題 day10

急に降り出した雨に、大勢いた公園の子どもたちは皆いなくなってしまった。まだ遊べると思っている仔が「もーいいよー!」と叫んでみたりする。残念だけど、かくれんぼはもうおしまいだ。人間の子は雨に弱いんだ。そう伝えると、人間には見えない尻尾が寂しそうに垂れた。

2024年7月9日火曜日

ぱちぱち #文披31題 day9

覚えたての拍手で風鈴の音に称賛を送る子

2024年7月8日月曜日

雷雨 #文披31題 day8

雨漏りを直して欲しいと隣の家の老夫婦に頼まれ、脚立を掛けて屋根へ上がることにした。いくら上っても屋根に辿り着かない。眼下の爺さんが米粒サイズになってやっと着いたのは雷様の雲邸だった。「雷雨は程々に」と頼んで酒を酌み交わしている。帰りに脚立を降りるのヤだなぁ。

2024年7月7日日曜日

ラブレター #文披31題 day7

七月七日、天の川に手紙を流す。貴方に届くのはいつのことになるだろう。貴方からの手紙にも暦が書いてあるけれど、それが未来の日付なのか過去の日付なのかもわからない。どこの星に住むのか、今この瞬間に生きているのかも知らないけれど恋しい貴方へ、お元気ですか。

2024年7月6日土曜日

呼吸 #文披31題 day6

昼寝する子の腹がゆったりと上下している。同じリズムで猫のしっぽも揺れている。右に左に振り向き続ける扇風機の首もなぜか時々ぴったりシンクロして私は少し笑う。すると猫のしっぽはバシバシと抗議を示し、子は寝返りを打ち、扇風機は向こうを見る。もう一緒に寝てしまおう。

2024年7月5日金曜日

琥珀糖 #文披31題 day5

友人の蟻のため、せっせと琥珀糖を作り庭の東の端に置いている。友人の暮らす巣の入口は庭の西側にあるので、もっと巣の近くに置こうかと訊いたこともあるのだが「美しい琥珀糖を運ぶのは、重たくとも好い気分なのだよ」という。わかる気がする。今日は黄色の琥珀糖を作ろう。

2024年7月4日木曜日

アクアリウム #文披31題 day4

一緒に暮らすことになった小さな人魚の姫のために水槽造りを始めた。優雅に揺れる水草。そうだ、城も建てよう。築城中に姫は成長し、水槽は手狭になり、インテリア好きの姫により、この家はすっかり人魚仕様になった。今夜もシュノーケルをしたまま人魚に抱かれて眠る。

2024年7月3日水曜日

飛ぶ #文披31題 day3

大きな紙飛行機が飛んでいたので「乗せて」と叫んだら、すぅと降りてきた。折り目の隙間にうつ伏せに乗り込むと凄い勢いで飛び立った。あぁ紙飛行機だから誰かが飛ばしたんだ。どんなに大きな手だろうか。振り返りたかったけれど、うつ伏せでは難しく、ただ入道雲が迫ってくる。

2024年7月2日火曜日

喫茶店 #文披31題 day2

神輿や、法被を着た者たちが窓の向こうを次々通り過ぎる。外の喧騒をよそに店内は驚くほど静かだ。ぬるい珈琲を啜りながら祭の様子を眺める。異形の者が紛れ込んでいる。彼らは私に見られていることに気付くと会釈を寄越す。その瞬間だけ祭囃子が私の鼓膜を激しく揺らすのだ。

2024年7月1日月曜日

夕涼み #文披31題 day1

さっきまでカキ氷を頬張っていた君が寒いと言う。熱気の抜けた風が吹く夕暮れは近頃、滅多にない。「昔の夏はこんな感じだったよ」カーディガンを貸してやりながら言う。いつの間にか私の服がブカブカじゃなくなってきたね。まだ柔らかな手を繋ぎ直す。ゆっくり歩いて帰ろう。