音楽に誘われ放浪するうちに草原に辿り着いた。装束を着た人がひとり、見たことのない楽器を奏でていた。星空から降りそそぐような音。私に気付いたその人がどこから来たかと問うので「街から。貴方の音に誘われました」と言うと「遠い街まで私の音は届くのに星は聴いてくれない」と涙を流すのだった。
2023年7月31日月曜日
2023年7月30日日曜日
握手 #文披31題 day30
具合が悪くなったご老人を助け、仲良くなった。おやつを持って訪ね、別れ際には必ず握手した。ある日訪ねると、ご老人の家は影も形もなく、蝉の死骸と一昨日食べた水羊羹の容器が並んで落ちていた。四歳の七夕に「蝉と握手したい」と書いたのを思い出した。
2023年7月29日土曜日
#夏の星々140字小説コンテスト投稿作 「遠」投稿作
手紙が届いた。宛先が何度も書き直され、切手は貼り重ねられ消印だらけ、歴戦の猛者の趣きすらある。よくぞここまで辿り着いた。いくつもの星を経由して配達された、遠い星に住む父母からの近況を伝える便りだ。デジタル通信は大昔に技術も信頼性も失った。私はコンピューターを教科書でしか知らない。
名残 #文披31題 day29
真夏に飲む「去年の茶葉で淹れた茶」は、去年を連れてくる。眼の前の子に被さるように今より少し幼い子の姿がチカチカと見える。彼岸へ渡ったばかり人がチラチラと見える。淹れるのには気合が必要だ。でもやっぱり私は会いたくて、真夏に名残の茶を淹れる。
2023年7月28日金曜日
方眼 #文披31題 day28
一升一升几帳面に埋められると、文字は窮屈で踊りだしたくなる。文字同士でチラチラと上下左右を伺っている。実はこのノート、何日も開かれていない。バレやしないさ。さあ踊れ! 狂喜乱舞の最中、ノートが宙に浮く。慌てて升目に戻ろうとするが時すでに遅し。
2023年7月27日木曜日
渡し守 #文披31題 day27
舟の仕事に就いて長いが、虚舟だの泥舟だの、剣呑な舟ばかりに乗っている。客も見るから胡乱な者だらけ。川でない所を漕ぐわ、舟が崩れるわ、しまいには必ず遭難するのに、気づけばまた櫂を握っている。俺は確かに渡し守だが、舟を漕いでいる俺は一体誰だ?
2023年7月26日水曜日
すやすや #文披31題 day26
猫と暮らすようになって家の物がよく寝るようになった。パソコンには「起きてー!」としばしば声を掛け、洗濯機は脱水中に妙に静かになったら揺すって起こし、ガスは炒め物をしてながら弱火になる。もういっそ、みんな猫みたいにふわふわになればいい。
2023年7月25日火曜日
報酬 #文披31題 day25
おはじき10枚拾い集めると、かき氷の引換券と交換。だが、せっかく拾ったおはじきを失いたくなくて、駄菓子屋には行かなかった。駄菓子屋のかき氷は特別で、おはじきがないと作れないと知ったのは最近だ。子供の頃に貯め込んだおはじきで、かき氷食べにいこう。
2023年7月24日月曜日
ビニールプール #文披31題 day24
ビニールプールの墓場だ。極彩色がぐにゃぐにゃ積み上がり、ひしゃげたキャラクターが空を睨む。「燃やすわけにはいかない。タチの悪い煙が出る」と墓守は言う。「でしょうね」と同意する。「どう供養を?」「西瓜に頼む。うまいことやってくれる」
2023年7月23日日曜日
静かな毒 #文披31題 day23
この村の人々は皆、声が小さい。誰もが小さな鈴をそっと鳴らすように、美しくよく通る囁き声で話す。名水と誉れ高い村の水に、毒があるのだ。人の耳を鋭敏にする毒が。声が佳くないと虫も鳥も生き残れない。木の葉が美しく鳴るよう、風さえも気を遣う。
2023年7月22日土曜日
賑わい #文披31題 Day22
祭。笛や太鼓が鳴り響き、多くの人が踊り、屋台はどこも繁盛している。けれども、どこか「しん」としている。それは人々の歓声を山の神が食べるから。山の神が満腹になった途端、声が戻る。「うるさい!」よく食べ眠くなった山の神は雨を降らせ、祭はお開き。
2023年7月21日金曜日
朝顔 #文披31題 day21
朝顔の種が採れると朝顔師匠に見せる。師匠は何故か花は見ない。種だけを見て私の朝顔を品評した。去年、種を見せた時「これで最後だね」と言われた。免許皆伝なのか、破門なのかわからないまま、五月、種を植えた。今、硝子のように透明な朝顔が咲いている。
2023年7月20日木曜日
甘くない #文披31題 day20
みかんは酸っぱいのが好きだと言ったら、一年中、青いみかんが食えるようになった。入手方法不明。「狐狸網は凄いのです」と狸は威張る。最近尻がムズムズする。尻尾が生えたら私も狐狸網に絡め取られるだろう。甘くないのは、みかんだけではなさそうだ。
2023年7月19日水曜日
爆発 #文披31題 day19
爆弾収集家は困っていた。こんなに巨大な爆弾は初めて見た。どうしてもコレクションに加えたい。しかし盗むのはオオゴトだ。情報を得た。巨大爆弾がまもなく使用されるという。爆弾の名はショーサンシャクダマ。枝豆と茄子の漬物を持参し河原に来たれよ、と。
2023年7月18日火曜日
占い #文披31題 day18
サイコロで行き先を決める旅だった。東西南北、右左、サイコロの言う通り、あべべのべ。道に投げるからだんだんと欠けて丸くなり、数も判別しにくくなった。旅もここまでかと思ったら野良犬がサイコロを食べた。これからはワンコロの言う通り、あべべのべ。
2023年7月17日月曜日
砂浜 #文披31題 day17
龍は砂漠で砂を吸う。砂漠の砂は熱いが美味だ。風味が無くなると龍は海上で砂を吐き出す。砂浜ができる。近頃、風味豊かな砂が少なくなった。仕方がないから昔吸った砂をまた吸う。砂浜の砂が天高く吸い上げられる。すぐに味がなくなる。今日も街に砂が降る。
2023年7月16日日曜日
レプリカ #文披31題 day16
宝物の複製品作りは、宝物の管理維持や制作技法の研究のために重要な仕事だ。この国の宝物館には複製品を作る凄腕の職人がいる。代々世襲制ということに表向きではなっているが、職人もまた先代に作られたレプリカであり、宝物以上に厳格に管理されている。
2023年7月15日土曜日
解く #文披31題 day15
リボンが蝶を誘惑している。リボンから離れて!と大声をあげたが、蝶には通じない。リボンは蝶々に絡みついた。あれを解くのは犬の私には不可能だ。飼い主は、必死に蝶に吠え掛けたせいで植え込みに絡まった私の毛やリードを解くのに夢中で蝶に気づいていない。
2023年7月14日金曜日
お下がり #文披31題 day14
子どもの頃に着た浴衣は、どれも誰かのお下がりだった。五年生の夏に着た浴衣は少し古風な柄だった気がする。その夏、とても上手く踊れた。盆踊りがこんなに楽しいとは! 浴衣のおかげだと思った。この浴衣が誰の物だったか、なぜか教えてもらえなかった。
2023年7月13日木曜日
流しそうめん #文披31題 day13
山からそうめんを流す仕事を親から受け継ぎ四年になる。ここは崖の多い登山客も少ない山小屋で、流したそうめんがどこに行くのかも、このそうめんを誰が食べるのかも、私は知らない。今日も明日もそうめんを茹で樋に流し、ぼうっと見送る。幸せに思う。
2023年7月12日水曜日
門番 #文披31題 day12
引っ越した家には観音開きの門扉があった。左右の門扉に小さなシーサーが乗っている。沖縄では屋根にいることが多いのに、なぜ門扉なのだろうと思っていたが、後にわかった。不審な人物が来ると大きくなり、怖い怖いと泣きながら家の中に逃げ込んでくるのだ。
2023年7月11日火曜日
飴色 #文披31題 day11
ポケットに入れっぱなしだった飴が小袋の中で溶けてぺちゃんこになっている。左手の小指の爪と同じ透き通った青緑色。青りんご味のこの飴が一等好きだ。だから左手の小指の爪は青りんご飴になった。いつでも舐められるからポッケの飴のこと忘れてたんだな。
2023年7月10日月曜日
ぽたぽた #文披31題 day10
「お水を夏に返したい」と言って、子は室外機から落ちる水滴を一番高価なグラスに溜めている。エアコンの中を伝ってきた水は意外なほど澄んでいてキラキラと輝いている。子としゃがみこんでグラスに水が溜まるのを見つめる。汗が流れ落ちるのも構わずに。
2023年7月9日日曜日
肯定 #文披31題 day9
「つまらん」と口に出すと一斉に「その通り!」
「もう嫌だ、辛抱堪らん」と叫べば「尤もだ!」
お手上げだ。「そうだね」と呟き続けよう。
2023年7月8日土曜日
こもれび #文披31題 day8
赤ん坊の私は樹の下で眠っていた。私はそこで拾われ、その時の模様のまま大人になった。左頬の葉の形がくっきりわかる影と、右の胸から肩に向かってすらっと伸びた枝の影が特に気に入っている。私が拾われた場所は今、駐車場だ。形見は葉が一枚だけ。
2023年7月7日金曜日
洒涙雨 #文披31題 day7
一年ぶりの妻は涙脆くなっていた。逢えたと言っては泣き、乾杯をしては泣き、接吻しては泣く。あんまり泣くのが可笑しくて泣く。早く泣き止ませないと、どこかで洪水になるぞと焦る私に構いもせず、もうお別れの時間だと泣く。退屈した牛も欠伸をして泣く。
2023年7月6日木曜日
アバター #文披31題 day6
タイムトラベルで我が家に滞在中の先祖、インターネットやオンラインゲームをやってみたいがアバターを作るのは畏れ多くてできぬと宣う。曰く、化身を作ってよいのは神仏だけだと。大昔からやって来ておいて何を言うのだ、あんたはここでは神仏同然だ。
2023年7月5日水曜日
蛍 #文披31題 day5
ピカピカ飛ぶものを追いかけていた。やけに機敏な飛び方をする蛍だった。「地球人、動くな」と言われ、蛍だと思ったものが宇宙船だと知った。直後に私のすぐ足元に宇宙船は着陸したから、つんのめった私はそれを踏んづけてしまった。その年、米が豊作だった。
2023年7月4日火曜日
触れる #文披31題 day4
4歳の頃、得体の知れないものの感触を「どぅびどぅび」と呼んでいた。長じて「ざりざり」や「ふにゃふにゃ」などに置き換わっていったが、いつまでも「どぅびどぅび」としか表せないものが、ひとつ残った。「どぅびどぅび」に指先で触れる。どぅびどぅびする。
2023年7月3日月曜日
文鳥 #文披31題 day3
昔いた文鳥のことを思う。あれは文鳥の姿はしていたがブンチョウではなく、フミドリだった。毎朝、鳥籠を覗くと桜色の嘴に一筆箋を挟んで澄ましていた。「昨日の粟は格別に美味」「盛った猫の声は麗しくない」長く生きたが、筆を持つところは終ぞ見なかった。
2023年7月2日日曜日
透明 #文披31題 day2
私という存在が視覚的に確認できなくなり四日目。往来で踊っても誰ひとり見向きもしない。唄っちまえ。「彼方ぃ此方ぃの落ち零れぇ〜とはオイラのことよォ♪」「ワォン!」足元に生暖かい水溜りの出現。やぁ、視覚的に確認できない野良犬よ、逢えて嬉しい。
2023年7月1日土曜日
傘 #文披31題 day1
新しい傘は雨の日をご機嫌にしてくれるはずだった。なのに、この傘は差すと金平糖を降らす。私が通ると金平糖の道ができ、夏の温い雨にゆるむ金平糖を求めて蟻が付いて来る。金平糖をたっぷり食べた蟻はすっかり大きくなり、近頃なぜか私と手を繋ぎたがる。