尻尾を切られた黒猫は、時折、教会の屋根の上に登る。
ここで聴く、背の低いコルネット吹きの奏でる音色は、地上で聴くのとは随分違って聴こえる。おまけにヒゲが擽ったい。しかし、その擽ったさは地上では決して感じることができないのだった。
「チョット・バカリー、ヌバタマを見なかった? 近くにはいるはずなのに、姿が見えない」
少女に訊かれて、コルネット吹きは答える。
「心配しないで、キナリ。ヌバタマは、ちゃんと近くにいる。僕の音をよく触れる場所で聴いてるはずだ」少女は安心して、コルネット吹きにリクエストをする。
「ねぇ、゛my pretty valentine゛をやって」
黒猫は、その曲の甘い擽ったさに身を捩り、堪えきれずに教会の屋根を降りて少女の元に向かった。
少女のうっとりとした眼差しに、黒猫はたじろぐ。この眼差しがさっきの甘い擽ったさと同じものだとは、黒猫は理解していない。