それは、ヒールとの激しい闘いの最中だった。
ヒールの拳がヒーローの鳩尾に入る。止めの一撃を食らわせてやったと、右の口角だけあげてほくそ笑むヒール。顔を歪めて苦しむヒーローを、観客は手に汗握り見守る。観客の祈りが通じたわけではなかろうが、ヒーローはよろよろと立ち上がり反撃に出た。最後の力を振り絞り、長い足での廻し蹴り。
渾身の蹴りは、しかしヒールには命中せず、スクリーンを見事に突き破る。
グガバッグバガバグバッガ
凄まじい音を立て一瞬で白い破れ幕と成り果てたスクリーンから、ごろり、ヒーローが観客席に転がり落ちたのだった。
夢にまで見た二枚目ヒーローがそこにいる。だがそれは、瀕死の重傷を負った男だった。観客席に喜びとも痛みともいえぬ悲鳴が響き渡る。
まもなく到着した救急車で運ばれたヒーローの安否も、映画の結末も、ついぞ知られることはなかった。
スクリーンが破られる音ばかりが、滓のように耳に沈んでいる。
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500文字の心臓 第82回タイトル競作投稿作