高濃度汚染地区Q、旧町名を葛宇という。ここは地形的、気象的に大量のエアロゾルが停留しやすく、とうの昔に人の居住は禁止された。晴天でも靄がかかり、人が無防備に近づけば呼吸困難、眩暈、嘔吐など重篤な症状を起こす。無論、植物も枯れてしまう。
そこで、エアロゾルを吸着しても枯れず、大気を清浄化させる樹木が開発された。クスノキを主体に交配合や薬物投与を重ね、簡素な知能を備えた人造樹木は、まだその効果が実証される前から「塵吸乃樹」と神木のように崇められ、早速旧葛宇町を埋め尽くすように植えられた。
人造樹木は、人々の期待に応える。だが、エアロゾルの排出が減ることのない国では、いくら樹木が努力しようと高濃度汚染地区Qの名が変更されることはなかった。結局、人々は「塵吸乃樹」を忘れていった。
旧葛宇町の樹木たちは、短い寿命を過ぎてもなお靄の中で生き続ける。与えられた僅かな知能も、大気を清めるはずの特殊樟脳も極度に老化した。
高濃度汚染地区Qに近づくと、饐えた匂いが漂い、いないはずの子供たちがわらべ歌を歌う声が聞こえるという。
『未来妖怪』投稿作