一体どれくらい眠ったのだろう。
起き上がって、もう一度シャワーを浴びた。ティンパニーの水音を聞きながら「本当の水音ってどんな音だっただろうか」と思っていることに気がつく。
適応したのか、元の街を離れてからの時間が長くなってきた証拠なのか。
着替えたところを見計らったように、ノックが聞こえた。知っている扉を叩く音とは違う気もしたが、ノックだとわかった。
「よく眠れましたか?」
部屋に入ってきた美しい人は、やはり美しかった。肉を捏ねるような声も変わりなかったが、それがこの人に相応しい声だと思った。
「ありがとうございます。……貴方は一体?」
色々と具体的に訊きたいことがあったはずなのに、不躾な質問が真っ先に出てきてしまった。己の口を恥じる。
美しい人は、まったく気にする様子もなく、黙って腕を伸ばし、ポケットから懐中時計を出して、腕にかざした。
「これは……」
この、うっすらと浮かび上がる文様のようなものは
「そう『消えず見えずインク』です」