2012年9月10日月曜日

連れてゆく

 ある朝、まだ着替えないうちに、クマ氏がやってきた。
「お連れします」
 と言う。どこへ? こんな格好のままでよいのかしら? お財布は? 鍵は? 歯も磨いていないのよ?
 色々と質問が湧いてきたけれど、クマ氏は私に背中を向けて屈んだ。
 私は仕方なく、クマ氏の背中にしがみついた。
 よれよれの赤いチェックのパジャマのままクマにおんぶされる。
 クマの背中は広かった。
「私をどこに連れてゆくの?」
 答えを聞く前に、私は眠ってしまった。
 あんまりクマ氏の背中が頼もしいから、どこに連れて行かれてもいいような気がしている。


2012年9月6日木曜日

夜夜中

 夜が、夜中を迎えに行く。
 上手く夜中が見つかればよいけれど、なかなか見つからないこともある。
 そんな時は、夜はずっと夜中を探しまわらなくちゃならない。
 夜と夜中が無事に出会って夜夜中、ハラハラしていた月も安心して、しっとりと輝きを増す。


2012年9月3日月曜日

プラスティックロマンス

 陶製のお人形が落ちて粉々になったとき、幼かった私はもう人形など手に入れないと決めた。
 だが、両親は私の決意など露とも知らず、「これなら割れないから」とプラスティックの人形を買ってきた。
 それは、よく見かける塩化ビニルの弾力ある人形とも、もちろん陶製の人形とも違う、どこか未来的というか、SF(SFという言葉はもっと後に知ったのだけれども)の世界に暮らしているような雰囲気の、少年の人形だった。
 しかし、結局ほとんど遊ぶことはなく、人形は部屋に放りっぱなしになった
 時が経ち、周りの女の子が芽生えたての恋心を語り始めても、私には好ましい男の子が現れなかった。なんとなく置いてけぼりの気分が続いていたとき、部屋で埃をかぶっていた人形と目があったのだ。
 私は、人形の年頃に自分が追いついたのを知った。
 一番お気に入りのハンカチを水で絞ってくると、洋服を脱がせ、彼の体を拭った。埃がこびりついていた顔もみるみるうちにツルツルになり、心なしか顔色もよくなったような気がする。
 人形は存外に精巧な作りだった。両親がなぜこれを私に与えたのかと訝しみながら、なかなか彼の体を拭うのをやめることができない。


2012年9月1日土曜日

何の音だ

何の音だ?
雨の音ではない。

何の音だ?
足音でもない。
救急車も通らない。
シャックリをする人もいない。

何の音だ?
私は隣にいるはずの恋人に訊ねようとする。
「何の音だ?」
ひどく錆びた歯車が軋む音がするだけだった。
恋人が私に何か言う。
壊れた自転車のブレーキの音しか聞こえない。
相変わらず、何の音だかわからない音が聞こえるけれど、カラスのか細い猫撫で声で啼いているから、帰ろう。


2012年8月24日金曜日

残暑

「夏の盛りの暑さでは、ダメなのだ。あくまでも立秋をとうに過ぎた……そうだね、処暑も過ぎた頃の暑さが最適だ」
 ラボの所長は、そんな事をブツクサ言いながら、ビーカーを窓際に持っていく。
 私は「冷房くらいつけましょう、倒れてしまいますよ、(もう年なんだから)」という言葉をギリギリのところで飲み込んだ。
 ビーカーに入っているのは桃色をしたキューブ状の物体である。窓際に置かれると、暑さでみるみる溶けていった。
「何故、残暑がよいのですか、所長」
 私が質問すると、所長は心底驚いた風な顔をした。
「何故ってきみ、真夏の太陽では熱狂してしまうからだ」
「今年の残暑も十分、暑すぎます」
「老いらくの恋は、案外刺激的なのだよ」
 溶けた桃色の液体をグイッと飲み干した。
 毎年この時期、所長は少し遅い墓参りに出かける。それも、日が暮れてから。


2012年8月20日月曜日

タイトル競作一覧

ここのところ、500文字の心臓のタイトル競作のタイトルで書いているけれど、何を書いたのかわからなくなったので一覧にした。

◎は、投稿したもの、◯はこのブログで書いたもの。

■第186回競作『ブルース』
■第187回競作『誰かがタマネギを炒めている』

■第185回競作『ほくほく街道』
■第184回競作『眠りすぎないように』
■第183回競作『少女、銀河を作る』
■第182回競作『INU総会』
■第181回競作『三階建て』
■第180回競作『白白白』

■第179回競作『鶏が先』
■第178回競作『パステルカラーの神様』
■第177回競作『川を下る』
■第176回競作『お返事できずすみません』
■第175回競作『その瞬間』
■第174回競作『バタフライ効果』
■第173回競作『共通点』
■第172回競作『しぶといやつ』

■第171回競作『おしゃべりな靴』
■第170回競作『さかもりあがり』
■第169回競作『忘れられた言葉』
■第168回競作『ハンギングチェア』
■第167回競作『ツナ缶』

■第166回競作『風えらび』
■第165回競作『エとセとラ』
■第164回競作『明日の猫へ』
■第163回競作『ぺぺぺぺぺ』◎
■第162回競作『魚と眠る』
■第161回競作『テーマは自由』
■第160回競作『タルタルソース』

■第159回競作『水色の散歩道』
■第158回競作『出てって』
■第157回競作『百年と八日目の蝉』
■第156回競作『永遠凝視者』
■第155回競作『投網観光開発』
■第154回競作『かわき、ざわめき、まがまがし』◎
■第153回競作『P』

■第152回競作『テレフォン・コール』
■第151回競作『あたたかさ、やわらかさ、しずけさ』
■第150回競作『夢の樹』
■第149回競作『ロココのココロ』
■第148回競作『麦茶がない』
■第147回競作『気体状の学校』
■第146回競作『一夜の宿』
■第145回競作『永遠の舞』

■第144回競作『クスクスの謎』
■第143回競作『序曲』
■第142回競作『うめえよ』
■第141回競作『Jungle Jam』
■第140回競作『お願いします』
■第139回競作『赤いサファイア』
■第138回競作『群雲』
■第137回競作『円』
■第136回競作『スイングバイ』

■第135回競作『熱くない』
■第134回競作『湖畔の漂着物』
■第133回競作『設計事務所』
■第132回競作『やわらかな鉱物』
■第131回競作『天国の耳」○
■第130回競作『ありきたり』
■第129回競作『おはよう』
■第128回競作『鈴木くんのモロヘイヤ』

■第127回競作『ひょんの木』◯
■第126回競作『もみじ』
■第125回競作『あなたと出会った場所』
■第124回競作『メビウスの帯』
■第123回競作『青い鳥』
■第122回競作『最終電車』
■第121回競作『河童』
■第120回競作『妖精をつかまえる。』
■第119回競作『情熱の舟』◯

■第118回競作『消臭効果』
■第117回競作『すいている』
■第116回競作『シェルター』
■第115回競作『その掌には』◯
■第114回競作『鈴をつける』
■第113回競作『東京ヒズミランド』○
■第112回競作『告白』○
■第111回競作『煙』○
■第110回競作『K』

■第109回競作『第二印象』
■第108回競作『ぐしゃ』
■第107回競作『サマ化け』
■第106回競作『結晶』
■第105回競作『スイーツ・プリーズ』
■第104回競作『法螺と君との間には』
■第103回競作『天空サーカス』〇
■第102回競作『ドミノの時代』○
■第101回競作『あおぞらにんぎょ』○

■第100回競作『気がつけば三桁』
■第099回競作『外れた町』○
■第098回競作『エジプト土産』◯
■第097回競作『ペパーミント症候群』○
■第096回競作『嘘泥棒』
■第095回競作『3丁目の女』
■第094回競作『死ではなかった』
■第093回競作『しっぽ』◎
■第092回競作『水溶性』

■第091回競作『謎ワイン』◎
■第090回競作『もう寝るよ。』
■第089回競作『笑い坊主』◎
■第088回競作『名前はまだない』◎
■第087回競作『シンクロ』
■第086回競作『たぶん好感触』
■第085回競作『期限切れの言葉』○
■第084回競作『納得できない』
■第083回競作『頭蓋骨を捜せ』◎
■第082回競作『スクリーン・ヒーロー』◎

■第081回競作『黒い羊』◎
■第080回競作『たまねぎ』
■第079回競作『ジャングルの夜』○
■第078回競作『ノイズレス』◎
■第077回競作『かつて一度は人間だったもの』◎
■第076回競作『きみはいってしまうけれども』◎
■第075回競作『銀天街の神様』◎
■第074回競作『誰よりも速く』◎
■第073回競作『その他多数』

■第072回競作『仮面』◎
■第071回競作『赤裸々』◎
■第070回競作『捩レ飴細工』◎
■第069回競作『愛玩動物』◎
■第068回競作『何の音だ』◯
■第067回競作『間に合わない』◎
■第066回競作『這い回る蝶々』◎
■第065回競作『チョコ痕』◎
■第064回競作『日の出食堂』

■第063回競作『冷気』○
■第062回競作『夜夜中』◯
■第061回競作『化石村』○
■第060回競作『グッドニュース、バッドニュース』
■第059回競作『緑の傘』◎
■第058回競作『富士山』◎
■第057回競作『眼球』○
■第056回競作『プラスティックロマンス』◯
■第055回競作『☆』◎

■第054回競作『そこだけがちがう』
■第053回競作『連れてゆく』〇
■第052回競作『隣りの隣り』
■第051回競作『生』
■第050回競作『月面炎上』◎
■第049回競作『偏愛フラクタル』
■第048回競作『だめな人』
■第047回競作『降るまで』◎
■第046回競作『指先アクロバティック』〇
■第045回競作『食』○

■第044回競作『とまどいもしない』○
■第043回競作『これでもか』
■第042回競作『象を捨てる』◎
■第041回競作『魔法』◎
■第040回競作『二人だけの秘密』
■第039回競作『金属バット』◎
■第038回競作『ボロボロ』◎
■第037回競作『かめ』
■第036回競作『引き算』◎
■第035回競作『密室劇場』◎
■第034回競作『衝撃』◎

■第033回競作『冷えた椅子』◎
■第032回競作『結び目』◎
■第031回競作『面』◯
■第030回競作『落ちる!』
■第029回競作『水浪漫』○
■第028回競作『輝ける太陽の子』
■第027回競作『アルデンテ』○
■第026回競作『楽園のアンテナ』○
■第025回競作『お城でゆでたまご』
■第024回競作『春の忍者』○
■第023回競作『私がダイヤモンドだ』○

■第022回競作『性の起源』
■第021回競作『ゆらゆら』○
■第020回競作『延長また延長』○
■第019回競作『踊る』○
■第018回競作『サンダル』○
■第017回競作『ことり』○
■第016回競作『ロケット男爵』○
■第015回競作『観察する少女』○
■第014回競作『微亜熱帯』○
■第013回競作『駄神』
■第012回競作『虹の翼』○

■第011回競作『除夜』
■第010回競作『奇妙な花』
■第009回競作『めがね』○
■第008回競作『残暑』◯
■第007回競作『信じますか』
■第006回競作『もらったもの』
■第005回競作『未来のある日』
■第004回競作『冷たくしないで』
■第003回競作『懺悔火曜日』○
■第002回競作『丸』
■第001回競作『そこにいる』○


2012年8月19日日曜日

 線香の煙が、僧侶の読経に合わせ、燻る。
 それを初めて見たのは、曾祖母の葬式だった。私はもうすぐ四歳になる頃で、胡座をかいた父の膝の中に収まっていた。
 煙はまさしく曾祖母の気配そのもので、それは案外楽しそうだった。
「おおきいおばあちゃんが、踊っているよ」
 と、父に耳打ちしたけれども、父は聞こえたのか聞こえなかったのか、宥めるようにポンポンと私の頭に触れるだけだった。
 それが、ちょうど木魚と同じタイミングだったので、曾祖母はとても面白かったらしく線香はいよいよ煙った。
 人々は咳を堪えて、咳払いをし、涙目をこすったから、知らぬ人が見ればさぞかし悲しい葬儀に見えただろう。
 大人になった私は、相変わらず線香の煙で故人の様子がわかる。
 お盆のときは、盛大に線香を焚くから、母が不機嫌だけれども、どうしようもない。