2012年8月24日金曜日

残暑

「夏の盛りの暑さでは、ダメなのだ。あくまでも立秋をとうに過ぎた……そうだね、処暑も過ぎた頃の暑さが最適だ」
 ラボの所長は、そんな事をブツクサ言いながら、ビーカーを窓際に持っていく。
 私は「冷房くらいつけましょう、倒れてしまいますよ、(もう年なんだから)」という言葉をギリギリのところで飲み込んだ。
 ビーカーに入っているのは桃色をしたキューブ状の物体である。窓際に置かれると、暑さでみるみる溶けていった。
「何故、残暑がよいのですか、所長」
 私が質問すると、所長は心底驚いた風な顔をした。
「何故ってきみ、真夏の太陽では熱狂してしまうからだ」
「今年の残暑も十分、暑すぎます」
「老いらくの恋は、案外刺激的なのだよ」
 溶けた桃色の液体をグイッと飲み干した。
 毎年この時期、所長は少し遅い墓参りに出かける。それも、日が暮れてから。