「さあ、樹にしがみついて。そう、抱きしめるように」
オニサルビアの君に手を握られた。冷たい手だった。
手を繋いだまま、ケヤキの巨木を二人で抱きしめた。繋がなかったほうの手と手は、全く届かなかった。それくらい、立派で大きな木だったのだ。
背中が温かい。老ゼルコバが後ろから抱きついてきたのだ。
ケヤキと老ゼルコバに挟まれて、静寂となった。
風も音も匂いもない。自分の息の音もすぐに吸い取られる。
背中の老ゼルコバの体温も感じられなくなった。
眠いような気がするが、いつもの眠さとは違う。「無」と呼ぶほうが近い気がする。
抱いたケヤキと老ゼルコバが、さらさらと崩れるのを、微かに感じた。身体の感触なのか、形而上の認識なのか、それもわからないが、老ゼルコバが「いなくなった」確かな実感だけはあった。