2009年10月10日土曜日

偏愛フラクタル

恋人の背中には痣がある。
細かい線が複雑に絡み合って、砂浜で拾った珊瑚を顕微鏡で覗いているみたい。
私はそれを中指で辿る。痣の上を通り過ぎても、そのまま肌の上に指を滑らせる。
すると痣は、それを追いかけるようにすうと拡がる。
「わたし、この痣好き」
恋人は私に言われるまでそんな痣があることを知らなかったらしい。
姿見の前で身体を目一杯ひねっても、私が手鏡の角度を絶妙に合わせても、自分自身では見ることができない。
うつ伏せの背中の上で私の中指が踊る。痣との追いかけっこ。始めは小さかった痣ももう掌よりも広くなった。古い教会のラビリンスのよう。
彼の背中に私の中指が迷い込む。出てこれなくたって、構わない。

(295字)