2009年10月7日水曜日

笑い坊主

 誰も見つからない。
 僕は諦めて、ぼんやり下ばかり見て歩いている。
「もういいかい」
 きっちり百数えてそう叫んだけれど、応えはなかった。たぶん、はじめから僕を置き去りにするつもりだったのだ。
 僕は僕の影を見つめて歩く。このまま家に帰ったら、母さんの顔を見た途端に泣いてしまいそうだった。いや、もう泣いてる。
「何を泣いておるのだ」
 にゅうと立ち上がった僕の影が、口と目をくり抜いただけの真っ黒な顔で、僕を覗き込んだ。
「……誰?」
「お前の笑い坊主」
「笑い坊主?」
「泣いてばかりでは、泣いてばかりだから、笑い坊主だ」
 とんちんかんなことを言いながら、真っ黒な顔は百面相を始めた。
「やーいやーい、泣き虫毛虫、アリンコのキンタマくれてやる」
 とうとう僕は吹き出す。
「今泣いたカラスがもう笑った」
 笑い坊主は泣きそうな顔をした。きっと夕焼けのせいだ。

(360字)
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500文字の心臓 第89回タイトル競作投稿作
○5 △1

原点に帰ろう、私が好きな超短編、私が書ける超短編を素直に書こうと決めたら、こうなりました。
せっかく心臓に出すのだから、超短編を書こうと。
心臓に超短編書かずにどこに書くんだ、と前回反省した。
コメントが染みました。ありがとうございます。
特に脳内亭さんからは最大の賛辞を頂戴しました。ありがとう。

影に掛けて、黒い生き物(アリンコとカラス)を出したところが今回のお遊び。