2006年1月31日火曜日

ハンバーガーとコーラとポテト

ハンバーガーショップに店員は一人しかいなかった。
お下げ頭にキャップをかぶっている。きっと高校生だ。
「クヤエキュ?」
「え?」
「クヤエキュ?」
ぼくは彼女の顔をまじまじと見た。別にバカでもなさそうだ。
それどころか、かなりの美人だ、というかオレのタイプかもしれない。
「ハンバーガーと…コーラと、ポテト」
「スエアッケ、バムメ、ッメオイウ」
と言うと彼女は楽しそうに鼻歌を歌いながら厨房に引っ込んだ。
オレは外国にでも来たのだろうか?
家から四分のハンバーガーショップに来たつもりなのだけど。
そんなに頻繁ではないけれど、何度も来たことがあるハンバーガーショップに。
ほどなく、彼女はきちんとハンバーガーとコーラとポテトをトレーに載せて戻ってきた。
「ゥッベッキュ」
値段はレジに出るので分かる。ありがたい。
オレは彼女から一番遠い席に座って、モソモソとハンバーガーを食べた。
あの娘はまた、歌を歌っている。とても気持ちよさそうに。
どこの言葉なんだろう?なんでここで働いているのだろう?なんで一人なんだろう?
ハンバーガーは、いつもより数段旨かった。いつもしょっぱすぎるポテトの塩加減も言うことなしだった。それでもオレは縮こまってモソモソと食べ、彼女に気づかれないように、そっと店を出た。
どういうわけか、彼女の歌がいつまでも忘れられない。

《Ukulele》

2006年1月28日土曜日

Aurora

細く暗い道に突然強い光が射してきて、僕は目が眩んだ。頭が痛んでしばらく歩けないほどに。
ようやく目が慣れてくると、途端に自分が何をしていたのか、サッパリわからなくなった。
「オレ、何してるんだろう」
トンネルのようなところをとぼとぼ歩いていると思っていたのに、オレは白い森にいた。
白い幹に白い葉を繁らせた木々、地面も苔も、虫たちも白かった。
さっきの強い光のせいで目がおかしくなっているんだと思ったけれど、いくら時間が経ってもやっぱり白い。
オレの目を眩ませたはずの太陽はどこにもなく、空はどんな夜より暗い。
輝いているのは木であり大地であり、虫たち、そのものなのか……。
オレは自分も白くなっていることに気付いた。身につけている服も身体も。
森に飲み込まれる!
でも恐怖はすぐに喜びに変わった。
白くなったオレの影は、七色に輝いている。

《笙》

2006年1月23日月曜日

時計の泣き声

真夜中十二時の時報が、屋敷中に響き渡る。
而し、今は十二時ではない。もう随分前から時計は狂っている。
振り子がどんなに振れても、積もった埃を落とすことができない。
時刻を合わせるべき、埃を拭うべき主人は、この屋敷にはいない。
時計は自分が狂っているのを承知しているから、控めに十二回「ボーン」と呟くが、真っ暗な屋敷には容赦なく音は響く。
時計は窓の外の月を見る。正確には池に映った月を見ている。
「本当の月が見てみたい、外に出て月が見たい」
と時計は独りごちた。
その声は段々と大きくなり、そしていつまでも止むことはなかった。

《Cembalo》

2006年1月21日土曜日

歌姫

うまく声が出ない。何度歌っても掠れてしまう。
「わたしが教えてあげる」振り向くとよく日に焼けた女の子が立っていた。
女の子の声は大きな声ではなかったけれど、いとも簡単に風に乗った。
声も気持ちよさそうだ。
「もうすぐ来るよ……ヨッ!」
女の子は降って来たマーブル玉をキャッチした。
「丁寧に声を出さなくちゃ。大きな声だけ出しても駄目なんだ」
僕はもう一度歌った。
女の子のアドバイスを聞きながら声を出す。
時々掠れるけど、足元の草が震えて冷たくなってきたのがわかる。
一瞬、自分じゃないような声が出てびっくりすると、女の子が言った。
「そう! 今の声だよ! ホラ、見て! 風に乗ってる」
あんまり驚いてマーブル玉を掴み損ねた。
慌てて拾い上げると女の子の姿はなかった。

《Quena》

2006年1月20日金曜日

キンキュウジタイ、走る

発条ネコのキンキュウジタイが、走る走る。
そんなに慌てて何処に行くのだ、発条ネコ。発条が切れてしまうぞ。
現実はもっと厳しかった。発条が切れるどころの話じゃない。
シッポからバネが飛び出し、バネ製のヒゲが伸び、胴体の歯車が剥き出しになった。
もはやガラクタ、屑鉄ネコのキンキュウジタイ。
それでも走る走る…。

《SlideGuitar》

2006年1月19日木曜日

いななきが聞こえたら

爺さまが、雲を見上げている。
尻のところで節くれだった手を組んで、じっと雲を見上げている。
「爺を呼んできな」と言われて出てきたけど、声は掛けられない。
雲はぐんぐん流れていく。
遠くで馬のいななきが聞こえる。
爺さまは、それを合図に走り出した。
あんなに速く走る力があるなんて、と驚いているうちに、爺さまは雲に乗った。馬の手綱を引くように雲を操って空高く翔けていった。
僕は流れる涙を拭きもせず、家に戻った。

《馬頭琴》

2006年1月17日火曜日

弾む水晶

真っ青の空から滑り台が伸びて来た。黄金に輝く長い長い滑り台。
そこを滑り落ちてきたのは、大きな水晶のボールだった。
滑るのももどかしい、といった様子であたふた落ちてくるので、私はクスクス笑ってしまった。
大慌てで転がってきた水晶は、私の腕に飛び込んだ。
やっぱり、水晶だけどボールだった。冷たくて硬いのによく弾む。
大きな水晶を抱えて困っていると、水晶は私のお腹に吸い込まれてしまった。
高く売れるかしら、と思ったのに。

《Trumpet》

2006年1月15日日曜日

神さま稼業

神さまはピカピカのタマゴの姿で、人々を見物している。
転がって移動するのは身体中が痛い上に、目が回って難儀である。
牛に蹴飛ばされたり、犬に舐められたりもする。
女の子が道端を転がる神さまの後を付いてくるので神さまは聞いた。
「むすめ、何故ついてくるのだ?」
「あなたが転がると、うっとりしちゃうの。なんだかいい音がするから」
神さまはみっともない音だと思っていた。
身体のあちこちをぶつける音だもの。
褒められるとは思ってもみなかった。
神さまは張り切って転がった。もっと目が回った。

《Trompong》

2006年1月14日土曜日

進め!ネズミたち

ラモンとシモンは眠ってばかりの双子のネズミ。
ともだちの掃部くんのポケットの中でくにゃり、チーズを食べながらくにゃり。
だけど二匹は力持ち。
大きな声で歌いながらションヴォリ氏と主水くんと掃文くんを車に乗せて運ぶのさ。
三メートルだけね!

《Fiddle》

2006年1月12日木曜日

ドールハウス

祖母の家に行くと、いつも小さな人形が働いていた。
祖母が若い時に作った、木の人形。
男の子か女の子かもわからないけれど、顔は祖母に似ているように思う。
祖母は、人形を長い時間かけて働けるようにしたそうだ。
魔法を使ったんだ、と祖母は笑いながら話した。
ようやく人形は働き出したのは祖母の背が小さくなるころだったらしい。うまくできている。
私が訪ねると、急がしそうにお茶を沸かしたり、お菓子を出してくれた。
人形の名前を祖母は教えてくれなかったので
私は「あの」だとか「ねえ」と言って人形を呼んだ。
人形は「ハイ」と言ってこちらに来てくれた。
私はその声と足音が好きだった。
だから用もないのに祖母の家に言って、用もないのに人形を呼んだ。
今、お誂えの小さな椅子に座っている人形に「ねぇ」と言っても返事はない。
人形を床に立たせても弾むような足音は聞こえない。

《Clarinet》

2006年1月10日火曜日

沈みの涙

地面に伏せ、肩を震わせて涙を流している女が、姉さんと気付いて、僕は慌てた。
それまで見惚れていたことを取り消そうとしたけれど、どうにもならない。
泣いている女が姉だとわかっても、声は掛けられなかった。
涙が地面に溜まっていくのを、僕は息を飲んで見ていた。
さっき慌てたことも忘れて、やっぱり見惚れている。
涙は地面に吸い込まずに女の身体にまとわりつき、少しづつ沈めていた。
ついに女の身体は涙に沈んで見えなくなった。
「姉さん」
と言ってみたが、掠れた声しか出てこなかった。
そしてまた、大きな涙の中でうずくまる姉に、見惚れる。

《二胡》

2006年1月9日月曜日

First Contact

産まれたばかりの赤ん坊が、息もつかずに喋り続けている。
「誰と喋ってンだろ。」
僕は外に出た。弟の交信相手を探すために。
弟の声が小さくなるのと入れ代わるように別の声が聞こえてきた。
一度も途切れず続く喋り声。何を言ってるのかわからないけれど。
「この声だ」
慎重に声を辿る。
もう家は見えない。まだロクに外に出たこともない赤ん坊がこんな遠くまで声を届けているなんて。
だんだんと近付いているのがわかる。弟の交信相手はもう、すぐそこだ。
相手に会ったらなんて挨拶しようか…たぶん赤ん坊だよな。

立ち止まった僕は段ボール箱の中で鳴く子猫を抱き上げた。

《Highland Pipe》

老いた少年の歌声

少年は九十二才である。
いたずらが大好きな彼は、ニヤリと目を輝かせると、曾孫の靴を履いて外に出て、歌い始めた。
あまり大きな声ではないけれど、行き交う人の中には足を止めて聴き入る者もある。
「どうもありがとう」
満面の笑みの少年が、曲がった腰をもっと曲げてお辞儀をする。
曾孫の靴を脱ぐと、コインやキャンディーをひとつづつ拾い、靴の中に入れる。
コインやお菓子で一杯になった靴を大事に抱えて、少年は家に帰る。
曾孫の驚く姿を想像しながら。

《Fagotto》

2006年1月5日木曜日

二人は雪の上に

積もった雪の上で妖精を見つけた。二人いる。
姿かたちはそっくりなのに一人はテキパキしていて、もう一人はしゃなりとしている。
二人の妖精は、せわしなくおしゃべりをしている。
飛んだり跳ねたりしながら大声で言い合ったり、ひそひそ囁きあったり。
でも私には何を言っているのか、わからない。
しゃがみ込んでいたら、お尻が寒くなってきたので声を掛けた。
「何話してんのさ?」
案の定、妖精は消えてしまった。
でも小さな小さな足跡は、しっかりと雪に残っている。
春にはこれも解けてしまうけれど。

《津軽三味線》

愉快な混乱

黄金に輝く湖の水面を、弟は舞っていた。
弟はもう私より背が大きいのに湖の上で舞う姿は華奢で、はかなげで、たどたどしい。
湖の上で踊ってどうして沈まないんだろ、と思いながら、私は目が離せなかった。
弟は、しばらく水面でつつつ、と舞っていたが
突然高くジャンプして、水中に飛び込んだ。
撥ねた水が私を濡らす。
それを見て笑う弟の顔は、ずいぶんたくましくて、私は愉快な混乱に陥る。

《Horn》

2006年1月3日火曜日

超合金の目玉が空を見る

超合金のトラちゃんが、女の子を背に乗せて歩く。
まるく冷たい肉球で大地を踏み締める。
「トラちゃん、見て」
と女の子は空を指差す。
「どれどれ?」
トラちゃんと女の子は色とりどりのキャンディがキラキラと輝きながら降ってくるのをうっとりと眺めた。

《Sitar》

2006年1月2日月曜日

Cat's Tears

洗濯物を干していたら、猫がやってきて私の足にじゃれる。
くすぐったいので、ひょいと抱き上げたら、猫ははらはらと涙を流していた。
とめどなく流れる涙が朝日を浴びてキラキラしている。
「悲しいの?」
と猫に聞いた。猫は違うという。
「痛いの?」と聞いても「苦しいの?」と聞いても「寂しいの?」聞いても違うという。
猫は消えいるような声で、すごく楽しい、と鳴いた。

《Soprano Saxophone》

2006年1月1日日曜日

鐘の音

ヒャクとヤッツが鐘を鳴らす。
ヒャクが大きい鐘を、ヤッツが小さな鐘を。
ヒャクの鐘の音は大地を走り、ヤッツの鐘の音は空を駆け抜ける。
二人が年に一度鳴らす鐘は、地平線の向こうまで届くのだ。
ところが雨が邪魔をする。雨粒が鐘の音を飲み込む。
いくら鳴らしても、二人の鐘は響かない。
それでも雨は、二人の笑顔までは阻止できない。
だからヒャクとヤッツは鐘を放さない。