2005年11月30日水曜日

呟きは月に届く

さらさらと雨が降る晩、空には満月が煌々と輝いていた。
「夜の天気雨か」
と呟くと、いっそう月は明るくなり、雨は止んでしまった。

2005年11月29日火曜日

雨を飲む

 ぼくが雨を飲んでいるとほとんどの人が変な顔をする。もっともだ。ぼくはぐちゃぐちゃにぬかるんだ地面に
寝転がり、大口を開けて雨を飲んでいるのだから。
 たまに声を掛けて来る人もいるが、それは「具合悪いですか?救急車呼びましょうか」という台詞に限られて
いる。
 でも、この娘は違った。雨を飲むぼくの傍らにしゃがむと静かな、でもよく通る声で言った。
「おいしい?」
 ぼくが雨を飲んでいることに気付いた初めての人だった。
「わたしも隣で飲んでいい?」と言うのでぼくは驚いて起き上がった。
「やめなよ。服が汚れるし、風邪ひくかもしれない」 娘は、ぼくの忠告にお構いなしで、大の字に寝転んだ。
娘の顔が、足が、服が段々と濡れていく様に、何故か見惚れてしまう。
「どうしたの?一緒に飲もうよ、雨」
ぼくはもっときみを見ていたいんだとは言えずに、仕方なく寝転んだ。
「雨って同じ味のことがないんだ」
 だから雨を飲むのは止められない、とぼくが言うと娘はそうだね、と返した。
 娘は、いままでコップに雨を溜めて飲んでいたのだと語った。
「一度身体で雨を受け止めてみたかったの。コップで飲むのは、ずるいような気がしてた」
 娘が手を伸ばしてきた。ぼくはその小さな濡れた手を握りしめた。もうお腹が一杯だけど、雨はまだ止んでほ
しくない。

きららメール小説大賞投稿作

2005年11月28日月曜日

お役目ご苦労

夜中、小さな呟き声が聞こえて目を覚ますと
てるてる坊主が何事か唱えていた。
何を言っているのかわからない。
小さく、低くしゃがれていて、老人のような声だ。
「……では、あんじょうお願いします」
最後にこれだけ聞きとることができた。

駐車場で

猫が輪になって踊っているから、たぶん土砂降りになる。

2005年11月26日土曜日

旅の途中

十日間の滞在中、その町で雨が止むことはなかった。
「ずいぶんよく降りますね。晴れが待ち遠しいでしょう?」
と宿屋の亭主に言うと、彼は全く訳がわからないという顔して言った。
「ハレ? ハレとはなんだい?」
雨は匂いを変え、声を変え色を変えながら降り続ける。雨が止むなんて聞いたことがない、と亭主は言った。
「洗濯物が乾かないのではないか」と尋ねると大笑いされた。
町を離れる日、静かな雨が降っていた。
家々の軒下に、シャツや下着が心地良さそうにそよいでいた。
私は傘を閉じた。

2005年11月25日金曜日

雨干し

待ち望んでいた雨がやってきた。
女は一斉に外へ出て、服を脱ぎ捨て雨を浴びる。
男には苦痛でしかない雨。
それは痛くて強くて悲しすぎる。
声も出さずに身を縮こませて、ようやくやり過ごす。
雨が去り、女が戻ると家も町も、ほんのり色づく。
雨の香りを身に纏った女に抱かれ、男はようやく心安らぐ。

2005年11月23日水曜日

ピエロ

あんまり雨がおいしいので(ピーチ味だった!)グラスを持って街角に立っていたら
グラスには次々コインが入って、ちっとも雨は溜まらなかった。

2005年11月22日火曜日

濡れて

朝から降り出した雨は、地面を濡らすことができないでいる。
いくら勢いよく叩きつけても、どんなに時間をかけても
アスファルトも、庭も、傘も、濡れることはなかった。
アスファルトに落ちた雨粒は、音もなく消え
庭に落ちた雨粒は、染み込む前に乾き
傘に落ちた雨粒は、弾けて消滅。
一体何が雨を拒んでいるのだろう。
今日の雨はこんなにも優しいのに。
僕は息を潜めて窓から覗くことしかできない。

2005年11月21日月曜日

Lemon‐Rain

「雨がレモン色ならいいのに。あのコのスカートと同じ色の」
じめじめとした雨の日曜日、そんなことを思いながら歩いている少年がひとり。
「坊ちゃん、ちょっと雨を舐めてごらんなさい。レモン色ではないが、本日の雨はレモン味ですよ」
しずかに雨を降らせながら、呟く雨鬼がひとり。

2005年11月19日土曜日

雨とダンス

彼女は、雨が好きだった。
「どうして?」
「カラフルでしょ?」
僕にはどんよりとした冷たい雨しか思い浮かばない。

雨の朝、傘を差して踊る彼女がいた。
傘はオパールのように七色に輝いていた。
雨音は彼女のダンスに合わせて音色を変えた。
「ね?カラフルでしょ?」
一番鮮やかなのは、彼女の頬だった。

もう三日も雨が降り続けている。
テレビは、17回目の堤防の決壊を伝えた。
彼女はどこで踊っているのだろうか。
「やめろよ……なぁ? ……やめろったら!」
叫んでみても烈しすぎる雨音に消されるだけ。

雨の声

雨音が聞こえない。
こんなにも土砂降りなのに町はしん、としていた。
「声出して泣きなよ」って低い声がして、振り向いたら
乳母車に乗った赤ん坊が低い雲を指さしていた。
赤ん坊はさっきよりもっと低い声でもう一度言った。
「声出して泣いていいんだ」
途端、雨音で何も聞こえない。

2005年11月17日木曜日

Midnight-Rainbow

キナリは傘も差さずに土砂降りの町に飛び出した。
雨粒のリズムにピッタリ合わせてスキップしたから、
ちっとも濡れずに夜の虹をくぐる。

どうか、傘が溶けませんように

「雨がくるぞ!」
キュウカクが鼻をひくつかせて叫ぶ。
人々は、嬌声をあげながら大急ぎで建物の中に入り、傘を差す。

ぱらぱらぱらぱら
これは雨がやってきた音。ぱちぱちぱちぱち
これは人々が傘を差す音。

誰もいない大通り。
道が黒く濡れる。
木々は緑が濃くなる。
建物の窓から色とりどりの傘が見える。

「ほら、雨が来たよ……」
右手で傘を持ち左手で妻の肩を抱き寄せて、雨が通るのを眺める。
向かいのビルの窓、ヤンさん夫婦が抱き合ってる。実に器用に二人の身体で傘を支えながら。

2005年11月14日月曜日

操り人間と発条ネコその25

操り人間の後について歩くと、造作なくポスターを見つけることができたのでキンキュウジタイは助かった。
いくら操り人間の歩みが鈍いといっても、立ち止まってくれるわけではないのでキンキュウジタイは大急ぎで爪で引っ掻き、おしっこを引っ掛けなければならなかった。
安田はこの発条の町の出口を見つけた。
結局「いつでも緊急事態のネコ」を見掛けることはなかった。
ネコは何匹も見た。でも「緊急事態のネコ」かどうかわからなかった。
全匹発条ネコだったから。
キンキュウジタイは町を出る操り人間を追い掛けなかった。
たいやきは故郷のものが一番だとわかったから。
発条の町を出た安田は、石につまずいて転んだ。
木枯らしが安田を人形に還す。

おしまい

2005年11月13日日曜日

操り人間と発条ネコその24

「It's an emergency! 我が町からキンキュウジタイが消えたことは緊急事態である」
とポスターには書いてある。
キンキャウジタイは、ポスターを爪で引っ掻き、おしっこを引っ掛けた。
これから町を隈なくまわり、すべてのポスターに爪跡とおしっこを残さなければならぬ。
ポスターは目立たぬように貼ってあるので、捜すのは難儀だ。
26枚目のポスターにおしっこを引っ掛けている最中、キンキュウジタイは、操り人間を見つけた。
安田はたいやきの発条巻きに難儀していた。

2005年11月11日金曜日

操り人間と発条ネコその23

安田はこの町が騒がしいことに気がついた。
あらゆる方向からジギジギと音がする。
「これは……!」
安田は独りごちた。
「発条の町だ」
周り中の人や物が安田の声に振り向いた。人も家も自動車も発条仕掛けの町。
「みんな人形みたい……」
と安田はパンジーの発条を巻きながら思う。かつて操り人形だった安田も大差ない。
右手の糸がパンジーに絡まる。
キンキュウジタイは、自分に捜索願いが出ていたことを知る。

2005年11月10日木曜日

操り人間と発条ネコその22

塀を乗り越えて気絶して、四時間後に歩き出した安田は、発条ネコの姿を探した。
見失いはしたものの、発条ネコなどそうそういるものではない。
しばらく探せば見つかるだろう。
思い返せば「いつでも緊急事態のネコ」はいつもいつのまにか安田の傍にいたのだ。
ひたすらに歩き続けていた安田の傍にいたということは発条ネコもまた、歩き続けていたということである。同じ方角を見て。
安田は発条ネコの健脚に感心した。
彼は自分の歩みが遅いことを知らない。
キンキュウジタイは整備場に入っている。

2005年11月9日水曜日

操り人間と発条ネコその21

発条ネコがひょいと塀に上がり、その向こうへ降りていく。
安田はあたりを見回した。それは袋小路と呼ばれるもの。
回れ右をしてもときた道を戻るのは、安田には考えられない。
彼は塀を登るしかない。発条ネコを追うためではなく、後戻りを回避するために。
塀の向こうは別の町だ。
キンキュウジタイは、町の景色を楽しんでいた。
この町はすべてが懐かしい。
塀を登った安田は肩が抜けた。
彼にとって幸いなことに、塀の向こうに墜ちて、腰が回った。

2005年11月7日月曜日

操り人間と発条ネコその20

病院を出た安田は少し前を歩く発条ネコを見つけた。
「あ、『いつでも緊急事態』の猫だ」
安田はなぜ発条ネコが病院にいるのか、さっぱりわからないがとにかく後を歩くことにした。
キンキュウジタイは腹が減っていた。発条が切れて眠くなるのはいつものことであるが
腹が減ってふらふらになるのは久しぶりだった。
ミミズを踏みつぶしたことを肉球に感じながらたいやき屋を目指す。
安田はまだ、ほかほかのたいやきを11個持っている。

2005年11月6日日曜日

操り人間と発条ネコその19

発条ネコのキンキュウジタイは、救急車を先導している。
救急車の前を軽やかに走りながら自動車を薙ぎ倒す。
救急車は発条ネコをすごすごと追い掛ける。
発条が切れると救急隊員が素早く巻いた。
安田はうめき声をあげながら救急車に揺られている。
たいやきを食べ過ぎた。

2005年11月5日土曜日

操り人間と発条ネコその18

発条ネコは町中を歩き回っていた。
操り人間を知らんかね? と聞いて回った。
操り人間は発条ネコのすぐ後ろにいると誰もがすぐに気がついたが誰もそれを言わなかった。
その代わり、人々は発条ネコにたいやきを与えた。
ピンクや紫や青いあんこの入ったたいやきをたらふく食べてキンキュウジタイはうんざりした。
潮時だと思った。明日この町を出よう。操り人間のことは忘れて。
安田はピンクのあんこのたいやきを30個買った。

2005年11月3日木曜日

操り人間と発条ネコその17

気絶していた操り人間安田が、清掃員に起こされ三日振りに歩き出した。
空腹を覚えてたいやき屋に立ち寄ると、発条ネコが寛いでいた。
「あぁ、いつでも緊急事態の猫だ」
安田がたいやきを頬張っているとやおら起きて、あくびを一つして歩き出した。
安田は発条ネコの後をついていくことにした。
発条ネコは安田の後姿を探している。

2005年11月2日水曜日

操り人間と発条ネコその16

発条ネコのキンキュウジタイが戻ってみると
操り人間はまだ寝ていた。
キンキュウジタイがたっぷり昼寝をして、目を覚ますとやっぱりまだ寝ていた。
キンキュウジタイは操り人間に見切りを付けて歩き出した。たいやきを食べに。
安田は気絶している。