2003年10月31日金曜日

主水くんの時計のこと

主水くんは時間に精確な性格でションヴォリ氏がたとえひもじさのあまりに死んでしまっても時間にならないと食事を出さない。
その主水くんが頼りにしている懐中時計は彼のおじいさんが町で余所様から無断で拝借した由緒正しき品である。
主水くんは毎日寝る前にねじを巻き、正午の鐘の音に針を合わせる。
正午の鐘の音を聞くとき主水くんの時計は必ず11時54分18秒である。
ようやく主水くんの懐中時計が3時を指しションヴォリ氏お待ちかねのおやつが出てきた。
おやつはレーズン27粒とアーモンド6粒とココア一杯である。
「では、博士。水汲みに行ってまいります」

2003年10月30日木曜日

主水くんのこと

ションヴォリ氏の助手を自認する主水くんだが、やっていることといえば水汲みと食事の支度くらいのものだ。
「ほれ、モンドくん」
「はい。博士」
主水くんはだいぶトウのたった子供である。
トウがたった子供というのは、不機嫌になるのが得意である。
「もう三度も呼ばれましたが。用件はなんですか?博士」
主水くんはちゃんとわかっている。ションヴォリ氏は腹が減ったのだ。
「ほれ、モンドくん」
「はい。博士」
「おやつはまだかね」
「おやつの時間までは、あと16分38秒あります」

2003年10月29日水曜日

レオナルド・ションヴォリ氏のこと

レオナルド・ションヴォリ氏はじいさんだ。
どのくらいじいさんかというと、年がわからないくらいのじいさんだ。
「ほれ、モンドくん」
「はい。博士」
主水と書いてモンドと読む。
ションヴォリ氏は漢字が書けないのでカタカナで呼ぶ。
ちなみに主水くんは日本人ではないかもしれない。
「ほれ、モンドくん」
「はい。博士」
ションヴォリ氏を「博士」と呼ぶのは主水くんだけである。
ションヴォリ氏は発明家でも医者でも教授でもないし、過去にそうであったこともない。
単なるじいさんで、だいぶ前からじいさんで、その前がどうだったかは、ションヴォリ氏もわからない。

2003年10月28日火曜日

目覚めた機能

オレのひいひいじいさんは鬼だった。
そんなわけでオレの頭には角がある。
父さんもじいさんも角はないから、鬼だったひいひいじいさんの血を濃く継いでしまったんだろう。
角は12の時に生えてきた。2センチもない小さいものだから目立たない。
勇ましくてデッカイほうが鬼らしくていいと思うんだけど。
角というのは予想外に便利だ。
なんとこいつはGPSなのだ。オレは歩くナビゲーション。
おかげで子供の頃ひどかった方向音痴はピタリと治まった。
この機能、ひいひいじいさんの時は発揮できなかったはずだ。
鬼に生まれてよかったなァ。

2003年10月27日月曜日

鎮める

パニックに陥る私を落ち着かせることができるのは、時間だけだと思っていた。
彼女は細い腕に似合わない力強さでグッと私を引き寄せると
額を私のおでこに当てた。
青い風がすうっと流れた。
彼女はいつでもそうしてくれた。たとえ町中であろうと。
「おでこのキス」と笑う彼女の額には深い皺がある。

小さいけれど

ほんの四センチくらいだけど、ぼくはしっぽを持っている。
肌と同じ色のくにゃっとしたしっぽの先っちょは筆のように毛が生えている。
小さいからパンツに穴を開ける必要はない。
うれしくても犬のように振り回すことはできない。
何の意味もないしっぽ。
それなのに一番目立っていやがる。
ぼくの尻にはしっぽが生えている。

2003年10月26日日曜日

砂浜での一夜

きみの涙をぼくは一滴も逃すまいとしたからきみは何時間も、ただただ涙を流し続けた。
きみの涙は濃度を増し、ぼくは段々飽きてきて、しまいに吐いた。
真っ青な吐瀉物にぼくは我に返る。

どうしてもっと早く気付かなかったんだろうね。
きみの涙が甘いことを。きみが一言も喋らないことを。
月に照らされ銀を放ちながら
きみは波間に消えた。

2003年10月24日金曜日

WHICH IS A WITCH

その黒いマニキュアを落としなさいって先生は怖い顔をして言ったわ。
これはマニキュアなんがじゃありませんって言うのに
顔を引きつらせながら除光液を染み込ませたティッシュでゴシゴシこするの。
落ちない落ちない・・・って繰り返し叫びながら。
あたしはそのシンナーの臭いで吐きそうになるのを堪えながら
自慢の爪が傷むからよして下さいってきっぱりと言ったの。
先生はキッとあたしを睨み付けて、魔女め って言った。
その濁った目はひどく充血してた。
さぁて、忌々しいのはどちらかしら?
傷んだ爪にオイルを塗りこんだ。

2003年10月23日木曜日

オレの舌ってすごいんだぜ

モテモテなオレの舌はなぜか太りやすく、おいしいものをたらふく食べた翌日は口の中に収まらなくなってしまう。
これはみっともない上に非常にくるしい。
むりに口の中へ収めようとすれば窒息しそうになる。
鼻呼吸すればいいじゃないかと思われるかもしれないが
喉の奥に巨大な舌が落ち込むのだから、塗炭の苦しみである。
おまけにしゃべれないので舌が太った日は一日外にも出れず、食事もできないことになる。
昨日のオレは男前だったのに。
この困った舌さえなければオレはいつでもキスの巧い最高のいい男なのに。
でもおいしいものはやめられない。

2003年10月21日火曜日

いいこいいこ

歩いていて、右足と左足がこんがらがっちゃったこと、あるいはどちらを前に出せばいいのかわからなくなったことって、ありませんか?
あれは右と左の膝小僧が喧嘩してるのです。
「おいらが前に出る」
「いや、おいらの番だ」
「おいらはあっちに行く」
「おいらはこっちだ」
多くの人の膝小僧は仲良しですから、喧嘩は滅多にありません。
せいぜい二年に一度くらいです。
でもごく少数ですが仲の悪い膝小僧たちをお持ちの人がいます。
もし、あなたがその少数のうちのひとりならば、覚えておいてください。
膝小僧たちは撫でてもらうのが大好きです。

2003年10月19日日曜日

プロポーズ

「あなたの声が触れればいいのに」
って言われたから僕は
「いいよ、なんて言おうか?」
って答えた。
「ほんとに?じゃあね……」
彼女は冗談でしょって顔しながらも楽しそうにリクエストしてくれた。
ぼくは帰る途中に雑貨屋で箱を二つ買った。
家に戻るとさっそく風呂場に虫取り網を持って入った。
エコーがかかる場所の方が形になりやすい。
「天国に星はない」
これは彼女の座右の銘。
ちょっと渋い声で言ったら焦げ茶色の卵型になった。
逃げ足が速いので網をむちゃくちゃ振り回してやっと捕まえた。
箱に押し込んでもまだ暴れてる。
それから甘い声で囁いた。まんまるのが飛び出した。透き通った黄色をしてる。
ふわふわと漂って僕の手の中に降りてきた。
マシュマロみたいな触り心地。
明日、二つの箱を彼女に渡したらどんな顔をするだろう。

2003年10月17日金曜日

アザミの刺が

母の肩こりはそれはそれはひどいものだ。
毎晩揉んでいる私も肩が凝ってしまうのだが、自分の肩と母の肩を触り比べると
やはり母の方が硬いので諦めて風呂上がりの母をマッサージする。
ある晩いつものようにマッサージしていると母の肩がだんだんと冷たくなっていった。
普通揉めば少しは暖かくなるはずなのに、母の肩は氷のようで私の手も感覚がなくなった。
「ちょっと母さん?大丈夫?」と声を掛けるが反応はない。
私は急に不安になりながらも手を休められなかった。
私は掌に違和感を覚えてようやく母から手を離した。
母の肩からはアザミが生えていた。右にひとつ、左にひとつ。
赤紫の花がやけに瑞々しい。私は慎重にそれを抜いた。
根には赤黒い泥がたくさんついていた。
そばにあった広告紙にくるんでゴミ箱に捨てた。
「ありがとう。気持ちよくてウトウトしちゃった。どうしたの、顔が真っ青よ」
「なんでもないよ。なんか変なとこない?痛くなかった?」
「全然」
私はその日から一度も母の肩を揉んでいない。

2003年10月16日木曜日

洗面器の中

家に帰るとまっさきに唇を剥がす。
絹擦れと足音だけをささやかに響かせる、誰にも邪魔されない私だけの時間。
おしゃべりな唇。甘い果物ばかり欲しがる唇。
どこかに捨ててしまいたいと思いはじめたのは14の冬だった。
「そんなら剥がしちゃえばいいじゃない」
と教えてくれたのは、公園でタバコをくわえていたお姉さんだった。
「まじめなんだね、あんた」
お姉さんは「いっひっひっひ」とちょっとかすれた声で笑った。
私なんかよりずっと汚い唇だ、と思った。
ますます唇を疎ましく思った。案外スルリと剥がれた。
剥がした唇は一晩中洗面器のぬるま湯の中。
ずいぶん気持ちよさそうにしているから腹が立つけど、これなら唇は干からびないし、私もぐっすりと眠れる。
朝になったら唇をつけなきゃいけないと思うと憂鬱だ。
唇は私の気も知らないで明日もおしゃべりを続けるのだろう。

2003年10月15日水曜日

HAVE A GOOD DREAM

「A LONG TIME A GO...」
ユーリは毎晩ひとりでベッドに行く。
父さんや母さんが「絵本を読んであげるよ」
と言ってもユーリは「いらない。おやすみなさい」とスタスタ子供部屋に向う。
ユーリはお話を読んでもらうのが大好きだ。
でも母さんや父さんは必要ない。
ユーリの左の耳の中には蟻が住んでいて毎晩お話を聞かせてくれるから。
ユーリが一番好きなのは「A PRINCESS OF PEACH」だ。
四回続けて頼んでも蟻は怒らなかった。

10歳のある夜、ユーリの左耳から蟻は出ていった。
ユーリは悲しまない。ほかに夢見ることがあるのだ。

2003年10月14日火曜日

うなじで感じるから

あたしは首を外気に晒すことはない。
冬はいつもタートルネックのセーターだし夏でもスカーフを巻いている。
さらに肩の下まである髪の毛もおろしたままだ。
毎日こんな格好では訝しがられるのはわかってるし、涼しげなオシャレもしたい。
 それからあたしはいつでも後につくようにしてる。
教室でも友人と歩いていても、バスに乗っても。
あたしは誰かに後から見られるのが怖いんだ。
視線をうなじで読み取って相手の心がわかってしまうから。
誰かの後ろ姿をじっと見つめる時、どんな気持ちか意識したことはある?

2003年10月13日月曜日

さよならのしるし

「お届け物です」
箱に張られた送り票の差し出し人は別れた彼女だった。
「なにかアイツの部屋に忘れ物でもしたか?それともプレゼントを返すためとか」
オレはビリビリ乱暴にガムテープを剥がしと箱を開いた。
「う゛」
思わず箱を放り出すところだった。これは……髪の毛だ。
オレは彼女の黒くて長い髪が好きだった。
実際彼女の髪はきれいで本人も自慢しているらしく
手入れに怠りはなかった。
オレはそんな彼女と髪を褒め
「この髪はオレだけのものだ。ほかの奴には触らせないよ」
と髪の毛をかき分けてやっと姿を見せる耳に向かって何度も囁いていたのだ。
髪の毛には手紙がついていた。
[他の誰かに触られない内にお返しします]

髪の毛が溢れだしている段ボール箱は、一週間たった今もオレの部屋の隅に置いてある。
時々掴んで匂いを嗅ぐと懐かしい気分がする。

2003年10月11日土曜日

旅行の支度

ぼくの睫毛は毎日のびるのでハサミで切り揃える。
ヒゲもろくに生えてないのに毎朝鏡に睨めっこして
女の人がマユゲを切るハサミを使って睫毛を切るのだ。
朝起きるとほっぺたの真ん中くらいまで伸びていてちゃんと目があかない。
目のそばでハサミを使うのは恐いから、どうしても人より長い睫毛になってしまう。
まわりの人は長くて綺麗だと羨ましがるけど、ふざけるんじゃねぇ。
ぼくは今最悪にユウウツだ。
なぜなら明日から修学旅行だから。
朝早くこっそり起きて睫毛切り……あーあ。誰にも見つからなければいいけど。

2003年10月10日金曜日

水晶産出の瞬間

友人のヒカリは毎日のようにアクセサリーをかえるので内心「ちゃらちゃらしちゃって」と思っていた。
そのわりに服は地味なのも不思議だった。
「ちょっと来いよ」
ヒカリは苦笑いのような顔でお腹を触りながら席をたった。
トイレの個室に拉致られた。やたら鼓動が早い。
ヒカリはシャツを捲り上げるとささやいた。
「よく見とけ、ヘソ」
ヒカリのへそはゆっくりと出ベソになり
ポロリとまんまるの透明な物がでてきた。
「今日は水晶か。やるよ、これ」
ぼくが水晶をおそるおそるつまむと
「汚くねぇし」
と笑われた。

2003年10月9日木曜日

落とし物

「よぉ!!」
「うわッ」
後から突然声を掛けられた男は鼻を落とした。
男は鼻を拾ってゴミを払うとパチッとあるべき場所にはめこむ。
「おれ、びっくりすると鼻がはずれるんだよ。あんまり驚かせないでくれ」
「驚いたのは、オレの方だよ……」

2003年10月8日水曜日

爆走少年

このままいけるところまでいこう。
ぼくは自転車を漕ぎながらつぶやいた。
脚は規則的に伸縮し、足はペダルから離れない。
近くのコンビニに行きたかっただけだった。
なぜかどうしても止まれなくてコンビニの周りを六周してあきらめた。
無理矢理転んでみようかと思ったけど痛そうだからやめた。
「おやまぁ災難なことで」
と杖をついたおばあさん。
「夜になりゃ降りられるさ、オレも一度やられたんだ。十六の夏だった」
オートバイで並走しながら語ってくれたヒゲのおじさん。
ありがとう、日暮まであと二時間だよ。
あぁ小便してえなぁ。

2003年10月7日火曜日

幸せなら手を繋ごう

バチッと大きな音がして火花が散った。
「痛っ!」私も彼も叫び、それまで二人の間に漂っていた緊張を伴った甘い空気は破られた。
私たちは今、初めて手を繋ごうとしていたのだ。

私たちはその出来事の後、あらゆる接触を試みた。
おそるおそるくちびるを近付け、決死の覚悟でひとつのベッドに入った。
そして結局ただ手と手が触れる時にのみ火花が出るとわかったのだ。

どうしても手を繋ぎたかった私たちは試行錯誤の末、ようやくひとつの方法を見付けた。
私は右手に、彼は左手に炊事用のゴム手袋をはめて街を歩く。
もうすぐ銀婚式だ。

2003年10月6日月曜日

尻に羽を持つ女

ある海辺の町に羽の生えた尻を持つ女がいた。
「尻軽女」と蔑まれ、気味悪がられた。
「尻軽」を期待する夜の訪問者もいた。
だが女にそれを相手する暇はない。
女には女の使命があった。尻に生えた羽は単なる飾りではないのだ。
女は尻の羽をはばたかせて夜の海中を飛ぶ。
明日の天気をイソギンチャクにお伺いを立てるために。

2003年10月4日土曜日

みみ ちゅ

「みょろん」
ばっちいおじさんがミミズにこそこそ話し掛けていた。
「みょろりん」おじさんはミミズよりばっちい。プンプンと匂ってきそうだ。
「みょみょみょりん」ミミズは答えない。
当然だと思う。ミミズがぺちゃくちゃ喋るはずがない。
 次の日おじさんはピカピカの三つ揃いのスーツを着てフワリといい香を漂わせていた。
「食事に出掛けよう。ホテルの展望レストランだ」
私が「みょろん」と返すとおじさんは左の耳にチュっとしてた。
私はポッと赤くなった。

2003年10月2日木曜日

風使いの少女

ぺろっとなめた人差し指を空に突き刺し風を読む。
「びゅうびゅう」
と叫ぶと私のからだは風に乗った。
読みを間違うと地面に叩きつけられる。
今日の風は乗り心地がいい。
私はちょっとスリルがある風が好き。
嵐の時は「ごぉーごぉー」。
これは振り回されて大変だ。しがみつくのがやっと。
暴れ馬よりタチが悪い。
「ひゅるん」とした春の風はふわふわぬくぬく。
おひさまと若葉の匂いで眠くなっちゃう。
「そよそよ」してる夏の夜の風も楽しい。
花火をすぐ近くで見れるの。近づきすぎると煙たいけどね。
秋は「ひゅーひゅー」。風のいい季節。
木枯らしは私のお気にいり。枯れ葉とくるくる、踊るのよ。
風の吹かない日なんてない。どんなに静かでも風は吹いてる。
弱くても、小さくても風は風。ちゃんと読めばちゃんと乗れる。
あ、海が見えてきた。そろそろ帰らなきゃ。