あまりの暑さに、日傘が溶けた。
まず、布地が溶けた。チリチリと縁から縮み、それから一気にズルリと骨から垂れ下がり、地面に落ちて、アスファルトの上で「ジュッ」と音を立てた。
そのまま骨だけの傘を差してしばらく歩いていたが、とうとう骨も溶けた。
意外にも、中骨から溶け始めた。なんとなく持ち手が軟化してきたような気がすると思ったら、突然グニャグニャになった。
親骨は傘の形を保ったまま、頭に落ちてきた。慌てて傾けると、ぼとぼとと親骨は外れ、八本の親骨は、二本ずつ四組になって、まるでヒトの足のようにスタコラサッサとどこかへ去っていった。
次は私が溶ける番だ。
2018年7月13日金曜日
ペペペペペ
雪の上に、見慣れない足跡がある。いや、本当に足跡なのかどうかはわからない。しかし、ひとまず足跡と呼ぶのが適切な気がする。
「ペ」と読める。カタカナか、ひらがなかは、わからない。
それは等間隔で続いている。追いかけようかと思ったが、隣家の畑の上を歩くことになるのでやめた。
夜道、後ろから聞き慣れない足音がする。「ぺたん」でも「ぺこ」でもなく、ただ「ペ」だ。
いつかの冬、雪の上に見た足跡の主だろうと思う。この音は「ひらがなだ」と、わかる。
振り返って姿を見てやろうと思ったが、途端、右へ曲がってしまった。隣家の畑の方角だ。矢張り、あの足跡の主だと確信する。
********************
500文字の心臓 第163回タイトル競作
〇5 △1 正選王
「ペ」と読める。カタカナか、ひらがなかは、わからない。
それは等間隔で続いている。追いかけようかと思ったが、隣家の畑の上を歩くことになるのでやめた。
夜道、後ろから聞き慣れない足音がする。「ぺたん」でも「ぺこ」でもなく、ただ「ペ」だ。
いつかの冬、雪の上に見た足跡の主だろうと思う。この音は「ひらがなだ」と、わかる。
振り返って姿を見てやろうと思ったが、途端、右へ曲がってしまった。隣家の畑の方角だ。矢張り、あの足跡の主だと確信する。
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500文字の心臓 第163回タイトル競作
〇5 △1 正選王
2018年6月10日日曜日
2018年5月15日火曜日
箱を開けると6
箱を開けると、手紙が入っているはずだった。出せなかったラブレターが二十四通。仕舞いこんだまま、十年が過ぎた。もう、潮時だ。破いて捨ててしまおう。私はあのころには想像していなかったような生活をしていて、おそらく相手も同じだろう。たとえ出会っても、二人の人生は交わることはないのだ。
箱の中には自分のものではない筆跡の手紙が入っていた。若かったあのころ、欲しくて欲しくて堪らなかった、彼女からの手紙だと気が付くまで、何秒掛ったのか、何分掛ったのか、自分でもわからない。切手は貼られておらず、開封もしていない。この手紙もまた、出さなかったはずの手紙なのかーー
私が出さなかったはずのラブレターが、彼女の元にあるとしたら
箱の中には自分のものではない筆跡の手紙が入っていた。若かったあのころ、欲しくて欲しくて堪らなかった、彼女からの手紙だと気が付くまで、何秒掛ったのか、何分掛ったのか、自分でもわからない。切手は貼られておらず、開封もしていない。この手紙もまた、出さなかったはずの手紙なのかーー
私が出さなかったはずのラブレターが、彼女の元にあるとしたら
2018年5月9日水曜日
2018年5月6日日曜日
箱を開けると 4
強い風の吹く夕方だ。
どんどん薄暗くなっていく駅前で、白い箱が風に吹かれて空中に踊っていた。
風に乗って電信柱にぶつかり、屋根に落ちて転がり、ふいに浮き上がり、また落ちかける。
空飛ぶ箱に気が付く人がひとり、またひとりと増え、駅前には髪をなびかせながら箱をポカンと見上げている人でいっぱいになった。
ついに、オレンジ色の街灯に勢いよくぶつかって(それは風のせいではなく、意志があるようにさえ見えた)、箱は開いた。
スーツの男に降り注ぐ紙吹雪と、「おめでとう」の垂れ幕。駅前で起こる、拍手喝采。「おめでとう」の理由はわからないままに。
どんどん薄暗くなっていく駅前で、白い箱が風に吹かれて空中に踊っていた。
風に乗って電信柱にぶつかり、屋根に落ちて転がり、ふいに浮き上がり、また落ちかける。
空飛ぶ箱に気が付く人がひとり、またひとりと増え、駅前には髪をなびかせながら箱をポカンと見上げている人でいっぱいになった。
ついに、オレンジ色の街灯に勢いよくぶつかって(それは風のせいではなく、意志があるようにさえ見えた)、箱は開いた。
スーツの男に降り注ぐ紙吹雪と、「おめでとう」の垂れ幕。駅前で起こる、拍手喝采。「おめでとう」の理由はわからないままに。
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