井戸は僕を隠してくれる。
真っ暗で深くて、水が身体を冷やしてくれるから好きだ。
誰にも逢いたくないときは、井戸に飛び込めばいい。
そう教えてくれたのは、ほかでもなく井戸だった。
いつでもいらっしゃいと言う井戸は菩薩さまよりやさしい。
でも天狗だけは、いつも僕を見つけてしまう。
「出たくない。ここは気持ちがいいから」
と天狗に食いついても、天狗は大きな嘴で僕の首根っこを咥えて井戸から引きづり出す。
井戸から出る瞬間、眩しさと切なさに目が眩む。
心地よかった水が、すべて僕の身体から離れてしまう。
「いつまでも井戸にいたら、お前も井戸も枯れてしまう」
何度諭されても、その意味がわからない。
泣き叫ぶためにまた僕は井戸に飛び込む。少し水が温いような気がする。
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