2009年6月7日日曜日

悪臭の思念

汚水は、進むほどに記憶を失っていく。
雨、屎尿、排水……はっきりとした経歴を持っていたのにも関わらず、全てが混ざり、流れ、混沌とする中で悪臭は増しに増し、汚物をさらに引き寄せる。

鼠は前歯が伸び続けて困っている。コンクリートの地下道の壁で歯を削ろうと試みるが、ふいに津波のように押し寄せてきた汚水の波に飲み込まれてしまう。
長い長い前歯に人間の髪の毛が絡むのを感じながら、なぜ急に汚水が増大したのだろうかと不審がる。
答えなど見つかるはずもなく、鼠もまた汚水の一部となり、そこで鼠の思考も停止した。

(245字)