向こうの山が朧に白い。霧が深いのに妙に空が明るいのは、月が丸いからだろう。
霧は尋常じゃないほど深い。服は絞れそうなほどぐっしょりと重たい。心なしか息をするのも苦しい。
今、此処は水中でもなく、空中でもないのだ、きっと。
いくら明るいとはいえ山道の足元は暗い。一歩先の地面はぽっかりと穴が空いているやもしれぬ、そんな恐怖を打ち消し打ち消し、歩を進める。
どこに向かっているのか、わからない。けれども隣には君がいる。それは望んだことだから、幸せなことだ。
君は何も言わずに、この湿気がこれ以上なく飽和したこの道を、とぼとぼと歩いている。
せっかく二人で歩いているのだから、と少し強引に手を取った。握り返す力に安堵しながらも、そういえば手を繋いで歩くのは初めててだな、と気が付く。
また少し霧が重くなった。
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