「バー・ノイズレスへようこそ」
地下のバーの入り口前でペコリと頭を下げたボーイは、十代半ばの少年である。
「店内に入る前に、ノイズを頂戴します」
ボーイは再び軽く頭を下げると、私の耳元に口を寄せる。美しい顔が近づき、顔が赤くなるが、幸いここは暗い。
彼は大きく息を吸う。私の耳の中を吸い出すように。左耳、右耳。
騒音がたちまち小さくなる。階段したまで聞こえていた車の音、人々の喧騒も止む。時間が止まったような錯覚に囚われる。
時間。腕時計に耳を寄せると、秒針は無言で回転していた。外して、ポケットに入れる。
ボーイが無音のドアをあける。唇が動く。耳を澄ます。
「こちらへ」
ボーイの囁き声が静まり返った脳に心地よく響く。足音すら立たない店内に入ると、バーテンダーが微笑んだ。華麗なシェイキングで、氷の小さな笑い声がコロコロと鳴る。
そういえば、バーテンダーはずいぶん白髪が増えたのに、あのボーイは初めてこのバーを訪れたときから変わらない。
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500文字の心臓 第78回タイトル競作投稿作
○1 △3 ×1