2008年8月30日土曜日

緊急事態と私

タツマキ警報が出された。避難を呼び掛けるスピーカーのポールにお猿のようによじ登る。
「南西から巨大タツマキが接近中であります。町民の皆さま方におかれましては、速やかな避難をお願い申し上げます」
スピーカーから聞こえる避難勧告が私の耳をつんざく。
「あと数分でタツマキが我が町を通過します。今から避難してももう間に合わない。責任取れません」
スピーカーはまるで私を非難するように喚く。スピーカーを支えるポールがぐらぐらと揺れるのは、タツマキのせいで風が強くなったからか、スピーカーが私を振り落としたいからか。
ようやくタツマキが見えてきて、私は指笛を鳴らす。呼応するように、タツマキがこちらに向かってくる。
タイミングをはかって、両手を離す。タツマキがぐるんと私を飲み込む。
「いらっしゃい」
懐かしい声。久しぶりだね、リュウの小父さん。
私と小父さんはぐるぐると廻りながら再会を喜ぶ。

2008年8月27日水曜日

人工楽園

真っ白な球体の部屋に、ラ・シェーズが浮かんでいる。

2008年8月26日火曜日

猿団子

山で迷ったら、猿に注意しな。鹿も怖いがあいつらは「キュン」なんて鳴いて聞かせて色仕掛けの振りだけだから、かわいいもんさ。ちょっと惑わされておしまいだ。
でも猿は違う。腹が減ってるだろう、と実に親切そうに団子をくれるんだ。甘い団子が疲れた身体に染み渡る。
でもその団子がいけない。あれを食べると、お尻が真っ赤になっちゃって、そりゃあもう、火照って火照って大変なんだ

2008年8月24日日曜日

腐れ鼻【伸縮怪談】

【500字】
 血の臭い、死体の臭い、女の匂い。それだけがおれの知っている匂いだ。
 遠い昔に腐れ鼻に冒されて、鼻はもげてなくなった。二本足で歩く牝の獣。毛深くて碧眼のあれが、霧深い山で遭難したおれを助けてくれた。霧が晴れるまで、おれはあれに抱きついて離れなかった。あれが腐れ鼻だったのだと気が付くまでずいぶん時間がかかった。
 あれと別れ山を下りてまもなく、嗅覚が利かないことに気が付いた。月下美人の花畑や公衆便所で夜を明かしてもぴくりともしなかった嗅覚が、屍の匂いだけに強く反応した。その途端、鼻がずるりと取れた。
 ひどく蒸し暑い。汗と垢に塗れた腿を、腐敗の進む屍がべたんべたんと叩きつける。さっき産院の裏口から頂戴したばかりの屍だが、この暑さで見る見るうちに腐敗が進んでいる。腐った汁が腿を伝い流れ、アスファルトに点々と跡を残す。おれの足跡。
 鼻のない顔に屍をなすりつけ、匂いを嗅ぎ、舐め、啜る。
 あぁ、あの夜のあいつと同じ匂いだ。

【800字】
 屍をぶら提げている。歩くと屍がぶらぶらと揺れて、臭気を撒き散らす。獣でも見るように、そうでなければ存在しないものとして、人々がおれの脇を通り過ぎてゆく。ずいぶん距離を取っているのに、鼻をつまみ、懸命に息を止める表情が可笑しくて高笑いをする。おれの笑い声に驚くのか、足をもつれさせながら逃げ出す。
 鼻なんてだいぶ前に腐ってもげてしまった。腐れ鼻に冒されたのだ。女にうつされたのだと気がつくまで、ずいぶん時間がかかった。
 匂いがわからなくなり、かえって匂いに執心した。月下美人の花畑や公衆便所で夜を明かしてみてもぴくりともしなかった嗅覚が、屍の匂いだけに強く反応した。その途端、鼻がずるりと取れた。
 だからおれは屍をぶら提げる。この世に匂いがあることを、おれの鼻がまだかろうじて機能していることを、おれがまだ死んではいないことを、確かめるために。
 今日はひどく蒸し暑い。じっとり汗を掻いた腿を腐敗が進む屍がべたんべたんと叩きつける。腐った汁が腿を伝い、アスファルトに点々と跡を残す。おれの足跡。
 屍を手に入れるのは難しいことではない。産院の裏口の陰に隠れて一日見張っていれば、一つや二つ、手に入る。
 白衣を着た太った女が盥を持ってそっと裏口を開ける。あたりをせわしなく見回して、盥をおれの前にガチャンと置いてゆく。野良犬に餌を与えるよりもぞんざいな手つきで、おれの顔を見ようともしない。
 粘液の混じった血を滴らせているまだ生暖かい屍を、おれは握り締める。血の臭い、死体の臭い、それを産み落とした女の匂い。それだけがおれの知っている匂いだ。
 遠い昔、霧深い山の中で抱いた碧眼の毛深い女の匂いを思い出しながら、平べったい顔に屍をなすり付ける。

【1200字】
 白衣を着た太った女が盥を持ってそっと裏口を開ける。あたりをせわしなく見回して、盥をおれの前にガチャンと置いた。野良犬に餌を与えるよりもぞんざいな手つきで、おれの顔を見ようともしないが、こうして毎日のように屍を手に入れられるのだ、なんの不満もない。
 盥の中に溜まった血を残らず舐めると、おれは裏口の扉の前に盥を置き産院を後にする。粘液の混じった血を滴らせているまだ生暖かい屍を握り締める。今日のは少し大きい。目鼻立ちがしっかりしている。
 血の臭い、死体の臭い、それを産み落とした女の匂い。おれの知っているすべての匂いだ。
 手に入れたばかりの屍を腰紐に結わえ付け、ぶら提げて歩く。ひどく蒸し暑い。何年も風呂に入っていない硬い垢に覆われた腿に、じっとりとねばっこい汗が滲む。腰からぶら提げた屍は暑さのせいで一段と腐敗が速く進む。文字通り、見る見るうちに腐っていく。屍が腿をべたんべたんと叩きつける。腐った汁が腿を伝い流れ、アスファルトに点々と跡を残す。おれの足跡。
 歩くたびに臭気が強くなり、おれは深く息を吸い込む。道行く人がおれの姿におびえ、鼻をつまみ、足早に去る。おれにはつまむ鼻がないからな、と独りごちて高笑いをする。すると懸命に素知らぬ振りで歩いていた者までもが、顔をゆがめて逃げ出していった。おれはさらに笑う。
 鼻はとうの昔にもげた。遭難した山で出逢った女が腐れ鼻だったのだ、と気がついたのはずいぶん後になってからだ。
 慣れた山だった。茸を採りに入ったら急に霧が深くなり、方向がわからなくなった。おれはあてもなく彷徨った。動かないほうがいいだろうとわかっていたが、歩かずにはいられなかった。
 何時間歩いただろうか、突然真っ白の霧の中から女が現れ、傾いた山小屋におれを招きいれた。女は異様に毛深く、言葉が通じなかったが、疲れた身体を労わってくれた。おれは女の澄んだ青い眸に魅せられた。霧が晴れるまで、長い時間抱き合っていた。
 山を下りてまもなく、嗅覚がやられた。おれは匂いを捜し求めつづけた。月下美人の花畑や公衆便所で寝泊りした。記憶にあるあらゆる強い匂いに身体を沈めたが、嗅覚はぴくりともしなかった。
 産院の裏に棄てられようとしていた小さな屍を見たとき、おれの嗅覚は激烈に刺激された。白衣の女が叫ぶのも構わず、それを顔になすりつけ続けた。そうしているうちに鼻がずるりと取れた。白衣の女が、また叫んだ。
 山で出逢ったあの女は獣だったのかもしれない。腐りゆく屍の匂いは、あの女と同じ匂いがする。もうおれはこの匂いしか嗅ぐことができない。この匂いを嗅いで、まだ己が死んでいないらしいことを、確かめる。

2008年8月23日土曜日

笑わない彼女たち

 行儀よく並んだ集合写真は、お下げ髪の少女ばかりが二十人ほど映っている。その表情は一様にうつろで、箸が転んでも可笑しい年頃の少女たちの虚無な瞳は、恐ろしい。
「一体、どういうことですか」
と写真を見ながら、目の前の老婆に訊ねる。
「笑うと髪が伸びます。それを校庭のクスノキの枝に結わえ付けられました。見せしめのためです」
老婆が苦笑すると、するりと十センチばかり白髪のお下げが伸びた。すかさず老婆は鋏を入れる。傍らの屑篭には、白い毛が一杯に詰め込まれている。
「笑えば腹が減る。子供に食わす食料などこの地球に残っちゃいない、と先生はおっしゃるのです」
 窓の外の赤い地球を見遣る。

2008年8月20日水曜日

てるてる坊主

ちり紙の頭と、ちり紙の合羽だとお思いでしょうが、てるてる坊主は、てるてる坊主と呼ばれれば、その瞬間に単なる丸めたちり紙ではなくなります。
子供たちは祈ります。
「あーした天気にしておくれ」
そして、天気になろうとなるまいと、数日のうちにくしゃくしゃと握りしめられ屑籠に投げ捨てられます。
けれども、てるてる坊主はゴミ収集車には乗りません。
てるてる坊主にはてるてる坊主の「約束の地」があり、役目を果たした者もそうでない者も、そこに向かいます。彼の地で、永遠の眠りにつくのです。
墓地に向かうてるてる坊主は、もはやてるてる坊主の姿と思えない者や、雨ざらしで黒ずみごわごわした者もいます。サインぺンで書かれた顔が滲み苦悶の表情を浮かべる者も少なくありません。
「あーした天気にしておくれ」
てるてる坊主は、かつて己に向けられた祈りの言葉を唱えながら、進みます。
もう、どんなに唱えても、煙雨が晴れることはありません。

2008年8月19日火曜日

東京

地図を見ながら路地に入る。
どの家も玄関先に小さな鉢植えを所狭しと置いていて、狭い道がますます窮屈になっている。
複雑な地図に困り、ポケットからコンパスを取り出すが、磁石は気まぐれに向きを変えるので諦めた。
「このあたりに、キタムラという印刷所があるはずなんだが」
朝顔に訊ねても、猫に聞いてもわからない。とぼけてこたえてくれないのだ。
猫がおもしろがってついてくるから、知ってるくせにどうして教えてくれないんだと文句を垂れながら歩く。
いくらも歩かないのに、コンクリートジャングルのど真ん中にいた。あまりに唐突に風景が変わり、たじろぐ。
振り返ると猫の姿はなく、路地は陽炎でゆらゆらと見えない。
もう一度あの中に戻ろうかと迷っていると、汚れた商用車が陽炎に突っ込んで行った。

2008年8月15日金曜日

レモン病

泣いている彼女の頬にキスをしたら、レモンの味がした。
コンピューターで彼女の涙を解析したけれど、何度やっても結果は「果汁:レモン」と出る。
ぼくは図書館に籠もった。植物の本、果物の本、医学の本、レモンの出てくる文学、料理の本、思いつくものを片っ端から調べたけれども、レモン汁の涙の記述は出てこない。
「何を調べているのですか」
図書館司書がそう尋ねるのでぼくは正直に応えた。
「レモンの涙について。ぼくの恋人の涙は、レモン汁なんです」
すると図書館司書はふわぁぁと大きな欠伸をした。
「あなたもずいぶん重症なレモン病にかかりましたね」
目尻に溜まった涙を指先で掬う。
「ほら、舐めてご覧なさい」
差し出された人差し指を口に含むと、やはりレモン汁だった。

2008年8月14日木曜日

ひっかき傷のかさぶた

もう十二年もかさぶたのままだったひっかき傷が、やっときれいになってきたと思っていたのに、また新しいひっかき傷を負った。あのときと同じ白く塗られた長い爪にやられて。
今度も十二年もかさぶたが取れないのだろうか、と思うと暗澹たる気持ちになる。
そういえば、十二年前も申年だった。申年、サル顔の女には要注意だ、オレ。

2008年8月13日水曜日

さみしい

さみしくなくなりつつあるのがさみしいので、毎日あなたのことばかり考えています。

時々夢の中で会うあなたは、今のあなたですか?
記憶の中のあなたとは、少し違っていて、虚ろで微かで、夢の中のわたしはあなたの声を聞こうと必死です。
何か心配事があるなら、どうしよう。
会いに来てくれただけなら、それでいいです。

さみしくなくなってきたのに、目が覚めるとやっぱりさみしいです。

2008年8月12日火曜日

泳ぐ人

「海は嫌いになっちゃった」
と彼女は言った。
夜の市民体育館の室内プールで、ぼくは彼女が泳ぐのを見ている。
非常口誘導用の灯りとアクリル張りの壁越しの月が、彼女の立てた水しぶきを照らす。
彼女は人魚だった。海水浴に来ていた僕を見初めたと言って、陸に上がった。
いまではすっかりきれいになった二本足で歩く。
けれども泳ぎは止められない。やわらかなバタフライ。
「海では、サトシにこうして見てもらえないから」
彼女は泳ぐ人で、ぼくは彼女が泳ぐのを見る人。
ぼくは彼女の泳ぎを見るのが好きだ。水中でのびのびと動く長い手足、競泳用のぴったりとした水着に包まれた胸やお尻のライン。彼女の泳ぐ音だけが、夜の室内プールに響く。
「ずっと、見ていてね」
しなやかなクロール。彼女の肩で、水滴がひとつ残らず球体になる。

2008年8月9日土曜日

遠雷

ビルの屋上に上がる。いつでも雷が見えるから。
稲光はスピネルのような赤で、ぼくはうっとりと眺めてしまう。
遅れて、雷鳴が聞こえる。
それが断末魔の悲鳴だと知ったのは、五歳の時だった。
「雷に打たれにゆくから、さよならだ、小僧。明日の夕方に聞こえた雷のどれかが俺の声だ。ちゃんと聞いておけよ。ビルの屋上に上れば、よく聞こえるはずだ」
と顔馴染みの年老いたルンペンに言われた。
ルンペンはもう起き上がれないほど弱っているのに、どうやって雷までゆくのだろう、という問いには応えはなかった。ルンペンはすぐに寝息を立ててしまった。
ぼくは、雷がどこに落ちるのか知らない。ビルの屋上から見る赤い雷は果てしなく遠いようで、すぐそばのようにも見える。
その時が来ればわかるのだろうか、あのルンペンのように。

ノイズレス

「バー・ノイズレスへようこそ」
 地下のバーの入り口前でペコリと頭を下げたボーイは、十代半ばの少年である。
「店内に入る前に、ノイズを頂戴します」
 ボーイは再び軽く頭を下げると、私の耳元に口を寄せる。美しい顔が近づき、顔が赤くなるが、幸いここは暗い。
 彼は大きく息を吸う。私の耳の中を吸い出すように。左耳、右耳。
 騒音がたちまち小さくなる。階段したまで聞こえていた車の音、人々の喧騒も止む。時間が止まったような錯覚に囚われる。
 時間。腕時計に耳を寄せると、秒針は無言で回転していた。外して、ポケットに入れる。
 ボーイが無音のドアをあける。唇が動く。耳を澄ます。
「こちらへ」
 ボーイの囁き声が静まり返った脳に心地よく響く。足音すら立たない店内に入ると、バーテンダーが微笑んだ。華麗なシェイキングで、氷の小さな笑い声がコロコロと鳴る。
 そういえば、バーテンダーはずいぶん白髪が増えたのに、あのボーイは初めてこのバーを訪れたときから変わらない。

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500文字の心臓 第78回タイトル競作投稿作
○1 △3 ×1

2008年8月8日金曜日

人類滅亡

世界はもうびしょ濡れ。どこもかしこも、しょっぱい水だらけでやんなっちゃう。
おとといまでは二階にいれば大丈夫だったのに、昨日は屋根で寝た。星がいっぱいで、目がちかちかして眠れなかったけど。
お父さんは、怖い顔をしてボートを出した。やっぱり山へ行くのかなぁ。わたしはあんまり行きたくない。
庭のクスノキの枝が塩の結晶で真っ白になっている。お日さまの光で、きらきらしてすごくきれい。大きな樹だからまだ全部は沈んでない。
この樹が沈むのを見届けるのも悪くないかな、ってわたしこの頃思うの。

2008年8月6日水曜日

少し悲しげな

彼女の指先がいつもより白く冷たくて、真夏の陽射しの中、ひんやりと気持ちいい、なんて不純にも思ってしまう。
ぼくがいくらぎゅっと手を握っても、その手はちっとも暖まらない。
のんきに明るい声で話掛けるのも、ちょっと疲れた。本当は気づいてる。君の視線の先にあるもの。

2008年8月4日月曜日

こどもの世界

空き地に作った秘密基地は、単なるカモフラージュで、本当の入り口は古いさびだらけのマンホールだ。
それはよくあるマンホールより少し小さくて、へんてこな模様をしている。ぼくたちは「宇宙人の文字だ!」なんて言いながら開けようとしたけども、マンホールはなかなか持ち上がらなかった。
何日かして、コウタがどこからか鉄の棒を持ってきて、マンホールを持ち上げた。テコのゲンリってやつだ、とコウタはいつもの知ったかぶりで言った。
マンホールの中は、真っ暗なんだけれど、しばらくじっとしていると目が慣れてくる。
そのうちにこうばしい匂いがしてきて、ぼくたちはそれに向かってあるくのだけど、あるいてもあるいても、匂いのもとは見つからない。
だんだんマンホールから遠くなって、帰りが急に心配になる。それで、いつも最後はわぁわぁ叫びながら走って戻ってくる。
明日こそ、あのおいしそうな匂いを見つけよう、と毎日思う。けれど、もう四年生も終わる。母さんが勉強勉強とうるさくなってきたし、最近ちょっとマンホールの穴が窮屈になってきたんだ。

リトル・スクールガール

真っ赤なランドセルをベッドに放り投げて、髪を結い直す。
真っ赤の靴を履いて飛び出す。ぴっかぴかのエナメル。本当はちょっときつい。
「今日はどこに行くの?」腕を絡めて歩く。恋人は四歳年上の十一歳。

行く先は児童館。トランポリンで跳ねあって、手を繋いで、息を弾ませ、見つめ合う。
閉館のチャイムに追い出され、ほっぺにキスをもらって別れる。また、明日ね。ウィンクだって上手くなった。
家には誰もいない。お腹を減らして、うずくまる。
ランドセルは、まだベッドの上。

2008年8月2日土曜日

甕覗

水色の眼球がぷるんと震えて、とろけて、流れた。
伽藍洞になった眼窩に、ぼくは見覚えがある。父さんの顔にもやはり、伽藍洞の眼窩があった。
「おまえに甕は、渡せない」
と眼球のなくなった顔で男が言う。何故?と聞くと、おまえもこうなりたいか?と言われて、ぼくは黙った。
男の持つ甕を覗けば、あの水色の眼球になれる。白眼も睛も、すべて水色の眼球。ぼくは、それが欲しかった。水色の眼球なら。
「お前も母に逢いたいのだろう。確かに、母には逢える。いつでも一緒だ。だが、仕舞いには、こうして目玉が腐る。それでも欲しいか、母が」
甕の蓋を開けるとむしったばかりの葉の匂いがした。甕の中は、空よりも澄み、海より透明な青がどこまでも続いている。