2007年6月29日金曜日

六月二十九日瓢箪堂瓢箪栽培記7

まだまだ小さい実だけれども、声は大きい。
今日は「マントヒヒとゴリラのおならの違いについて」を語っている。
ご近所に恥ずかしくて、どうしようかと思っていたら、雨が降ってきたのでお喋りが止んだ。


六月二十八日 痛みのない殺戮

蛍光灯の光に誘われた虫が、窓をびっしりと覆っていた。
部屋の中から、神経質そうな面持ちの少年がガラスに人差し指を押しつけている。
ぷつっぷつっと、虫が一匹また一匹と墜ちていく。
ガラス越しなのに、なぜ。

窓には無数の小さな虫、それでも少年は人差し指を一匹づつ狙って、押しつけていく。一定のテンポで。
少年の指に虫の感触はなく、虫もまた、押し潰されることなく息絶える。

私は立ち上がり、蛍光灯のスイッチを切った。
虫たちは別の灯りを求めて飛ぶはずだ。
だが、虫を助けたのではない。
この少年に虫殺しの資格はない。

2007年6月27日水曜日

六月二十七日 消えない残像

派手に装飾したバイクが、夜を駆け抜けていく。
たくさんの、ライトが目に焼き付いた。
この残像を消すために、私はもっともっときらびやかなものを求めて歩いた。
夜の住宅街には、ミラーボールもネオンもないから、なかなか残像が消えない。
この消えない感じ、何かに似ていると思うけども、思い出せない。

2007年6月26日火曜日

六月二十六日 重宝すぎた器

重宝鉢なる器を買った。
なるほどその通り、カレーライスも枝豆も、ピザも冷奴も、よい塩梅で盛り付けられる。
しかし、ウサギの餌まで美しく盛れてしまったのは、誤算だった。
重宝鉢はウサギに占領されてしまった。

2007年6月25日月曜日

六月二十五日 ご自慢の歯

歯医者に行ったら、院長先生の口がカバになっていた。
マスクから口がはみ出ている。
「はい、あーんして」
私が口を開けると、先生も口を開ける。
マスクが外れて立派な歯が丸見えだ。キラリと輝いていた。
「先生、その歯を自慢したいと思ってたら口がカバになったんでしょう?」
私が言うと、先生はまた歯を光らせた。

2007年6月24日日曜日

六月二十四日 ビリビリ体操

ビリビリ言いながらウサギが体操をしている。
「その『ビリビリビリビリ』というのは何だ」
と聞くと
「ビリビリと唱えることで超微弱な電流が筋肉を伝わり、無言で運動するよりも大きな効果が期待できるのである」
とウサギの一つ覚えで講釈を垂れていた。

2007年6月22日金曜日

六月二十二日 梅雨の露

身体が雨雲になったみたいだ、とウサギが言う。
「まったくそうだ」と言いそうになってやめた。
ウサギは毛先から、しとしとと細かな水玉を落としていたから。

2007年6月20日水曜日

六月二十日 夏の粉

ウサギが白い粉を撒き散らしながら歩いていた。
「なんだ?これは」
「天瓜粉。蒸し暑いから、はたいておいた」
ウサギの毛皮は粉含みが良すぎる。

2007年6月19日火曜日

六月十九日 にらめっこしましょ

ノラ猫とにらめっこしていたら、猫がにやにや笑いだした。
「何がおかしいの?」と聞くがまだにやにやしている。
ふと振り向くと、ウサギが百面相していた。

2007年6月18日月曜日

六月十八日 瓢箪堂瓢箪栽培記6

梅雨は病気に注意らしい。
予防にはどんなのがいいのか、右近に聞いてみた。
「ウドンコソバコジョウシンコ」
ウドンコは病気でしょう!不吉だ。

2007年6月17日日曜日

六月十七日 とかげ

とかげに話を聞く。
「涼しいところ知らない?」
とかげはしれっと答える。
「石の下」
そこはとても涼しそうだけど、わたしは入れない。
とかげはニヤリとして石の下に潜って行った。

六月十六日 汗かき水

あんまり日射しが強いかったので、夕方近くに打ち水をした。
水はあっという間に乾いてしまう。
乾いて飛んでいく水はいかにも暑そうで、汗をかいていた。
恨めしそうに私を見ながら、飛んでいく水。
おかげで地面はひんやりと冷たくなった。

2007年6月15日金曜日

六月十五日 毒胞子

小さな毒キノコを摘むと、胞子が吹き出した。
「吸い込んだらまずい!」と目をつぶり、息を止めたけれど、耳の穴は塞げなかった。
絶望の囁きが止まらない。

間に合わない

 人間、いつ死を迎えるかわからない。若かろうが、病気がなかろうが、関係ない。明日の事実は誰にもわからないが、死は誰にでも起こる、覆せない未来の事実だ。
 そう俺は子供の頃から考えてきた。皆平等に死ぬとわかってはいるが怖いものは怖い。怖さの最大の要因は「自我が消失すること」であると考えた。ならば俺は俺の自我をすべて保存したい。まず自分でできることといえば、記録することだろう。
 そのための細かい日記を付ける。いつどこで何をしたか、何を食べたか、何を思ったか。この「何を思ったか」が自我を残す上で特に重要なはずだ。
 俺は常にメモを取り、寝る前にノートに清書する。清書作業中に考えた事、反省した事も書き記さなければならない。
 そしてまた考える。俺は何故こんなにも自我を残すことにこだわるのか。人生の貴重な時間を無駄にしてはいないだろうか。それをさらに書き綴る。
 夜が明けてきた。早く眠らなければ。「早く眠らなければ。」と書いてペンを置く。
 時計を見ると午前六時半。起床時間だ。今度は愛用の手帳を取り出す。
「六時半、一睡もせず。本日の予定と心構え――。今日の記録は起床時間までに書き終わるだろうか。」


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500文字の心臓 第67回タイトル競作投稿作
○1△4

森♀Oの「妄想」という短編を読んでいたら書けた話。

浮き寝

なんだかゆらゆらと気持ちがいいような気はしていたんだ。
目をあけると、見慣れた天井ではなく、どんより曇った空があった。
僕は起き上がりたいのを必死で堪えた。どうやら海に浮かんで寝ているらしいことに気付いたからだ。
起き上がれば、きっと溺れてしまう。このまま。このまま。力を入れずに寝息のままで。
ゆっくり目玉だけ動かして周りを見渡す。空は曇っているけれども、波は穏やかだ。嵐の前の静けさ、という言葉が浮かぶ。考えないことにしよう。
僕はパジャマのままだけど、濡れているようには感じない。布団の中か、それ以上の心地よさ。
こんなに気持ちがいいのは、やっぱり寝ぼけているからかもしれない。海だと思うのはおねしょでもしているからかもしれない。
そう願って一度目を閉じ、ゆっくり息を吸い込み、目を明ける。
やはり、ここは海だった。そしておねしょはしていなかった。
太平洋なのかなぁ。次に目が覚めたらハワイの砂浜ならいいのだけれど。
おねしょはしていないとわかったら、なんだか小便がしたくなった。
海だからこのままするか……。でもパジャマが汚れるな。でも、なんで濡れずに浮いてるのかなぁ。

2007年6月14日木曜日

六月十四日 気のきくへちま

「あ~そこそこ~」
泡だらけになったへちまは、私の身体を程よい加減で擦っている。
背中のかゆいところなんかをばっちり見つけて強めにごしごし。
もちろん、顔や二の腕あたりはやわらかく。
すっかり殿様気分で入浴していたから、へちまをくたびれさせてさまった。
へなへなになったへちまを洗いながら、よく労っておいた。
明日は背中だけお願いします。

2007年6月13日水曜日

六月十三日 瓢箪堂瓢箪栽培記5

bbe8f5bb.jpg「のびるときのびればのびよう」
「のびたのびすぎのばしすぎ」
ぐんぐん伸びる瓢箪の呟きの周りでは、どくだみが咲き誇っている。


2007年6月11日月曜日

六月十一日 逃亡する毛

切られた髪の毛は、さっきまで自分の一部だったのに、もうゴミにしか見えない。しかもひどく不気味な。
私は一束の切られた髪の毛が箒から逃れて出て行くのを見た。
私の身体だったのに、止めることができない。
逃げた髪の毛が何を考えているのかもわからない。

かつて自分の一部だったものが、どこかで違う時間を過ごそうとしている。
それは、奇妙に愉快なこと。

2007年6月10日日曜日

六月十日 白いサンダル

高いヒールのサンダルを五年振りに出す。
ゆっくり汚れを落とす。手入れもせず放っておいたから、だいぶ汚れている。
ふと、どしゃ降りの夕立の中、神社を歩いたことを、思い出した。
たぶんこれは、私の思い出ではなく、サンダルの思い出。

2007年6月8日金曜日

六月八日 瓢箪堂瓢箪栽培記4

「ネトネトネトネト」と右近が言うので、庭に降りてみると、ついに右近のツルがネットに届いていた。
祝福の歌を歌ったら、左近が先に覚えてしまった。
「ひょっこりじま」

2007年6月7日木曜日

暗射地図

部屋には机と椅子が用意されている。
明かりは部屋の角に行灯がひとつ。薄暗いから気をつけて。
机の上には地図が置いてある。何も描かれていない。これが暗射地図だ。
きみは地図に向けて「何か」を射るだけでいい。
「何か」はきみが考えなければならないが、地図に向けて「発射」すれば何でもよろしい。
先日来た少女はダーツの矢を使った。何も持って来なかった青年は、射精していった。
そう、それでも構わない。きみもそうするのかい?好きにすればよい。
発射したものが暗射地図に命中すれば、それは即、きみだけの地図になる。
その地図を頼りにするかどうか、それもまたきみの自由だ。
さあ、着いた。この扉を開けてお入りなさい。

「暗射地図」…白地図の古い呼称。

2007年6月6日水曜日

六月六日 見えない力

磁界に迷い込んだ少女は右手に磁石を握ったままだった。まるで右手がコイルになったかのように。
うろうろと歩いているうちにN極に引きずられていくが、少女は気付かない。
ようやく気付いた時には、尻餅をついたまま、ずるずると見えない力に引っ張られていた。
「どうしよう!」と涙声で叫ぶ少女に声を掛ける。
「持っている磁石を持ちかえて!向きを変えるの!」
それで効果があったのか、わからない。
さらなる大きな力が出現しのだろうか、磁界ごとどんどん遠くへ行ってしまった。

2007年6月5日火曜日

六月五日 手紙

やっぱり捨てられなかった、手紙。
友人からの手紙なら、処分できる。ただのやり取りだもの。
でも最初で最後の「ありがとう、さようなら」の手紙は違うみたいだ。
キミの思い出は、このルーズリーフ一枚が頼りだから。

2007年6月4日月曜日

六月四日 恋の色は何色ですか

ウサギに「恋の色って何色?」と聞いてみた。
「むらさきかな」
「なんかイヤらしいね」
「じゃあピンク」
「なんか乙女ちっく過ぎない?ウサギのくせに」
「黒い恋もあった」
「ロープとかロウソクとか出てきそうだ」
「アンタが質問するから答えてやったのに」
「そもそもウサギはもてなさそうだ。相手を間違えた」
「失礼な」

2007年6月1日金曜日

六月一日 都合のよい地震

地震があと一時間遅ければ、ちょうどよい目覚ましになったのに。
あらかじめお願いしておくんだった。

五月三十一日 雷対策

雷雨の中を歩くのを怯えていたら、ウサギが絶縁雨合羽セットを持ってきた。
どういう仕組みなのかわからないし、ウサギの用意したものは信用できない。
それでも試しに着てみたら、重たくて歩ける代物ではなかった。